悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆52 マリーゴールドの空の下で



 やたら目立つ八手先輩の髪に見覚えがないというのもすごい話だけど、夕霧君の頭にとったら至極どーでもいい情報とされてたんだろう。
 さもありなん。
 自分の興味のあることしか覚えてない夕霧君へ、オロオロした白波さんが当たりさわりのない人物紹介をしてる間、
東雲先輩は召喚した私のストーカー(鬼)にこんなことを言い出していた。


「――どうせだから、僕と一緒にお前もこの部活に入れ」
 ……最早、やけくそに近い口調だった。


 思えば、東雲先輩には部活が設立したら入部してもらう約束になっていたのでした。
当時と状況が変わってるので、私としては火種ばかりが増えるのは遠慮したい気分になっている。
 オカルト研究会が、私立慶水高校のバルカン半島になっている。
 それもこれも、私と契約したカワウソのせいだ。


 「……しかし、オレには月之宮との約定があるのだが」
 八手先輩が、投げかけられた提案に難色を示している。


 東雲先輩は、すっごく嫌そうな顔で腕組みをした。
「僕が八重を口説こうとしている間、隠れてその一部始終を聞いているつもりか……。それぐらいなら、目の前に堂々と居られた方がよっぽどマシだろう」
「…………」


 東雲先輩の苦言に、八手先輩がこちらにじっと視線を向ける。
 私を見てくる鬼は、柴犬のつぶらな両目を彷彿とさせた。


 ……くう~ん。
とても忠義高そうな凛々しき表情に、私はスーッと気が遠くなった。


 ゲームが終わったヒロインから巡ってきてしまった爆弾たち(アヤカシ)にすっかり途方に暮れて、私は、現実逃避に自分のカルマを振り返りたくなったのだった。






 ――この騒ぎも、夕霧君の視点では私と違って見えただろう。
 変人ではあるけれど、魔王陛下とあだ名がつけられるくらいに怪奇現象に惹かれているけれど、彼は至って平々凡々なパンピーだ。
 夕霧昴という男子高校生にとったら、今日の一日は多分こんな感じだ。
いつものように朝食をかきこんで、学校に登校して、退屈な授業をこなして、事件といえばオカルト研究会がめでたく文芸部に格上げされたことぐらい。
 ちょっと部員希望者ラッシュに面食らったかもしれないけど、その違和感だって一週間も過ぎれば忘れてしまうだろう。
 時間とともに、今日という『日常』は薄れていく。


「……じゃあ、施錠は頼む」
 そう言い残した夕霧君は、山ほどの本をつめたリュックサックを背負い、ペナントのキーホルダーをゆらして帰ってしまった。
 呑気で落ち着いた後ろ姿だったけど、私のアヤカシだらけな非日常と彼の日常を交換できたら、お互いに幸せな思いができたのではないかと思ってしまった。
 コウノトリではなく、ちゃんと要望をきいてくれるサンタクロースが、赤ちゃんを配達してくれるべきだったんだ。
子どもの夢や希望が叶うシステムになっていたなら、あの魔法陣が地面にできることもなかったのに――。


 ん、あれ? そういえば、まだ最後の謎解きが残っていたような。




「柳原先生」
 希未と喧嘩をしている松葉をバックにして、私は扉の施錠をしている先生にこっそり訊ねた。


「結局、あの魔法陣に書いてあった甲骨文字って、何だったのか分かったんですか?」
 捻くれ者な松葉の言葉なんて、あてにならない。甲骨文字の書籍を全部隠してしまった柳原先生なら、答えを知っているんじゃないかと聞いてみた。
 先生は、曖昧な顔になった。


「……あー、まあな」
「知ってるんなら教えてください、先生。もうあの陣の効果はなくなったでしょう」
「……オレとしては、やぶさかでないんだが。これ、東雲があんなにキレてた原因の一つでもあるんだよなあ……」
「あの、余計に気になるんですけど」
 意味深な態度に、問いただすと……。複雑そうな彼は、この事件最後の謎を明かしてくれた。


「遠野、思ってたより絵の才能があったみたいでな。まあ、分かりにくくアレンジしてくれてあったから、えらく見つけるのに手間取ったんだが……結局は長生きな東雲さんが一発で当ててくれてさ」
 暗号化された甲骨文字を判別できるって、東雲先輩の頭はどうなってるの。


「……笑うなよ?いやまあ、ある意味で笑えねーんだけど」
「早く言ってください」


 じらさないで下さい。
 柳原先生は、すごく言いにくそうに魔方陣の根幹を告げた。




「瀬川の奴な、実はあの魔法陣の真ん中に『主』って描いたのさ」






 ――八重さま、ちょっと遅いよ。




 これからのカワウソは、神様でも、持ち主でもなく、その漢字を全く別の意味として用いるようになるだろう。


 柳原先生が教えてくれた内容に、私は思わず廊下を歩く松葉の姿を見てしまった。白茶の髪をした憎まれっ子は、どこか清々しい顔をしている。


 数日前、
1人きりで過ごしていた松葉は、夜の学校にやってきた存在と出会った。


『多分、この魔方陣、普通の悪魔召喚じゃないんだよなあ……』
 煙草の匂い、暗がりの桜の葉、突風、赤い魔法陣。
 ――ずっとそこで座り込んでいた松葉は、この魔法陣を描いて誰と契約をした?




