悪役令嬢のままでいなさい!
☆66 初恋 (3)
ここまでくどい展開をしておいて申し訳ないが、狐神の説明は全て理想論である。
こんなに耳を傾けたのに、その肝心の占いの実践に入った途端、彼らは信じたくもない現実に直面することになった。
「はあ!? 冗談じゃないぜ、うそだろ!?」
四津は、わなわな震えながら叫んだ。
「残念ながら。本当だ。
未来を占うならともかく、直接鏡に映すことができるのは、才能のある一握りの人間だけだ。どれだけ努力しても、凡人が習得するのは不可能だ」
青火が淡々と告げたヒドイ真実に、四津は噛みつく。
「じゃあ、その才能があるかないかってのは、どうやって見分けるんだよ!」
「その辺はやってみなくちゃ分からないが、僕がこれまで見てきた統計から察するに、
まず、未来視は霊力のない者にはできない。
次に、存在の強いアヤカシや神にはできない。
あと向いてない人間の特徴で思いつくのは……、直情的だったり、大雑把だったり、ガサツだったり、不器用だったり、根気や集中力に欠けていたりする者が多い印象だな。お前たちの普段の様子をみる限りじゃ…………」
話していた青火は、月之宮家の兄弟たちにチラリと視線を送る。その青い瞳に浮かんでいるのは諦めだ。
「…………」
「…………」
「…………オレたち全員、どれかに当てはまってるな」
彼らは顔色が一斉に悪くなる。己の性格を振り返って、沈痛の思いになったからだ。
……なあ、お狐さま。その基準、ちょっと厳しすぎない?
そんなこと要求されたら、世の中の殆どの人間がふるい落とされるぜ?
「いや!たとえ俺がダメでも、三津兄さんなら!」
「そうか!部屋も片付けられないオレや五季がダメでも、頼れる三津なら!」
その言葉を受けた三津は、アッサリ首を横に振った。
「無理だね。オレ、けっこう前に女の子にフラれたんだけど、
『ホントあなたって、見た目は匂宮なのに、中身はひげくろ……いいえ、ごめんなさい。間違えたわ。見た目は匂宮、中身や行動は野生の猿なのがとても惜しい男性なのよね!不潔だわ、あっちいってちょうだいっ』……って言葉を貰ったくらいだし?」
あっはは、と彼はやけくそで笑った。
これこそ、五十歩百歩……というよりはドングリの背比べである。
ちなみに、彼らの兄である信次は、全ての条件をクリアしていたにも関わらず、未来を視る技を会得することはできなかった。
青火が挙げたこれらの条件は、不得手な者の特徴を羅列してあるだけなので(それも狐の観察によるものである)、あくまでも目安でしかない。
はあー、とため息をついた五季は、不満そうな顔になった。
「一守兄さんだって、よく過激なことを言う性格じゃないか……。なんで、俺たちはダメで兄さんだけ未来が視えるんだ?」
青火は、その言葉に片眉を上げた。
「アイツは、辛辣なところもあるが損得の勘定ができる奴だろう。一守は、お前たちほど本能のままに生きてはいない」
月之宮一守という男は、先祖の血からいいところを受け継いだのだ。
少し誇らしそうな青火に、
「……つまり、兄貴は腹黒ってことかよ」
と四津が聞こえない声でぼそっと呟いた。
そんなこと、とっくの昔から知ってるぜ。
四津は鼻にシワを寄せた。この感情は、恐らくやっかみである。
忙しい一守の手助けをしようと思ったのに、その相手がこうまで特別な天才だと教えられると、一転して出来の悪い弟としては苦々しい気持ちになるから不思議だ。
……腹黒な人間たちだけに未来の情報が独占されてると思うと、すごぉく、面白くない。
不愉快になった四津に反し、末っ子の五季は素直に納得して、次の質問をした。
「なあ、神様は未来が視えないのにどうやってみんなの願いを叶えているのだ? 未来の確率が操れることは聞いたけど、どうやってやるのか見たことがないぞ」
純粋なかねてからの疑問に、双子も目を瞬かせる。
視線を向けられた青火は、内緒にすることでもないのでアッサリ業界事情を明かした。
「……僕の場合は、これを使ってるな」
狐神がズボンのポケットから出したのは、古びて角が丸くなったサイコロだった。日本製である。
三津が、口をあんぐりと開けた。
「サイコロぉ? まさか、これを日がな一日転がして人間の未来を操っているとでも……」
「その通りだ」
青火が真面目に肯定すると、三津含む一同は絶句した。
「運命の確率を操るといっても、実体のないものに触れることはできないからな。
……これを使うと、うまいこと手でその感覚が掴めるんだ。お前たちだって、術を行使するために道具を使うだろ?
