悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆80 笹の葉さらさら (4)





 そんなこんなで、放課後の部活タイムになるころには沢山の短冊やら笹飾りを預けられることとなった。
普段は孤立しがちな夕霧君も15枚ほどを託されており、彼とクラスメイトの交流が叶ったらしい。
もしもこれが悪魔召喚の儀式だったら、こんなにも参加者が増えることはなかったはずで、そこはやはり国民的行事の気安さというものがあるのだろうか。
実は本物の陰陽師(私)が加わっているという事実が無かったものにして捉えてみると、うさんくさい儀式の要素が抜けてみえる。
 あれ?ということは、もしかしなくても私の正体がうさんくさいってこと?




 第二資料室のパイプ椅子に座った東雲先輩が、筆ペンを片手に無地の短冊を前にしてこう言った。
「さて……、これには何を書きましょうか」
 できれば穏当なことを書いて欲しい。
他のメンバーならともかく、もしも何か異常事態が起こった場合に出動するのは、この私になるのだから。
しかし、東雲先輩が妙に楽しそうに見えるのは何故だろう?


 お茶くみを終えた白波さんが、可愛らしい字で短冊に書き込もうとしている。
「私はもう決めてますよ~」
 彼女の様子に、隣にいた鳥羽が珈琲をすすりながら目を細めた。


「何にするつもりなんだ?」
「もちろん、『頭が良くなりますように!』」
 やっぱり、一番はそれですか。
白波さんの成績がクラス……いや、学年でも底辺を彷徨っているのは皆の知るところで、今回の七夕でもお願いするのはやっぱりそのことになるらしい。
私は幸い、ガリガリ猛勉強している効果が表れているからそのことについて神頼みする必要はないわけだけど、国立の大学の入学がほぼ内定しているからといって、気を緩めていいというわけではない。
 そんな私より頭脳明晰な鳥羽は、白波さんの発言を聞いてバカにしたようにフン、と鼻を鳴らした。実に嫌味な態度だと思う。


「あたしは、『八重とずう~っと親友でいられますように!』」
 希未がうっとりとそう言った。
こちらに近寄ってきて、腕に頬ずりまでしてくる。


「ベタベタするのは止めてちょうだい」
「え~、いけずう」
 私の腕に引っ付き虫となった希未を引きはがすと、友人は不満そうな顔になった。どこかのバカップルじゃないんだから。


「仲がいいですねえ」
 東雲先輩が微笑ましそうな眼差しをこちらに注いだ。
 ちょっと恥ずかしい。


「ふふん、でしょ~♪ ところで八重はなんて書いたの?」
 希未に訊ねられた私は、ぴらん、と紙の短冊を見せる。
ちゃんと考えて書いたものだ。
「『人並みに暮らせますように』……?」
そうです。
私の書いた内容に、希未はつまらなそうな態度をとった。


「ふーん、なんか、パッとしない感じのお願いだね。もっと、大富豪になりたいとか、石油王になりたいとかなかったの?八重」
「これ以上のお金は要りません」
「うわ~、言うねえ」
 石油王もなにも、我が家は財閥である。
過剰な財産を持っても、争い事の種にしかならない。


「俺も書けた」
 夕霧君が、嘆息をした。


「なんて書いたんですか?」
 白波さんがにっこり笑う。
訊ねた彼女に、夕霧陛下は一息に言い放った。


「『魔術が精進できますように』」
らしいっちゃらしい。
混沌とした怪奇の中に暮らしていることに未だ気付かぬ夕霧君は、健気にもそんなことを書いたようだ。
 彼の表情は、猛勉強を決めた受験生のような顔つきをしていた。
いくら月之宮の陰陽師をやっているとはいえ、指南役を頼まれても困る私は、知らんぷりをしておくことにしよう。
 ふと正面を見ると、鳥羽がボールペンをくるくる回して難しい顔をしていた。


「どうしたの?」
 私が訊ねると、鳥羽が苦笑した。


「思いつかねえ」
 それはそれは。
それを聞いた希未が、せせら笑う。


「学年主席のくせに、こんなことも思いつかないの?」
「あ…、あー…………うるせーな、栗村。あっちいってろ」
「え~?」
 それから3分ほど黙り込んだ鳥羽が、やがてこう言った。


「『あんど……あん……』こっから先がどうも引っかかるんだよな……」
「『餡ドーナツが食べたい』とか?」
「お前じゃあるまいし」


 希未の助言に首を捻った鳥羽は、どこか訝しげな表情のまま、
「もう、こうなったら『長生きができますように』とでも書いておくか。なんだか先日の一件で、誰かさんのせーで寿命が縮んだ気がしたしな」


