悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆88 クラスマッチ (3)





 少々の精神的疲労を覚えながらその場に留まっていると、分かっていたことだけど東雲先輩は決勝戦まで勝ち進んだ。身軽にダッシュし、不自然じゃない程度にポイントを加算していく。ハッキリ言って、那須先輩はやることがなさそうだった。
生徒会長がゴールにボールを突っ込むたびに、辺りの女子がキャーキャー大騒ぎになる――そのせいで、耳が痺れてきた。


 うちのクラスも大健闘したようで、決勝戦は両者の試合となった。その準備が始まるころには、鳥羽も私たちが三年の応援をしていたことに気が付いたらしく、とっても不満げな表情になった。


 ぱくぱくとコートに居る鳥羽の口が動く。それを解読すると、こうだ。
『お前ら、うちのクラスを応援せずにそこで何やってんだよ』


 それを発見した希未が東雲先輩を指差してジェスチャーを返す。両手を駆使して、みょうちきりんな動きをしている姿は奇怪だ。
案の定、首を捻った鳥羽はこう唇を開いた。


『この、裏切り者め』
 鳥羽から批難を向けられ、私が身を竦める。思わず、やましいことがあるかのように目を逸らしてしまった。この状況は私が意図したことではないのだけど、そんな複雑な説明なんかできるわけがない。


 生徒会長の東雲先輩だけではなく鳥羽にもファンが付いているようで、この不機嫌な姿にも甲高い悲鳴が上がった。全く、ミーハーなことだ。


 審判の先生の仕切りで、三年と二年が互いに握手をする。バスケットボールが宙に放り投げられ、ジャンプした二年の選手がそれに手をつけた。
 試合開始。


「……なんで、ボクにはファンが付いてないんだろ」
 ルックスでは負けてないし、魅力は充分にあるはずなのになー。と、松葉が半目で呟いた。


「それは、中身に問題があるからじゃないかな~」
 試合を観戦しながら希未がしごくテキトーに相槌を打つ。その返しに、松葉がムッとした。


 味方からのチェストパスが、コートの中にいる鳥羽に向かう。それをキャッチした天狗は地を蹴り、ドリブルでゴールまで走ろうとする。何人もの先輩をごぼう抜きにすり抜けていき、速攻でゴールしようとした。


「あっ」
 希未が思わず声を上げる。


 敵方の東雲先輩が、口端をつり上げた。彼は身軽にコート内を駆けると、鳥羽の進路をディフェンスで阻み、手品のようにさっとボールを取り上げた。ステップを踏むように進路を変え、スリーポイントラインの外から見事にゴールを決めた!
 割れるような拍手が応援陣から沸き起こり、3点を敵に取られた鳥羽が歯ぎしりをする。早速、プレッシャーがかかっているようだ。


 私は、その巧みな妖狐の身のこなしにほれぼれとした。何が上手いかって、東雲先輩は能力を体育が得意な高校生にんげんの範囲内に抑えながら試合をしているのである。決して悪目立ちせずに鳥羽を圧倒しているのだ。


 打って変わって我がクラスの鳥羽は、人間に化けながら妖狐と戦うことに苦慮しているようだ。元々風を操る異能を所持しているものだから、それが使えなくてイライラしているのが伝わってくる。


「フェアプレーでいきましょう、互いにね」
 ゴールを決めた東雲先輩は、鳥羽に微笑んだ。その言葉を聞いた女子が悲鳴を上げる。


「分かってるっつーの」
 鳥羽は、そう言って唇を舐めた。


 そのやり取りをきっかけにして、バスケの試合は更に激化した。こうまで女子が集まっていると、やっぱり普通に参加している選手たちも恰好つけたくなるみたいで、三年がリードしながらも争いは意外に白熱した。


 東雲先輩がひそかに手加減しているのが私には判った。負けそうになると、一瞬だけ本気を出してボールを後輩から奪うのだ。それを察したのは鳥羽も一緒で、その事実に苛立ちを抑えきれないようだった。
 肉眼で彼らの動きを観ながら、私は息を潜めていた。


「ほら!八重ももっと大声で応援しなきゃ!」
「えっ、えっと……」


「フレー!フレー! 東雲先輩、ファイトー!」
 応援団の真似事をしながら、希未が腹から声を張り上げる。腕を振り、いつの間にか辺りを仕切っていた。希未の応援に合わせて、周囲の女子がざわめく。それにウンザリした私は、腰に手を当ててそっぽを向いた。