昔は僕も貝や骨で頑張っていたんだが、今ではこれが一番使いやすいな」
「……へーえ」
三津は、皮肉気に相槌を打った。自分ちの神様(狐)に冷やかな目を向けている。
いくら呪具的なものだとしても、サイコロはサイコロである。
参拝者は、己の運命がサイコロを転がして決められていると知ったら、どんな思いになることだろう。
「これを転がすと、6分の1の確率で赤い目が出るだろう」
「まあ、そーではありますねー」
狐の説明に、適当に返しが入る。
「それをまた転がすと、同じ赤い目が出るのは、36分の1の確率になるだろう」
「……まあ」
「後は、叶えたい願い事を考えながら、どんどん同じ手順で繰り返す。妖力や神力を込めながら同じ目を出し続けると、その確率と同じ分だけの出来事が操れることになる」
「……その同じ目を何度も出すのは、なんか裏ワザとかあるわけ?」
「そのような旨い話はない! ど根性と体力で頑張るのみだ!!」
青火は、男らしくいい切った。
この仕事を余りにも長く続けてきたため、もう開き直るしかない。
「……なんて精神力を削りそうな、しょーもない……」
「しょーもない、と三津は言ったが、ゆめゆめ簡単そうだからと試すんじゃないぞ。
過去にこの技を真似した人間が、自覚もないままに廃人となった例はいくらでもあるんだ。
ただサイコロを転がしてるように見えるだろうが、これは運命の因果律に手を突っ込んでいるようなもの……この呪具を通じて因果と接続しているカラクリだ。
神やアヤカシでさえ、この作業をやりすぎ、結晶核が壊れたりして消滅する者も多い――僕らだって、決して安全にやっているわけではないんだ。
普通の人間ではサイコロを振っても何も起こらないだろうが、月之宮のお前たちは人外の血が混じっているからな。
何年も前に他家で、これを真似しようとした子どもが命を落としている。火遊びのつもりで事故を起こすんじゃないぞ」
青火は、矢継ぎ早にこう喋った。
――人間がこれを真似しようとして、大失敗を重ねた結果に生まれたのが、古今東西の『のろい』の術であることはまだ教えなくてもいいだろう。……あの術だって使った者の命を削ることはたしかなのだから――。
「へーへー。わかりましたよー」
三津や四津の顔には、『誰がそんな七面倒くさいことをやるか。細かいことが嫌いなオレたちにできるわけないだろ』と書いてあった。
五季は、今の話しを聞いて怖くなった。ついこの間の正月にサイコロで遊んだ後だったからだ。こんなにおっかない物だったなら、もっと早くに教えてくれれば良かったのに!
「小さい子どもに教えると面白がって試そうとするから、道理が分かるようになってから教えたんだ。そもそも、一度も僕が仕事で何をやってるのか訊ねて来なかったじゃないか」
「そりゃそうだけどさ!」
青火の言葉に、五季は肝が冷えた。ぶるぶるっと身震いして、もう当分、危険なサイコロには触りたくないと心から思った。
腕をさすりながら天井を見上げると、小さなシャンデリアが光りを反射させている。涙のようなガラスがゆれているところだ。
それは白く、きらめいた。
――そうして、ようやく彼らへの講義を終えた青火は、月之宮家の男子たちへ鏡の使い方を教えた。
といってもやり方は単純なもので、要約すれば、未来を視たい者は姿見の前で精神統一をするだけでいいのだ。
方法も人によって様々で、念仏を唱える者、写経をする者、息を吸うのを我慢する者、拝みだす者、国によっては麻薬を使う者もいるようだ。
一守の場合は、碁石を打つだけで視えるらしい。碁盤へおいた場所によって時代の指定までできるのだから、彼は超一級の占い師ということになる。
「だあーーーーっ!! オレたちは今、占いをするはずだったのに何やってんだーー!?」
やはりというべきか。真っ先に大声で叫んだのは、気の短い四津だった。
ほてった彼は身体を起こして、額の汗をシャツで拭う。
「……お前のうるさい声で、やり直しになったじゃないか!せっかく100回までいきそうだったのに――」
同じく、呼吸を乱した三津が抗議の声を上げる。相方のせいで集中が途切れたらしい。
「三津!お前って男は、今やってることに違和感は感じないのか!?」
「違和感は、そりゃ、ある、けど……、お前だって長時間の正座よりはこっちの方がマシだって言ってたろ?」
「なんでオレらは居間の中で、どすこいどすこい、しこ踏んでるんだよ!? 真剣に集中できるわけねーだろ、こんなこと3人でやったって!」
「……ほら、青火さまだって紳士に見ないフリをしてくれているじゃないか。悟りを得るには、羞恥心を捨てなくちゃいけない時もあるんだよ。相棒」
「お狐さまは気をつかってるんじゃなくて、口をおさえて笑いを堪えてるだけだっつーの!」
四津の悲哀のこもった声に、そばで見守っていた狐は表情を殺すのに苦労した。
「みんなで話し合った結果がこれってどうなの!? うちの国技をけなしたいわけじゃないけど、占いと相撲が合体するのはおかしいだろ! 大仏がコサックダンスを踊るぐらいにありえないぜ!」と四津は叫ぶ。
「さっき、みんな、で。話し合ってこの結論に達したはずだろう。
――じっとするのが苦手なら、逆転の発想で無心になるまで運動すればいいってさ。
オレたちがお経読んだり座禅したって、ぐーすか寝ちゃうだけだもんな」
……すこい!どすこい!
