悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆111 現代ツールも使いよう





 東雲先輩の帰った後。
私がリビングルームでパソコンを弄っていると、後ろから蛍御前が覗き込んで来た。


「のう、八重? 旅行先は決まったのかの?」
「まあ……、そうですね」
「どこにするのじゃ?」


 目を伏せた私は、息をついた。
「湖のほとりにある別荘に、久しぶりに行ってみようかと思ったんですけど……」
「……そなた、妾が山育ちだということを忘れておらんか?」
 途端に蛍御前がつまらなそうな顔になる。


「山の近くは嫌ですか?」
「飽き飽きしとるわ」
 やっぱりそう言うと思った。
だったら、プランはこれで決まりだろう。


「じゃあ、両方行きましょう」
「む?」
「……内陸の湖で遊んだあとに、近場の海に向かえばいいんです。移動時間はかかりますけど、楽しみが待っていると思えば我慢できるでしょう?」
 私の言葉に、蛍御前は呆気に取られて目を瞬かせる。


「確かにそれは贅沢じゃが……」
「夏休みは山派と海派に好みが分かれるじゃないですか。だったら、一度に二つ味わってしまえばいいと思います」
「あと一度の旅行で残った夏のイベントを全部消化しようとしているようにしか感じられないがの」


 神龍から鋭い指摘をされて、私はぎくりとした。
そ、そんなことは……まあ、あるかもしれないけど。


「だって、何度もみんなを振り回すわけにいかないでしょう。旅行をするにはエネルギーも日程合わせも準備もいるんです」
「肝心な資金だっているじゃろう。ゆとりがある発言じゃのう、この財閥令嬢めが」
「財閥令嬢という言葉を悪口のように云わないで下さい」
 私が冷めたセリフで返すと、蛍御前はケラケラ笑った。


 階段から降りてきた松葉が訝しく話しかけてくる。
「なに……、八重さま。もしかして、また旅行に行くの?」
「ええ。山と海にね」


「山か海じゃなくて、山と海なんだ?」
 そう訊ね返した松葉が、ニヤリとほくそ笑む。


「よっしゃあ! 海ってことは、つまりボクと八重さまの水着イベントが到来ってことだよね!?」
「まあ……、多分着るとは思うけど」


「学年の違う八重さまとは授業も違うしさ! 水着姿を見ることができるなんて思わなかったよ!」
 あからさまに機嫌の良くなった松葉は、ルンルンスキップしていく。その肉食系な言動を聞いてげんなりした私は、思わず呟いた。


「……やっぱり止めようかしら。海」
「一度言ったことには責任を持つものじゃよ、八重」
 私の背中から抱き付いた蛍御前は、嬉しそうに笑った。






 みんなにスマホで連絡をとると、上手い具合に現地のイベントにも参加できる日程で調整できた。鳥羽は単発のバイトの予定を中止したらしい。
その点においては迷惑をかけてしまったことを謝った。
 今度は八手先輩にもちゃんと声を掛ける。ひねくれ者な私でも反省はするのだ。
 中でも大喜びしたのは白波さんで、こんなやり取りをすることになった。


『――本当に、またみんなで旅行に行けるんですか!?』
『ええ』
『友達の別荘に遊びに行くとか、夢みたいです! わんだふるどりーむ!』
LINEの文面からはしゃいでいる白波さんの姿が目に浮かぶ。


『そこまで大層なものじゃないわよ』
 私がそうスマホで返信を送ると、鳥羽からのツッコミが返ってくる。


『馬鹿野郎、別荘ってやつが大したもんじゃなかったら、俺のアパートは何なんだよ。あばら家同然ってことか?』
『鳥羽、八重の謙遜に悪気はないから』
 希未の返信も返ってきた。


『月之宮さん、別荘ってだけですごいですよ』
 白波さんのコメントに、私はこう返す。


『ありがと』
『あの、月之宮さん。いつか何かでお礼をしますから!』
 こちらの事情に付きあわせてしまってるわけだし、そんなものは要らないのだけど……。けれど、白波さんは大マジメにそう考えているようだ。
 困ったなあ。


『無くてもいいわよ?』
『そんなわけにいきません! 別荘ですよ!? 湖と海のリゾートですよ!?』
『白波……そこは湖畔って熟語を使えよ』
 鳥羽の呆れ顔が目に浮かぶ。


『こ、湖畔のリゾートってやつなんだよ!?』
 白波さんはちゃんと書き直した。本当に素直な子である。


『鳥羽も、別に湖だろうと湖畔だろうと構やしないじゃん。一々教えたって、白波ちゃんのことだからすぐに忘れちゃうよ』
『おい栗村。俺までが白波の可能性を完全に見放したら、学校でのこいつの立場がないだろ……』


『白波ちゃんにそんなものがあったっけ?』
 希未が酷い。


『な、ないかもしれません……』
 白波さんが落ち込む。


『……希未、それはちょっと言い過ぎ』
『そうかな?』
『そうだろ』


『わ、私は大丈夫です! すぐに忘れますから!』


 ……おい。
なんだか、あれだけの事件が起こっても白波さんが明るく朗らかな訳が分かってきた気がする。この子は、本当に忘れっぽいのだ。
悪意に触れても清らかなままでいられる純性はそうやって保たれている。


『忘れるのだけは得意ですから!』
『お前がそうやって色々放置していくから俺が苦労してるんだっつーの! そこを直せって云ってるんだ!』
 あ、鳥羽も流石にキレた。







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