悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆105 グルメストリート





 しばらくポツポツと会話をしながらその場に留まっていると、不意打ちで白波さんの声がした。


「月之宮さんがやっと居た! もう、ここまで来るのに道に迷っちゃいました~」
 安堵した白波さんは、猫耳のカチューシャをつけて綿菓子を抱えていた。どこから見てもエンジョイしていたみたいです。
見苦しい印象はない。美少女然とした彼女にはそのカチューシャはよく似合っていて、むしろ微笑ましいくらいだ。


 希未がぎょっとして大声を出した。
「なにこの萌え萌えカチューシャ! まさか鳥羽が買ってくれたの!? 白波ちゃんに猫耳とかアイツってこんな趣味があったわけ!?」
 腹から張り上げたボイスに、通行人が何名か振り返る。


 白波さんと一緒にいた鳥羽がたまらずに叫んだ。
「――なわけあるか!!」


 それで納得する希未ではない。
「だって猫耳女子高生だよ!? どんな属性だよって話しじゃん! もう最強の組み合わせだね!」


 私の式妖の松葉はやれやれと云わんばかりだ。
「昼間っから猫耳プレイをしてるなんてねー。どーせ鼻の下伸ばして歩いてたんだろうけど、こんな時間から盛るのはどうかと思うね」


 露骨な言い回しをされた鳥羽が青筋を立てた。
「……お前ら……っ これは白波が欲しそうにしてたから買ってやっただけだっつーの!」
そのまま彼が振りかぶった拳が松葉の頭に直撃する。衝撃に目を回したカワウソは地面にうずくまった。
 すごく痛そうにしている。これを見た希未がちょっと身を引いた。


 鳥羽が眼光鋭くこちらを睨んできたので、私は曖昧な半笑いを返した。ここでからかったら大変なことになりそうなので、参加するのは控えておく。


「これ、キャロル先輩のヘアバンドみたいで可愛いなって思ってたら鳥羽君が買ってくれたんですけど……。猫耳プレイって何のことですか……?」
 清らかな心をお持ちの白波さんが不思議そうな表情をしていた。ヤンキー座りをしている松葉が呻きながら、余計なことを言う。


「そりゃもう、猫耳をつけながらニャンニャンすることを……」
「お前は黙ってろ!」
 鳥羽が眦をつり上げ、松葉も今度は尻から蹴飛ばされた。そして、そのままカワウソの胸倉を掴んだ天狗は怖い顔で迫る。


「……白波に変な知識を植え付けんな」
「分かった、分かったってば!」
 ジタバタもがくカワウソ。それを自分の式妖だと思いたくない私。


 希未はませた顔つきでため息をついた。
「あのさ~。鳥羽? 白波ちゃんって高校生だよ? 今後の進展の為にも知らなさすぎるのって問題だと思うけどな~」


「今後の進展って何のこと!?」
 希未の意味深な眼差しに白波さんが怯えの色を見せた。何か経験上嫌な予感がしているらしい。その直感は当たっているといえよう。
 白波さんが助けを求めるように私を見ていた。そりゃ私だって経験豊富な方じゃないし、誰かとそーいうことをしたことなんてないけれど、さっきからの会話の意味ぐらいは分かっている。


「……白波さんは気にしない方がいいわよ」
 私の返事に白波さんは納得しなかった。


「あの。何か隠してるんですよ、ね?」
 まあね。
 思わず目を背ける。こういう桃色知識を逐一解説するのは絶対御免こうむる。


「あの、私ってただの人間だし、お荷物になってることは分かってるんですけど、だからこそ、守られてばかりじゃダメだと思うんです。鳥羽君、何か私に隠してることがあるのでしょう?」
 恐ろしくマジメな方向性で、明後日なことを言った後に、白波さんは鳥羽に向かってにじり寄った。目は潤み、口はきゅっと閉じられている。


「はあ!?」
 それに対して鳥羽はとても動揺した。


「ちゃんと教えてよ、鳥羽君」
「おおお、教えるって何を!?」
 動じている天狗に白波さんがしかめっ面になった。いかにも怒ってますって雰囲気を出したいのは分かるけど、それが妙に色香を感じさせる。


 鳥羽がドギマギとしているのが如実に伝わってきて、私はすさんだ心境になりそうになる。希未が興奮を隠しきれずに私の服の裾を引っ張ってきた。
 鳥羽と白波さんの顔が近くなる。……すると、