「……松葉に召喚されたのは、私だったのね」


 あれは、悪魔ではなくて月之宮八重を召喚する魔法陣だった。


 その言葉を口にしたら、なんだか無性におかしくなった。
思い付きで魔法陣を自作なんかするから、主になれそうな陰陽師をうっかり召喚して不平等な契約を結ぶことになったのだ。


「月之宮、すまんかった。てっきり学校の主という意味だとばかり考えててな……」
「いいんです、先生」
「ん?」
 柳原先生に、私は穏やかに告げた。


「……もうこれで、良かったんだと思えますから」
 なんだか謎解きが終わってすっきりした気分。
「色々と、ありがとうございました!」と、私は不思議そうな柳原先生に菓子折りを手渡した。
 お礼に頭を下げた時、
この事件に一個ぐらい内緒のハッピーエンドがあってもいいと笑った。






 まあ、どんな落としどころがあったって、納得しない人物は必ず生まれるものだ。
今回の被害を水に流そうとすることに、反旗をひるがえす存在がいるのは当然だろう。
 私の曖昧な灰色主義や、寛大な白波さんと違って、殺されかけたという事実を重く受け止める人間の方が多分まっとうだ。


「……これはこれで、すごく微妙な気分になるんですが」
 そういう人物代表の東雲先輩は、私の持ってる菓子折りに言った。


「どうぞ受け取ってください、お礼です」
「むしろ、しっかり手切れ金に見えるのは僕だけですか?」
 私が満面のスマイルで押し付けようとすると、東雲先輩が引いている。目利きのできる彼は、この菓子折りの値段を見抜いていた。


「皆さんに、食べてもらおうと思って持ってきたんですよ」
 猫かぶり発動。清楚なお嬢様モードでどーにか畳み込もうとする。


「それが余計に情けなくなるって分かってますよね?」と、鬼と雪男がホクホク顔で箱の中を覗いている様に、東雲先輩は言った。
勘のいい彼は予防線にしっかり気が付いているのだ。


「まあ、なんのことでしょう……」
 私が楚々とした笑いを浮かべると、東雲先輩は盛大にため息をついた。
 その足下には、気絶した松葉が転がっている。
夕霧君が帰った後に、逆鱗を刺激しまくった鳥羽と東雲先輩にボコられた結果である。自業自得なこいつは、山崎さんに俵担ぎで運ばれることになりそうだ。
 もう鳥羽と白波さんは連れだって駅へと歩いていき、希未も颯爽と自転車に乗ってった。私たちだけが、この学校に残っている。


「君からくれたものですから、喜んで貰いますけど」
「そうですか」
 なんか文頭にアクセントがあったのは、気のせいということで。
 つつがなく菓子折りを渡し終えると、彼はぼそっと呟いた。


「ここまで警戒されると、何も貰わない天狗の方が羨ましいのは何故ですかねえ……」
 心の中を見透かされたように感じて、ドキッとした。
あれだけ余裕があるように見えた学校のプリンスは、静かな視線を校門にやった。


「……もう紳士でいるのも、ほとほと疲れました」


 無風の夕刻だった。
街灯がもうすぐつきそうになって、チカチカしている。
空いっぱいに夕焼けが広がっている。花壇で見かけたマリーゴールドの花びらみたいなオレンジだ。
そこに、白い月がひっそりと上っていた。


 いくら東雲先輩が浮世離れしているといっても、それに比べたら落ち着いた佇まいだ。古今東西のありふれた男に見えて、なんだか気まずくなった。


 私は、手提げからもう1つのものを取り出した。


「……あと、良かったらこれもどうぞ」
 菓子折りだけでは良心がとがめて、なんとなく持って来てしまったのだ。
 ここが本当にゲームの世界なのか分からなくなってきたので、これは一種の実験である。
命を救ってもらったお礼というには余りに安物だし、そこまで喜びもしないだろうと高をくくってオマケにつけた。


「……ビーフジャーキー、ですか」


 東雲先輩は、マジマジとその袋を驚いた目で見た。
原作ゲーム『魅了しましょう☆あやかしさま!!』の狐の好物にあった、ソレである。
高級品のジャーキーを見つけるほど時間もなかったので、手に入ったのは中の上くらいだ。もちろん、人間用。


「お嫌いでしたか?」
 さてさて、キャラクターデータは通じるのかと反応を伺うと。
 東雲先輩はしばらく睫毛を伏せていたけれど、強い眼差しをこちらに向けた。
 夏の青い空が閉じ込められているような瞳に射すくめられて、息がつまる。
 先輩は、私という野ネズミへと囁いた。


「大好きですよ、八重」
 その瞬間の彼は、心底嬉しそうに笑ったから。
 東雲先輩は、戸惑っている私をぐいっと強引に抱きしめて――そのひたいに、優しいキスをした。


 ……なんたる不覚だろう。
それを受けた私が、真っ赤になるのは数秒後である。





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