悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆121 料理下手に褒め上手





 白波さんが泣きやんだ後に、松葉を除いた私たちは夕食の買い物に出かけた。田舎のスーパーは大きくはないけれど、バーベキューの材料くらいならちゃんと揃う。
変り種としては、養殖のニジマス辺りだろうか?
お肉屋さんで購入したカルビやジンギスカンの羊肉もほどよく脂がのって美味しそうだ。
 料理作りに参加した私が野菜を切っていると、別荘のキッチンにいた東雲先輩が辛抱強く語りかけてきた。


「……八重、いい加減に包丁を持つのは止めませんか?」
 その言葉に、ぷるぷる震えながらジャガイモの皮を剥こうとしていた私は顔を上げた。


「こーいうのは、やらなくちゃ上達しないと思うんです」
「しかし、こんなに分厚く剥いていたら食べる部分が残りませんよ? 料理なら僕がやりますから、八重は向こうで遊んでなさい」
 それは逃げにしかならないだろう。


 東雲先輩の指摘した通り、私の剥いていたジャガイモは恐ろしく小さなサイズになってしまっている。カレーにしようと思っていたのだけど、これではやはりダメなのだろうか。
 私が首を振ると、東雲先輩はため息をつく。


「くれぐれも、八重は調味料に触らないようにして下さいね」
「分かってます」
 流石の私だって、どうしてそんなことを言われるのかぐらいは理解している。魚の腹を切っていた東雲先輩はニジマスの内臓を出している最中だ。それに怖がるような神経の細さはないけれど、見ていて気持ちのいいものではない。


「つ、月之宮さん。ジャガイモはもういいから、このレタスをちぎってもらえないかな?」
 困り顔の白波さんにそう言われ、私は落胆しながら頷いた。
 やはり、見ていて難があったらしい。
諦めて大きなレタスの玉を手に取ると、持っていた包丁で刻もうとする。そうしようとしたところで、白波さんに悲鳴を上げられた。


「月之宮さん!! レタスに包丁は使っちゃダメだよぉ!」
「え?」
 そういうものなの?
てっきり包丁は万能選手だと思っていた私は目を瞬かせる。


「どうして?」
「私も詳しい理由は知らないけど、そういうものなの……変色しちゃうっていうか」
 白波さんの困り顔がますます深くなった。
 東雲先輩が、私たちの困惑に答えを出す。


「よく云われているのは、レタスが金属に反応してしまうということですが……細胞が押しつぶされてしまうことも余りよくないみたいですね。まあ、見栄えが悪くなってしまうんですよ」
「へえ……」
 そーいうものなんだ。
 サラダは作ってもらうことばかりであった私は新鮮な驚きを感じる。……よし、こうなったら皆がびっくりするような素敵なサラダを作ってやろうじゃないの。
 俄然ヤル気を出した私がボウルに洗ったレタスをちぎる作業に入ると、周りの人々が安堵するため息がそこかしこから聞こえた。
 遠野さんは綺麗に人参の皮を剥き、希未はトマトを洗っている。


「……おーい、様子はどうだ?」
 調理の作業を覗き見してきたのは、雪男だった。


「うお! なんだこの小さいジャガイモ! 誰が剥いたんだよ、これじゃあカレーにしても溶けちまうぞ!」
 おどけた彼の言葉に、私がずーんと落ち込む。
もっと綺麗に剥くつもりだったのに……。どうして私が料理するとこうなってしまうのだろう。


「オレがやってもここまで酷くならねえよなあ……」
 実に正直な言葉である。
名乗り出るには恥ずかしすぎるので俯いていると、東雲先輩が口を開いた。


「何しに来たんだ。柳原」
「ん? いや、さしたる用事なんてないけど?」
 雪男は、考え込む素振りをする。


「強いて言えば、いつ薪で火を起こしたらいーんかなっと。どうにも手持無沙汰でいけねえ」
「点火はもう少し後にしろ。もうすぐ下処理が終わって僕も外に行かれるから」
「ほいさ。りょーかい、りょーかいっと」
 雪男と妖狐のやり取りに気をとられていた私に、希未が話しかけてくる。


「八重! 手が止まってるよ!」
「え? ……あ」
 本当だ。
いつの間にか作業が止んでいた私は、慌てて残りのレタスをちぎりにかかる。手際よくトマトをスライスした希未は、レタスの入った皿の上にそれをのせていった。


「ドレッシングはもう買ってあるんだよね~、にしし」
 青じそドレッシングのボトルを冷蔵庫から取り出し、希未は大胆に野菜にかけていく。それからシーチキンとコーンをトッピングすれば、あっという間に美味しいサラダの完成だ。
見た目にも問題はない。味は……、ちょっとつまんでみたけど普通の味だ。
ただ、印象としてはどうもぱっとしない感じだ。男の料理っぽい感じ?


「ああ、もうサラダができたんですか」
 石鹸で洗った手をタオルで拭った東雲先輩が、微笑ましそうな顔をした。


「うん、完成!」
 希未がにっと笑顔を向ける。


「結構美味しそうじゃないですか。シーチキンは僕も好きですよ」
 お世辞でも褒めてもらえたことに私が驚くと、東雲先輩は下処理を終えたニジマスを持ってキッチンを出て行く。
ふと気が付くと、私の耳が熱かった。







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