悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

★間章――日之宮奈々子

 クリスタルレインの支配人は、アイスティーをお盆に乗せたまま暗い階段を上っていく。目指していたのは防犯カメラのチェックができるセキュリティ室だ。静かにドアを開けると、人気のないセキュリティー室の中央で映像をじっと眺めている1人の少女がいた。


 彼女の名前は日之宮奈々子。この遊園地のオーナー一家の1つである日之宮財閥の令嬢で、黒いロングヘアに和風のロリータ服を着、化粧をした女子高校生だ。


 今はスマートフォンで誰かと会話をしているようで、こう囁いている。
「……ええ。予定に聞いていた通り、八重ちゃんはもう遊園地からは引き上げました。どうやら、騒ぎになるような事件は起こらなかったようですね」


『観測したイレギュラー因子――奈々子さんはその神龍が私たちの邪魔になる可能性はどれぐらいあると思うかい?』


「それはまだ分からないけれど、30パーセントくらいじゃない?」


『それならそれで構わないけどね。あの不愉快な妖狐と我が義妹との間に進展はあったかな?』
 海外からの月之宮幽司の電話にため息をついた奈々子は、冷めた態度で言った。


「……そうね。けっこう仲が良さそうに見えたわ」
『チッ』
 幽司の舌打ちに、奈々子は酷薄な笑顔を浮かべる。


「早く帰ってきてくださいな、幽司様。そうでないと、私の銃がアヤカシの血を流したくってうずうずしていますわ」


『まだ調整が終わらないんだ。帰れるわけないだろう』


「なるべく急がないと、また八重ちゃんがアヤカシに奪われそうになっても知りませんよ」
 電話の向こうから漂ってくる苦虫を噛み潰したようなオーラに、奈々子は薄く笑った。
 通話を切った彼女に、待機していた支配人が話しかける。


「――奈々子様、せっかくわざわざこの無人島までいらしたのに……本当に八重お嬢様にお会いしなくてもよろしかったのですか?」
 これでは対面しないままに月之宮八重は本土に帰ってしまった後だ。
 クリスタルレインの支配人に訊ねられた日之宮奈々子は、静かに微笑した。


「ええ。……今はまだ、彼らをもう少しだけ泳がせておきたいの」
 監視カメラに映った東雲椿と八重の映像を繰り返し見ながら、奈々子は差し出されたアイスティーに口をつけた。


「それにしても……、やはりあの男は油断にならないわね」
 こちらが盗撮していたことを察知していた妖狐のことを思いだし、奈々子は眉を潜める。あの様子では、クリスタルレインの裏にいた自分のことも気付かれた可能性がある。


「いつまでアイツらの人間ごっこが続くものかしら……見ものね」
 アヤカシを見限った八重がすがりついてくる様を想像すると、恐ろしくぞくぞくする。泣きながら彼女が頼ってくる様子を思い浮かべながら、奈々子は口紅を舐めた。
 妄執的な視線を注ぎながら、陰陽師最強は瞳を輝かせた。







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