「おいおい白波、鳥羽には刺激が強すぎるからそこまでにしてやんな」
 第三者の声がしたと思ったら、その持ち主は煙草を吹かした柳原先生だった。白波さんを遠ざけるようなそぶりをして、ニヒルに笑っている。文学系女子高生の遠野さんは気まずそうに立っていた。


「なんで止めちゃうんですか。いいところだったのに」
 希未の不満に、柳原先生は白い煙を吐き出しながらのんびり返す。


「栗村、いくらなんでもここは往来ですよ? いい加減なところで止めとかないと、監督責任者としてマズいと思ってな」
「……あれ以上なんて、不潔」
 三つ編み姿の遠野さんが軽蔑するような視線を見せた。灰色の水玉ミニスカートの端をぎゅっと握りしめている。


「……でも」
 違和感を覚えているらしい白波さんに、柳原先生が適当に喋った。


「それは大人の知識ですよ、白波ちゃん。もしもその先が気になるのだったら、いつか恋人ができたときに聞いてみなさい」
 え、と白波さんが顔を赤面させた。解放された鳥羽はホッと息をつく。希未は軽く舌打ちし、松葉は口をつぐんでいた。


 やがて、事情を知らないままに蛍御前を率いて戻ってきた東雲先輩は怪訝な表情をしていたが、どんなやり取りがあったのかを追求することはしなかった。まあ、長年生きてきた九尾の狐なら例えその場にいたとしてもこんな話題にあたふたすることもないだろう。
 飴色のクイニーアマンにかぶりついている蛍御前は、とても満足気にこう言った。


「あむっ……はぐっ……、やはり妾の見込んだ通りじゃ! ここまで美味しい菓子パンは久方ぶりぞえ!」
「パンっていうか、正確には洋菓子の一種なんですけどね」
 思わず私は突っ込んでしまった。クイニーアマンはフランス生まれの洋菓子の1つで、砂糖やバターの入ったブリオッシュ風の生地が使われている。


「ほほう、そうか!」
 蛍御前は機嫌よく笑った。


 後ろにいた東雲先輩は息をつくと、私たちをぐるりと見渡す。
「調べてきたのですが、バイキングはこのグルメストリートの最奥にあるレストランでやっているようですよ。14時30分までランチメニューが楽しめるんだとか。値段は1人あたり8万円だそうです」
 金額については皆予想できていたのか、ため息が漏れ聴こえた。


 頭を抱えた白波さんが硬い表情で呟く。
「私の中の高級レストランの金額よりはるかに高いよお……」


 ようやく冷静さを取り戻した鳥羽が笑い飛ばした。
「それぐらい出してやるって。それより白波は食い過ぎて太らないか心配した方がいいと思うぜ」
「だって8万円だよ? それだけお金がかかるのなら、ちゃんと食べて元をとらないと!」
「その発想が栗村みたいなデブ体型に繋がるんだよ」
 鳥羽の軽口は、8万円に取りつかれた白波さんには届いていないようだ。そのセリフが聞こえた希未が頬を膨らませる。


「失礼なこと云わないでよ! 私の身体はまだそこまで太ってなんかないやい!」
「……お腹の肉が増えてきたって前に云ってなかった?」


「八重までそんなこと……。増えてきたのは事実だけど、デブと呼ばれるほどじゃないもん!」
 希未は下唇を突きだして、拗ねた素振りをする。思春期の女学生としてはデブと呼ばれることに非常な抵抗を覚えるようだ。私もその気持ちはよく分かるので、そっぽを向いた友人の頭を優しく撫でておく。




「あ、先生。遅れちゃってごめんなさい。お金のことですけど、これだけあれば充分ですか?」
 ふと思い出したので、柳原先生に札束の入った封筒を手渡すと、
「ああ、ありがとう。月之宮。ま、午前中はどうにかやりくりできたから気にしなくても大丈夫だ」と云いながらも先生は恐縮そうに私から借りたお金を受け取った。
 東雲先輩が私たちのやり取りに咎めるような眼差しを向けている。


「さて、準備もできたところでそろそろ行くか?」
 腕時計を見ながら、柳原先生が私たちに声を掛けた。その号令に頷くと、誰とはなしにグルメストリートの奥へと歩きだす。活気のある街並みに目移りしそうになったけれど、好奇心をぐっと堪えてみんなの背中を追った。









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