悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆122 うわ言の涙





 ――絶妙な炎で香ばしく焼かれたお肉を口に運ぶと、ジューシーな肉汁が溢れだした。少し硬いけれど、脂身の部分がとても美味しい。
レアになるように火が通してあるので、甘さすら感じられる。
流石カルビだ。


「皆さん、もっとカレーもありますよ! どんどんお代わりして下さい」
 給仕をやってくれている山崎さんの声に、八手先輩がカレーライスのお代わりをする。


「……頼む」
「はいはい」
 お皿に山盛りにカレーがよそわれると、無口な鬼が気なしか嬉しそうになった。


「はわあ……っ 流石炭火焼!」
 とろけそうな表情で手羽先を食べている白波さんが、夢ごこちになっている。


「……美味し……っ」
 箸で魚をつついている遠野さんも幸せそうだ。希未は黙々と咀嚼している。すごい食欲だ。


「あっ、ここちょっと焦げてるんだけど!」
 美食家の真似をしている松葉が嫌味を言うと、
「それは焼き色というんですよ。いやなら避けろ」と火の番をしている東雲先輩が眉を上げた。


「火のアヤカシのくせに、マトモに肉を焼くこともできないのかよ。笑わせてくれるよね」
「八重に近づくことができないからってイチャモンをつけるのは止めてくれませんか?」
「べ、別にそんなこと……」
 唇を尖らせた松葉に、頬に食べ物を詰め込んだ希未が悲鳴を上げる。


「ちょっと、瀬川の持ってる紙コップからお茶がこぼれてるって!」
 どうやら、カワウソは図星であったらしい。


 私は松葉に話しかけるつもりはない。何故なら、これはお仕置きだからだ。言い出したことを撤回する気にはならないし、少しは効果があればいいと思う。




「東雲! もっと野菜はないのか? カボチャ辺りが食べたいんじゃがのう……」
 蛍御前のリクエストに、東雲先輩はトングを掴み直した。


「カボチャならまだありますよ。もっと焼きますか?」
「そうしてくれるか? 八重! お主もカボチャは好きじゃろう?」
 突然に呼びかけられて、私は顔を上げた。
 えっと……。カボチャ?


「好きですけど……」
「なら、待っていて下さい。今追加しますので」
 バーベキュー奉行となった東雲先輩が、網にカボチャをどんどん並べていく。これは焼き上がるまで時間がかかるので、じっと忍耐がいるのだ。


「や、八重さま……。カボチャならボクの皿にあるけど……」
 チラチラとこちらを横目で見た松葉が、意味深に立っている。その声をツンと無視すると、カワウソはしょぼくれてしまった。


「おい、白波。ちょっとこれくれよ」
 白波さんのお皿から茄子をひょいとつまんだ鳥羽は、それを自分の口に放り込む。いたずらっ子のような笑顔に、白波さんが「あっ」と声を上げた。


「鳥羽君、なんで私のお皿からとってくの!」
「だって、網の方に茄子がなかったんだぜ? ちょっとくらい分けてくれたっていーじゃん」
「もう、信じられない!」
 怒ってフグみたいになった白波さんに、鳥羽が陽気に大笑いする。
 仲のよろしいことで。


「おい、東雲さんや。お前さんもそろそろ食べる方に専念しないか? 火ならオレが見ていてやるから」
 火の熱を浴びてどこかフラフラしている柳原先生の言葉に、東雲先輩は失笑した。


「耐暑もできない雪男に任せられますか。いいんですよ、僕はこの役目がけっこう気に入っているんですから」
「だが、なんだか悪い気がしてなあ……」


「好きな子の為に何かするというのは楽しいものですよ。お前たちの分を焼いているのはそのついでです」
「オレたちは月之宮のオマケですか!」
 清々しいまでのことを言った東雲先輩に、私は飲んでいたお茶がむせそうになる。どうにか液体を飲み込んで咳をせいていると、柳原先生が同情するような目線をこちらに向けてきた。


「なあ、月之宮。お前さんも、気苦労が絶えなくて気の毒だな……」
 私の浮かべた引きつった笑みに、柳原先生は手にもっていたビールを差し出して来た。
「……飲むか? 月之宮」
 いやいや、普通にアルコールを勧めちゃダメでしょう、仮にも高校の教師なんだから。


「あっ、いいな~。私もお酒欲しいかも」
 口に指をあてた希未が、もの欲しそうな顔になる。ニンマリ笑って、お茶の入っていたコップを飲み干した。


「ほら先生、2人分ちょーだい!」
 飲酒をする人間の中に、強制的に私まで含まれていた。


「仕方ねえ教え子だな……。ほれ」
「ありがと!」
 柳原先生からアルコールを貰った希未が、強引に私にビールを押し付けてくる。戸惑いながらそれを受け取ると、それを察知した鳥羽もビールの缶を手に取った。


「ああっ ダメですよ鳥羽君! 飲酒なんて!」
 白波さんの咎める声に、鳥羽が不敵に笑う。


「お前、俺を幾つだと思ってるんだよ」
「え、…………じゅ、17歳?」
「んなわけあるか」
 固まった白波さんをよそに、プルタブを開けた鳥羽は缶ビールに口づける。ごくごくと飲み込んで、ぷはあと酸素を吸う。


「お前も飲んでみろよ。ほらほら」
「え、ええ……、ええっ」
 ぐいっと勧められたお酒に白波さんが困り果てている。それを見ながら、私は勇気を出して手の中にあるアルコールの入った紙コップを傾けた。


 未成年者の飲酒はいけないことだけど、なんだか場の勢いに乗ってしまったのだ。
気が付くと、このバーベキューに参加していたメンバーで酒盛りになっていた。山崎さんもアヤカシのやることを阻むことは難しかったようで、ひたすら困り顔と化していた。
その結果、遠野さんと松葉が真っ先に酔いつぶれた。酒豪の八手先輩や東雲先輩は素面同然でどんどんお酒を開けていく一方で、希未は絡み酒だということが判明した。


「うへへへ……、八重、大好き~」
 時刻は9時になりそうな頃、お酒に酔った希未を連れて、寝室に誘導した私はため息をついた。


「ほら、ベッドに着いたわよ」
「ベッろお? べっろってなんのことにゃらあん」
 こりゃダメだ。完全に泥酔してしまっている。
しつこく抱き付いてくる希未を引きはがすと、ベッドの方に軽く突き飛ばす。軟体動物のようにぐねぐねと怪しく歩いた友人は、シーツの上に倒れ込んだ。


「八重……」
「何?」
「やえ……」
「…………」
 これは、水を持って来てあげた方がいいだろう。その場に希未を置いてキッチンへ行こうとした私に、希未がうわ言を洩らした。


「わらし、八重の役に立ててるのかにゃ……」
「?」
 何を言っているのだろう。戸惑った私をよそに、希未はうなされながらこう呟いた。


「ありがとう……、返さなきゃ、いけないの……。すきだから、好きなの、好きだったのに」
 寝ている希未の眦から、涙が一滴零れ落ちた。


「……会いたい」
「……のぞみ……?」
 ……もう、会っているじゃない。私は、あなたの隣にいるじゃない。あなたから、入学した私に話しかけてくれたのよ。覚えてないの?
それとも、私の知らない誰かに会いたいの?
 私の疑問が解けぬままに、親友の希未はそのまま眠りに落ちていった。







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