悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆187 仲直りしたい少女と冷えピタ



 授業をサボって保健室に行った私は、先生から冷えピタを支給してもらった。希未と何故か東雲先輩と松葉が同行してくれた。
ヒリヒリする箇所に慎重に貼ってもらうと、保健の先生から早々に追い出される。かといって、そのまま教室に戻るのは躊躇われて、私達は自然と誰もいないオカ研の部室に屯することとなった。


「八重さまもとんだとばっちりだよね。そもそも、なんで噂になる相手が柳原なんだよ!」
 芝居がかった仕草でそう言った松葉に、東雲先輩がついと目線を動かした。


「そうだな。貴様の言葉に共感するのもどうかと思うが、今回ばかりは同意しよう」
「やっぱり、八重さまの恋人になるのはこのボクだよ! ね、そうだろ?」
 ぐっと近づいてきた松葉に身を引くと、東雲先輩がその首根っこを掴んで目元に陰を作った。ぶらさげた美少年を、おざなりにポイ捨てする。
「何をたわけたことを云っているんだ、この駄カワウソが。八重と恋仲になるのは僕に決まっているだろう」


ゴゴゴゴ、と効果音を立てながら恥ずかしげなもなく妖狐が宣言した言葉に、私はぐしゃっと勢いよくテーブルに顔を突っ伏した。
 2人とも何を言ってんのよ、ちょっとは羞恥心とか持ちなさいっての!
真っ赤になった私の恨めしそうな目つきに関わらず、両者は互いに譲る気がない。床に落とされた松葉が、私の隣にすり寄ってくる。その表情はどこか挑発的だ。


「八重さま~、コイツ現実を見ずにこんなこと云ってますよ~。ボクの身も心もとっくに八重さまのものだってのに、何を考えているんでしょうね」
 猫なで声でこう言った松葉は、ぎゃはっと笑う。そのセリフを聞いた東雲先輩は、冷静な顔で述べた。


「僕なんか、八重から手作りクッキーを貰うほどの仲ですから。分を弁えていないのはそちらの方だろう」
「ぼ、ボクなんか、一糸まとわぬ裸を見たこともあるんだぞ! それはもう、すんばらしく綺麗だったんだからな!」


「どうせ、不埒に風呂でも覗いたんだろう。僕は、八重から口づけを貰ったことがあります」
「頭の中でねつ造した事実を作らないでくれます? そんなこといったら、ボクだって獣の時に八重さまの巨乳に抱かれたことぐらい!」
 口げんかをしているのか、盛り上がっているのか定かではない機関銃のような2人の会話に、静観していた私はため息をついて引きつった笑みを浮かべた。


「東雲先輩も松葉も、ここに私がいるってことを分かってますか?」
「「それのどこに問題が?」」
 ……だからアヤカシって本当に嫌だ!
こっちのプライバシーとかデリカシーとかどうしてくれるのよ!
据わった目でのたまった彼らに、私は冷やかな眼差しを送る。気持ち的には、ドン引きの吹雪が吹き荒れているところだ。そこに、ツインテールを触覚のように動かした希未が閉じていた口を開く。赤い舌でぺろりと唇を舐めた。


「2人ともどっちもどっちだし、わりとどうでもいいんだけど」
「どうでもいいってことあるか!」
 カチンときた松葉が言葉で噛みつくと、希未は勝ち誇ったように胸を張った。


「だって、私なんか八重と一緒に更衣室で着替えたこともあるし、なんとブラジャーを一緒に選びに行ったこともあるし、2人っきりで何度も遊んだことあるもんねっ」
「羨まけしからーーーーん!」


 希未、アンタまで参戦するなよ。
攻撃を受けた松葉の叫びに、東雲先輩までもがそっと顔を背けながらも、どこか羨ましそうな雰囲気になる。
……私は男とブラジャーを買いに行く気はさらさらありませんからね? 先輩。


「それはつまり、あんなことやこんなことまでも!」
「そう! あんなことやそんなことまで!」
「つ、つまり、それって……」
 ボソボソと会話をしている松葉と希未に目くじらを立てた私は、右手を振りかぶって無言で続けざまに拳骨を落とす。


「……2人とも、私を怒らせたいの?」
 抑えた声でアイコンタクトを送ると、涙目になった希未が「ひゃい……」と声を洩らした。東雲先輩の方を見ると、彼は静かに笑いを堪えている。どこでツボに入ったというのだろうか。


「……うう、八重がいつもより器が小さいよ~」
「それを云うなら、『心が狭い』と言ってくれないかしら?」
 頭にできたたんこぶを押さえている希未に、私が冷めた目を向ける。
……確かに、今日の私は自分でも思うけど少し心が狭い。その原因は探らなくても分かっているし、カウンセラーに探ってもらう必要もない。
どうしてかって、それは……。
そこまで考えたところで、私は自分の表情が暗くなったのが分かった。胸の中で何かがうごめき、悲しい痛みを生じさせる。
肩を落として口元に手を当てていると、近くにきた東雲先輩が私の頭を自分の胸に抱き寄せた。