 部屋にいた松葉が聞こえないふりをしている。
よく見ると、松葉ももう書けているようなのだが、紙を裏返しにして見えないようにしていた。
ちょっと嫌な予感がして、私は静かに松葉へ訊ねた。


「ねえ、松葉。何を書いたの?」
「勿論、学生らしく『学業成就』ですよ。まっさかご主人様、ボクが他のことにうつつを抜かすような性格に見えますか?」
「すごく見えるわね」
 おどけてみせた松葉に、私がため息をついた。
こいつなら、原子力発電所に飛行機をテロリズムで突っ込ませるようなことを考えていたとしても、主人たる私はびっくりしないだろう。


「見せなさい」
「え~」
 私の命令に松葉がさっと顔を背ける。
反抗的な式妖怪である。
まあ、私が松葉の願い事を覗き見してもいいという権限はどこにもないわけだけど、かといってまるでチェックしないというのもそれはそれで不安なものがある。


「ほら、そこの手元にあるやつよ」
「え~、仕方ないなあ」
 私がせっつくと、松葉がテーブルにあった紙を裏返してこちらに見せてきた。
どれどれ……、


「あら、本当に『学業成就』って書いてある」
 すっごく汚い字だけど。


「ボクが嘘をつくわけがないじゃん」
 松葉が堂々と胸を張る。


「うさんくさいな」
 東雲先輩が、不愉快そうに言った。
「どこがだよ!!」と松葉が東雲先輩に噛みつく。


「どうせお前のことだから、一学年から持ってきた短冊に自分の分を隠してあるとか、そんなオチだろう。見え見えだな」
「あっ、勝手に探すなよ!」
 まだテーブルに置いてあった短冊の山を持ち上げた東雲先輩が、1枚ずつ確認をしていく。それを阻止しようとした松葉を、鳥羽が羽交い締めにした。


「……ほら、やっぱり見つかった」
 東雲先輩が、筆跡の同じ短冊を見つけて目を吊り上げる。


「何だよ!1人1枚って決まりはないだろ!」
 それは無記名であったけれど、どう考えても松葉しか書きそうにないことがイエローの紙に書かれてあった。
『八重さまが欲しい 東雲消えろ』……と。
 私の頬が少し赤くなったのが分かる。
よくも松葉ったらこんな恥ずかしいことを臆面もなく書いたものね……。


「返せよ!返せったら!!」
「部活外の人間とも七夕を楽しみたいって言いだした時には熱が出たのかと思ったけど……」
 恐らく、笹へ飾る短冊の枚数が増えれば、自分のものが見つからなくなると思ったのだろう。木を隠せば森の中な発想だ。
 ……なんだか疲れた。


「もういいわ。東雲先輩、松葉に短冊を返してあげて下さい」
 高身長を生かして短冊を取り上げていた狐が、ぎょっとした顔をする。


「……本当にいいんですか?」
「はい」
「それってことは、つまり!八重さまは遂にボクとベッドインしてくれるってことですよね!?」
 松葉が喜々としてこう言ってきたので、
「はあ!?勿論違うに決まってるわよ」
ビシッとそこは否定する。


「でも、この短冊で願いが叶えば、遠からずそんな仲になることだって……」
「バカじゃないの。この程度の術でそこまでの効果があるわけないじゃない」
「そこはやってみなくちゃ分からないし……」


「東雲先輩、やっぱり破り捨てて下さい」
 私が呆れた眼差しでそう先輩にお願いすると、金髪の彼はいい笑顔で手にもっていた短冊を引きちぎった。


「あ~~~~っ ボクの願い事が!」
 松葉があんぐり口を開ける。
 鳥羽は目の前の出来事を見ざる聞かざる。白波さんはちょっとオロオロ。希未はいい気味だというようにガッツポーズをした。
 温情措置をとろうかと思ったけど、そんな願い事、叶ってたまるか。
 これが正しい運命だったのよ。
 うっすらと微笑んだ東雲先輩は、自分のボールペンをとると、テーブルにあった短冊に何かを書き始めた。お願い事が決まったのだろうか。


「何を書いてるんだよ!」
 松葉が胡乱気に睨みつけると、「お前には関係のないことだ」と東雲先輩。
機嫌良さそうに書き上げられた文字は、
「『願望成就(目障りな小蠅こばえが地獄に堕ちますように)』……?」
 思わず読んでしまった私は、他人の願い事を勝手に覗き見してしまったことにまず罪悪感を覚え、その次にその内容の無駄のなさに舌を巻いた。