「だったら、腹筋でもウサギ跳びでもやればいいだろ!」
「この部屋の中で? 鏡見ながらやるには、しこを踏むのが一番だろ。なんだか心が清らかになる感じがするし」
どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!
「なんでそんなに、三津は割り切れてんだよ!」
「オレ、そこまで抵抗ないもん。足腰鍛えるために、よくやらされてるからなー」
「この状況に順応できるお前たちはおかしい! 価値観が青火さまに近づいてるよ!」
どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!
どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!
どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!
どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!
どすこい!どすこい!どすこ――――
「――そもそも、五季のかけ声がさっきからうるさいんだっつーの! どすこい、どすこい!って、頭にガンガン響いてこっちの邪魔になってるんだよ!」
と、四津が怒鳴った。
それをぶつけられた五季は、先ほどから一心にしこを踏みつづけていた。
裸足で絨毯を踏みしめ、目をつむり、窓ガラスが震えるくらいに大きなかけ声を腹の底から出している。
兄からの苦言を無視して、いっそうの声を張り上げる。
「くそ! あいつ、オレの言葉を聞こうともしないや」
顔を歪めた四津は、舌を鳴らした。
こうなるだろうと思っていた狐神は、ふっと笑った。腕組みしていたのを崩して、傍観するのを止めた。
「どれだけ苦労するものか、実感できたか?」
「~~~~~っ」
負けず嫌いの四津は、唸り声を出している。これ以上の授業には耐えられないようだが、かといって、のこのこ退散することにも男子として屈辱を感じているのだ。
それが見てとれた青火は、追い打ちをかけることにした。
教訓、というものは大事なものである。
「……まあ、こういうものは一朝一夕にはいかないものだ。
米を一粒つくるのにも丹精こめた世話をつみかさねるように、立派な仕事ができるようになるには、努力というものが大事なんだ。
仮に才能という種があったとしても、それを育てるのには努力という水やりがいるわけで――「青火さま!! 説教はいいから、こっちを見てくれっ!」」
青火がこの授業のまとめに入ろうとしていたところ、それを蒼白になった三津がさえぎった。
ずいぶんと動転している三津が腕を引っ張ってくる。
「なんだ、そんなに慌てて」
「いいい、いつきの! 五季の鏡の様子がおかしくなってるんだよ!?」
三津は取り乱して、舌がもつれながら叫んだ。その近くにいた四津は、間抜け面をしていた。
呆れた青火は、深いため息をつく。
この月之宮家の兄弟は説教をきくだけのこらえ性もないのかと、嘆かわしい思いになる。
ここで未来視が発動するわけないだろう、教えてすぐだぞ?
「どうせ、鏡についた埃を見間違えたんだろう。五季の部屋にあったものを、そのまま持ってきたからな。拭いたのにまだ汚れていたのか……」
眼を細めた青火はこともなげに言った。
これで一件落着になれば良かったのだが……、その言葉を聞いても、一点を凝視して震えている双子の姿に訝しく思った。
青火は金の髪を払って、視線をそちらへと向ける。
部屋の絨毯に膝をついて、放心状態になって姿見を見つめている五季がいた。口を開いたり閉じたりしている。
眉間にシワをよせ、何が起こっているのかと姿見を覗き込むと――。
――青火は、絶句した。
五季の姿見に映っていたのは、この部屋の家具でも、床でも、黒い髪の少年の姿でもなかった。
異常なほどに曇り、濁っているのだ。
皆がびっくりしている間にも、その様は激変していく。鏡の中で渦巻いていた白い霧はどんどん晴れていき、望遠鏡のレンズの焦点が定まるように、はっきりとこの部屋ではない何処かの映像の輪郭をとらえていく。
ありえないはずだった。
「……奇跡だ」
偶然にも未来を映した鏡に、青火は茫然と呟いた。
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