「……頑張れー」
 気まぐれに棒読みで応援した時、偶然だけど鳥羽がゴールした。
 どっと、歓声が沸き起こった。






 5点差で、三年生チームは私のクラスに勝利した。汗だくの彼らは、ハイタッチをしたりしている。その群れの中で称賛されているのは、東雲先輩だ。沢山の艶めいた女の子がどっと押し掛けている。
 ふと顔を上げた東雲先輩は、遠くにいる私の姿を見つけるとにっこり笑う。人好きのする笑顔で手を振ってきたものだから、私の傍にいたファンの女子が失神しそうになった。
 罪深い人だなあ、と思う。


 コートの中で、膝に手をつき荒い呼吸をしている鳥羽に、私はゆっくり近づく。
「残念だったわね」
 そう声を掛けると、上体を起こした鳥羽が振り返った。


「……月之宮か」
「私、別に東雲先輩を応援してたわけじゃないから」
 相手に何か言われる前に予防線を張ると、「そーかよ」と、鳥羽は悔しそうに笑った。


「あとちょっとだったじゃない」
「お前の目は節穴か? 経験値が違いすぎてあんなのに勝てるわけねーよ」


 ……あっそう。
もっと悔しがるかと思っただけに、拍子抜けした。


「残留思念核の状態のせいにしたりしないんだ?」
「最近、そこまで痛んだりしないからな。……もしかすると、治ってきてるのかもしれねえ」


「残留思念核のヒビって、治ったりするもんなの?」
 私が小首を傾げて訊ねると、鳥羽はじわじわと顔を赤らめた。


「……そんなこと、どーでもいいだろ」
「あっれえ? 何恥ずかしがっているのかしら?」
 普段なら見えない顔色の変化に、思わずからかいたくなってしまう。これって、ちょっといい感じのムードじゃない?
そんな気分に浸っていると、両手を頭の上で組んでいた松葉の顔が意地悪くなった。


「へー? お前の残留思念核って治ってきたんだ?」
「うるせえな」


「それって誰のお蔭なんだろうねえ? まさか、ご主人様のお蔭とか言うつもりじゃないよね?」
 そう言われ、鳥羽が冷静に返した。


「……まあ、少しくらいはそうかもしれねーけどな」
「ふうん? 全否定はしないんだ?」
 松葉が敵意を剥きだしにした。続けて、こう口にする。


「……言わなくても分かると思うけど、どんな形であれボクからご主人様を奪うようなら容赦しないから」
「別に、そーいう意味じゃねえよ。ただ、今の人間関係が居心地がいいってだけだ」鳥羽は手を横に振る。
「そう言ってる奴ほどあてにならないんだ」松葉の口ぶりにはどこか陰があった。


 快活に、希未が鳥羽に向かって笑いかける。
「鳥羽、おっつかれ~」
「よく云うぜ。敵チームの応援係をやってたくせに」
 鳥羽が軽く睨み付けると、希未はぺろりと舌を出した。文庫本を立ちながら読んでいた遠野さんは、ぱたんと本を閉じる。


「この後、打ち上げでもやったりする?」
 希未の問いに、鳥羽が無言で頷いた。


 その時、私は周りを見渡してあることに気が付いた。
「……ねえ、鳥羽。白波さんがいないみたいなんだけど……」
「は? あいつなら、トーナメントの最初の方から応援席に…………」


 白波さんを指差そうとした鳥羽は、その可愛らしい姿が見つからないことにたった今、ようやく気が付いたらしい。ポカン、と口を開けた。
「……白波、どこにもいねーじゃねえか」
 茫然とした声だった。


「探しに行く?」希未が唇に指を当てた。
「ちょっと待て、お前ら、白波と一緒じゃなかったのかよ」
 鳥羽にそう訊ねられて、私は頭が痛くなった。


「バレーの試合に負けてからはずっと別行動だったわよ」
「……チッ」
 白波さんがいないことに気が付いた私たちは、これからの予定が宙に浮かんでしまう。とりあえず携帯に電話してみたけれど、何度かコールが鳴った後に留守電へ繋がってしまった。


「とりあえず、クラスに行ってみるか。これで自由解散だけど、荷物か何か取りに帰ってるかもしれねーし」
 そう言った鳥羽のセリフを合図に、私たちは二学年棟へ移動しようと体育館から出ると、見覚えのある金髪の先輩が入口で誰かを探していた。


「……あ、キャロル先輩」
 私が呟くと、希未が視線をそちらへやった。


「あっ、本当だ。先輩、ヤッホー!」
 そう声を掛けられたキャロル先輩は、青白い顔を私たちへと向けた。涙目をしており、こちらを見つけてホッとしたようだ。


「ああ……良かった。今、みんなに知らせに行こうとしていたとこですのよ」
「私たちに何か用ですか?」
「用があるというか……」


 そうして、キャロル先輩は私たちに――保健委員の仕事を手伝っていたところ、白波さんが数人組のスカートの短い女子に校舎裏へ連れ出されていた現場を見てしまったことを告げたのだった。







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