 自分のお願い事を周囲に公開しない妖狐の秘密主義は相変わらずだけど、その腹の中次第によってはこれって中々危険な中身なのではないだろうか。
……というか、認めたくないけど、私にとっての危険を感じる。
身震いしそうになった私を見た松葉が、眦をつり上げる。


「お前だって似たようなものを書いてるんじゃないか! この小蠅ってボクのことだろ!」
「……だったら、何か問題でも?」
 不遜に笑う東雲先輩を見た松葉は、歯ぎしりをする。
テーブルに置いてあった短冊を引っ掴むと、私の式のカワウソはそれを憎らしげに破ってしまった。


「何をするんですか」
「こんなもの、もしも叶ったらボクにとって百害しかないじゃないか! 大体、そっちだってボクの短冊を破っただろ!」


「ふん、飼い犬の分際で嫉妬か」
「訳の分からないことを言うのは止めてくれない? 犬科が」
 じっと睨みあう2人の間に火花が散っているのが見えるようだ。
松葉のワガママは今に始まったことではないけれど、今回ばかりはありがたかった。
 あっぶな~、もしも東雲先輩の短冊が何らかの効力を発揮していたらと思うと、それはそれでおっかない。惚れ薬のような作用で、彼にメロメロになっている自分を想像してみたら、それはとても寒気のするものだった。
 しばらく何かを考えていた東雲先輩が、おもむろにパイプ椅子から腰を上げた。


「……では、直接本人に交渉することにしましょうか」
 ……交渉?
その単語に、思考が止まる。


「月之宮さん、僕とスマートフォンの連絡先を交換しませんか?」
 え?
うろたえた私に、妖狐はあくまで真剣な眼差しを注ぐ。


「鳥羽も瀬川も夕霧君ですらあなたのアドレスを知っているのに、僕だけ仲間外れはいかがなものかと思いましてね……」
 思わせぶりにため息をついた彼に、私は数歩後ずさりをしそうになった。
 え、え~と……、
この学校にファンクラブを持つほどに人気のある生徒会長からこう申し出をされては、なんだか断りづらい。しかし、相手はれっきとした実力を持つ大妖怪である。
自分(陰陽師)のスマホにこれ以上アヤカシのアドレスが増えていいものかとためらいを覚える。
 近くにいた白波さんが、生徒会長の言葉を聞いてキャッと赤くなった。
 乙女センサーが反応したらしい。


「……私で(・・)いいんでしょうか」
 陰陽師・・・の私で。
「僕としては月之宮さんじゃないと意味ないんですけどねえ」
 東雲先輩からそう言われて、私は少しドキッとする。
 心臓がとくんと鳴って、顔が赤くなりそうで、思わず先輩から顔を背けると、松葉が冷たく言った。


「ご主人様は嫌がってんじゃん」
「そうでしょうか?」
 東雲先輩が、毒を孕んだ笑顔でにっこり笑う。


「月之宮さんも分かるべきだ。僕らが大人しくしているのは、ただあなたへの好意があるからに過ぎないのだと。その気になれば、こんな学校――」
「交換しましょう! すぐに交換しましょう、今すぐに!!」
 物騒な言葉を吐いた東雲先輩に、引きつった私が焦って言った。
 生徒が人質にとられた。


「二言はありませんね?」
「……はい」
「家に帰ってから消してはいけませんよ?」
「……はい」
「ちゃんと暗証番号でロックをかけて……この嫉妬深いあなたの召使いがこれに手出しをしないように命令しておいて下さい」
 どこまで信用されてないんだろう、私。
 チラリと松葉を見ると、ギリギリ歯を食いしばっていた。


「松葉、このスマホを壊そうとしたら家から追い出すからね」
「なんでこんな奴の言うこときくのさ、八重さま! その命令がなかったら、そんなアドレスの入ったスマホなんかトイレに叩き込んでやったのに!」


 いや、これ、信用されてないのは多分松葉だ。
 私の式妖は唐辛子の突っ込まれた激辛トムヤムクンを飲まされたような顔をしている。
 非一般的な仕事関係も入ったアドレス帳を壊されてはたまらない。大人しく東雲先輩の言うことをきいておかないと仕事に支障をきたしそうだ。
スマホを操作しながら、東雲生徒会長と実に光栄なことに(勿論、皮肉だ)アドレスを交換していると、部室のドアが何者かにノックされた。


「どうぞ」と、白波さんが言う。
 やがて、その言葉を待っていたかのようにドアがゆっくりと開いた。







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