「……どうしたんですか? 八重」
「先輩……」
 ……ああ、困ったなあ。
顔に出したつもりはなかったんだけどな。
こんな些細な心の動きすら気づかれてしまうほどに私と先輩はいつの間にか親しくなっていて、接近してしまっていて。
辛いことを我慢するのは得意なはずなのに、隠してしまうのも慣れていたはずなのに……。


「云っていいんですよ」
 東雲先輩は、口端を上げていた。


「君にとって辛いことも、悲しいことも、悔しいことも云っていいんです。その為にこの第二準備室に来たんですから」
「そんなこと……」


「その為に僕はここにいるんです。相談してくれて構わない。迷惑だなんて思わない。どんな小さなことでも役に立てることが嬉しいんです」
 そんな都合のいい話があっていいのだろうか。
お世辞にも、私の心がいつだって美しいことばかりだとは思わない。醜く思われてしまうかもしれないし、汚い打算に満ちているかも……澄んだ清水のように常にあれるわけがない。
そんな私を受け入れて貰えるのだろうか。
……こんな私でも、いいのだろうか。


「せんぱい」
 その瞬間、抑えていた胸の苦しみが締め付けるように痛んだ。
きつく、ぐっと……、せり上がってくる。
睫毛を伏せて、私は泣かないように気を付けながらポツリと呟いた。


「私、ずっと人間の友達が欲しかったんです」
 今では思い出せないほどに昔から、願ってきたことだった。嫌いだと思いながらも近くにいないことが悔しくて、必要ないと笑いながらも諦めることができない。
そんな矛盾した想いを抱えながら、私は惰性のように学校に通い続けてきた。


「奈々子が居ればいいと思っていたのに、なんでか切なくて……。友達と遊んでいる周りが羨ましかった」
「うん」


「それなのに、この学校に入学してから希未と出会って、白波さんとも遠野さんとも仲良くなれて、今ではもっと欲張りになっちゃいました」
 私がそう言うと、希未が自分を指差して照れたように笑った。そして、東雲先輩に抱きよせられている私に向かって話す。


「……ねえ、八重はさ。昔は、仲良くなれるのが人間だったら誰でも良かったの?」
「……ええ」


「じゃあ、今でもそう思っているの? 極端な話、『人間の友達』だったら私じゃなくてもいいってこと?」
 真剣な希未に訊ねられて、私はなんでか心のどこかが暖かくなった。今までの日々を思い出して、ふるふると首を横に振る。そんな私の態度を見て、希未はにかっと笑い手を腰に当てた。式妖の松葉は不満そうにこちらを見ている。


「なんだよ。人間、人間って。アヤカシでもいいじゃん、別に。ボクは八重さまのことが大好きなのに」
「まあまあ、しょうがないことは追及しないの」
 立ち上がろうとした松葉を、希未が押しとどめる。きまり悪い思いになった私は、視線を逸らした。




「……ねえ、八重。遠野さんじゃなくちゃダメなの? あの子って、お世辞にも性格がいいとは云えないよ。嫉妬深いもの。確かに柳原先生には一途だけど、他の子と友達になるって選択肢もあるんだよ」
 希未の真っ直ぐな言葉に、私は少しだけ沈黙をした。


確かに、遠野さんの難点は色々ある。それを数え上げるのはどうかと思うけど、かといって彼女と一緒にいて楽しくなかったともいえない。
 そうだ。私は嬉しかったのだ。
遠野さんと親しくなれて、純粋に嬉しかったんだ。




「……遠野さんが、いい」


 私は、唇を震わせながら呟いた。
「私は、もう一度遠野さんと仲直りしたい。もっと仲良くなりたい」


 東雲先輩が、浅くため息をついた。白金の前髪を眦にかけて苦笑する。
「僕としては、君を傷つけるような攻撃的な人間との付き合いは止めて欲しいのが本音なのですが」
「ごめんなさい」


 頬を叩かれたのは痛かったけど、それでも私は仲直りしたい。
出会ったことを後悔していないし、これまで遠野さんが見せてくれた笑顔を忘れられないから。
その時、松葉がテーブルに置いてあったティッシュボックスを東雲先輩の顔に向かって思いっきり投げつけた。


「――ったく、いい加減八重さまから離れろよ!」


 宙を飛んだ物体が、勢いよく東雲先輩の額に直撃する。音を立ててはがれて落ちたそれに顔を歪めた先輩は、指をボキボキ鳴らして松葉に凄んだ。


「空気を読めないんですか、この性悪カワウソが」
「それはこっちのセリフなんですけどぉ? 付き合ってもいないのにボクの八重さまに触るのは止めてくれない?」
 室内の空気が緊張する。東雲先輩が八重歯を見せ、松葉は椅子から立ち上がってハッと笑った。やがて、いつものように乱闘を始めた2人を見た希未が、呆れ返ったといった風に両脚を組んで鼻を鳴らした。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品