悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆112 大胆な水着は恥ずかしいので



 リゾートに行くには、色々必要なものがある。


「八重。海に行くには、妾の水着がないのじゃが……」
「そういえば、確かに足りないわね」
「普段の着るものは着物やら、八重の古着やらで間に合っておるのじゃがのう……。流石に水着だけは見つからなんだ」


「私の着る水着は学校指定のものがあるからいいとして……」
 私が思案しながら呟くと、朝食の準備をしていた母が悲しそうな顔になった。


「ええっ 八重ちゃんダメよ! お友達と海に行くのに、学校の水着をそのまま着るなんて!」
「でも、あれだって高級素材だし……」


「お母さんがいくらでも買ってあげるから! 男の子だって一緒なのに、お願いだからそんなみっともないことは止めてちょうだい!」
 みっともないとまで言いますか!


「だって恥ずかしいじゃない! 自分で海を提案しておきながら、1人だけ気合の入った水着とか!」
「学校指定の水着ってつまるところスクール水着よ!? 高校二年生が夏休みの浜辺でスクール水着を着ている方がよっぽど恥ずかしいじゃない!!」
 私がうっと母の迫力に呑まれると、ダイニングの椅子に座っていた松葉が艶々した顔で笑みを浮かべた。


「ボクはどっちでもいいよ! 忍びがたいスクール水着のエロさもいいけど、遊泳用にも甲乙のつけがたいものがあるしね!」
「お前は本当にゲスいのう……」
 蛍御前からジト目を向けられても、松葉はウキウキしている。この式妖の反応に、私はため息をついた。


「東雲君だって行くんだから、ちゃんとした水着をお母さんと買いに行きましょうよ!」
 母のたしなめるような声に、松葉がハッと正気に返った。


「……え、何でアイツも来るの?」
「だって、ストッパーになるような人も必要でしょう」
 人……いや、アヤカシだけど。
私が淡々と告げると、松葉の顔色が変わった。


「もう、八重ちゃんったら素直じゃないわね!」
 母がうっとりと頬に手を当てる。


「お母さん……」
 私が呆れると、松葉がテーブルに手をついてガタリと立ち上がった。


「あんな奴を誘うことなんてないじゃないか!」
「妾としては、ゲスい松葉が参加する方が気乗りしないものがあるがのう……」
 ふうっ、と蛍御前が息を吐く。


「じゃが、アウトドアには細々と足りないものがあるのは事実じゃの。ここは使用人に任せてしまうよりは、自分たちで買いに行かぬか?」
「蛍ちゃんの云う通り、それがいいわね!」
 ふふっと微笑んだ母に、私は何を言っても無駄だと諦めをつけた。






 山崎さんの運転するレクサスで、朝食を食べ終えた私たちはショッピングモールへと買い物に出かけた。全員で私と母と松葉と蛍御前を含む5人だ。
 アウトドアの予定があるといっても、キャンプ用のテントなどは必要ない。別荘の中には寝具もあるだろうから、寝袋だって要らないだろう。それよりも大事なのは虫よけスプレーだ。これは3缶ほど購入しておく。
生鮮食材を買うにはまだ早すぎるので、賞味期限のないスナック菓子や飲み物などをどんどん籠に入れていく。


「お嬢様、私がお持ちしますよ」
 私から籠を引き受けた山崎さんが頼もしい。


「後は……日焼け止めも必要ね。八重ちゃんの肌が焼けちゃうもの」
 躊躇うことなく一番高価なサンスクリーンを手にとった母は、にっこり笑った。SPFも高めの50+だ。


「八重さま、このマスカラもいるんじゃない? ほら、ウォータープルーフって書いてあるし」
 松葉が焦げ茶色のロングマスカラを差し出してくる。確かに、水辺に行くのだから防水対策は必須だろう。
 女子高生らしい化粧をするには、こういった商品は欠かせないものだ。


「ありがとう、松葉」
「うん!」
 小瓶に入っていたトラベル用の基礎化粧品も購入することにする。シーブリーズも欲しい。メイク落としシートも。……あ、このマニキュア可愛い。
そうやってドンドン思いついたものを買っていったら、あっという間に籠の中は一杯になった。






「――八重ちゃん、こんな水着はどう?」
 母の提案してきたピンク色のビキニに、私は嫌な顔を返した。


「なんでピンクなのよ」
「だって、きっと似合うと思って……」
 これじゃあ、私には甘すぎると思う。
選ぶとしたら、露出の少なめの……そうね。こんな感じの水着がいい。最近のトレーニングでウエストも締まってきたし。
紺色のショートパンツの水着を選ぶと、母が残念そうな表情になった。


「またそんな地味な色にして……」
「いいじゃない、別に」
 私はヒロイン枠ではないんだし。
少し拗ねながらも身体にあてた水着を鏡でチェックしていると、蛍御前が試着室からひょっこり顔を出した。


「八重ー、こんなものかのう?」
 くるりと蛍御前は全身を見せつけるように回転した。
彼女の試着している向日葵の柄をした女の子用の水着は、普通に可愛い。どこかの子役みたいだ。


「いいと思いますよ?」
「照れくさいのう。普段は着物と袴で水に飛び込んでおったものでな」
 少し恥ずかしそうにしながらも、蛍御前は満面の笑顔になっている。テキパキと自分の水着を選び終わった松葉は、それを見て人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。


「蛍御前はお子ちゃま体型なんだから、何を着たって大差ないって」
「何をう!」
 怒った猫のようになった神龍は、自分の足下にあった籠をカワウソに向かって投げつけた。


「あっぶな! 何するんだよいきなり!」
 すれすれで避けた松葉がキレそうになると、蛍御前は威嚇した。


「お前はほんにデリカシーが無い男じゃの! それだから八重も振り向かないのじゃ!」
「な……っ ボクは事実を云っただけだろ!!」


「世の中には云ってはならん事実もあるのじゃ! 主に胸とか! お子様とか貧乳とかぺったんことか!」
 ……気のせいか蛍御前が自分で傷口を拡げているように聞こえるんだけど。
なるべくマジメそうな顔を取り繕ってはみたけれど、このボルテージの上がり方では無駄かしら。


 ぎゃあぎゃあ喧嘩している2人に、同行していた母が叱りつけた。
「2人とも、ここがどこだか分かってるの? お家じゃないんだから、喧嘩するんじゃありません!」
「「だってこいつが――」」
「だってもそってもありません!」
 反省の見られない2名に母はおかんむりになっている。
――みんなの注意がそれた隙に、私は自分で選んだ水着を籠の中に滑り込ませてレジに持って行ったのだった。







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