悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆35 こらえ性のないヒール

 安価なマイクで掠れた音声の通信はそんなはしゃいだ挨拶から始まった。


『ボクは慶水高校一年の瀬川松葉です。先輩にとったらバッドトゥミートユーってとこかな?』


 まあ、全くもって喜ばしくないことだけは頷ける。
遠野さんを利用して、まんまと私たちをこの不思議空間に引きづりこんだカワウソのアヤカシ――黒幕の瀬川松葉は、どうもスマホのこちら側からの返答なんか気にしていないらしい。


『ご覧の通り、ここは私立慶水高校のできたばかりの社のセカイだよ。


 魔法陣によって二重構造になった学舎の概念と神社の概念がたった今、この区域はせめぎ合ってるんだ。あの門が二つの世界の出入り口の共通ポイントになっていて、先輩たちをボクの神域に引きずり込んだってわけ。
学校の敷地の境界線ならどこでも似たような転移はできるけれど、校門が正式なポイントなんだ。


……本当はもっと力場の安定した後に招待するつもりだったんだけど、図書館に張らせていた遠野先輩がオカ研が勘付いたって連絡してきたんだもん、焦っちゃったよ』


 私はチラリと校門を見た。
ここがワープポイントになってるってことか。
逃亡ルートにならないか、という浅はかな私の考えは容易に予想がついたのだろう。カワウソは茶目っ気たっぷりにその目論見を挫いた。




『この神域は、ボクの入居したてマイホームの敷地と同じ意味合いだからさ。慶水高校の神様になったボクと、神主――もとい、巫女ちゃんの遠野先輩の意思がなくちゃ出入りできないから、逃げようと思ってもムダだよ。合鍵はボクらにしか使えない』


 やっぱり、上手い話にはならないか…………巫女?
 そうか!あの魔法陣はてっきりカワウソの単独犯だと思っていたけれど、祭祀を行う人間が1人は必ず必要だったんだ。
信仰する人間・祀る人間・社の3要素を揃え、アヤカシが神の位につく条件を満たすために――。
 図書当番の遠野さんと事件を嗅ぎまわっていたオカルト研究会のバッティングは偶然であったにせよ。
魔法陣をペンキで描いた実行犯であった彼女は、冷めた目でその後を観察して、親玉である瀬川カワウソに逐一報告していたに違いない。




『センパイ先輩!
ボク、いつも思うんだけどさ。推理小説で謎解きが終わるまで待機してる殺人犯ってナンセンスじゃない?


勇者が育つまで城で待ってる魔王とか、
魔法少女が成長するまで出てこない悪の組織の幹部とか。
何故か自分の村の周りだけ雑魚モンスターしか出ない仕様とか。
低レベルの間は気を使ってるのか襲ってこない強敵キャラとか。
心霊現象に気づくまで、地味なアピールをしてから襲ってくるゴーストとか。


そーいうお約束を踏襲すること程バカらしいことこの上ないよね』




『……謎解きをされる前に名探偵を殺すとか、
勇者が選ばれた直後に首を刎ねるとか、
魔法少女はヒールな最強キャラでサクッと始末しちゃうとか。
さっさと主人公を祟ってしまうゴーストとか。


戦争では、普通に最新技術をどんどん敵地に出し惜しみなんてしないじゃん。


……つまり、何がいーたいかと云えば。そんな非現実的な猶予をボクが先輩たちにあげる理由もないってこと。独り勝ちっていいフレーズだよねぇ、八重センパイ』


 ぎゃははははっ
瀬川が電波の向こうでゲラゲラ笑ってる声が、途切れながらこちらに届いてきた。




「ご高説、ありがとーございます」
 私は、ひくっと口端を引きつらせた。
どうせ、このスマホからのこの距離だ。今の皮肉なんか瀬川には聞こえちゃいない。
このカワウソは意味深な狐とは違ってストレートに性格が悪いようで、この緊迫した空気に人の神経を逆なでしてくれている。




『間抜けなカラスを絞められたくなかったら、早くボクのところに来なよ。エンドレスに窒息させんのも疲れるしさ。しぶといから水死はしないだろーけど、加減がうっかりしちゃうかもしれないしぃー』


 想像以上に酷い目に遭わされている鳥羽君に、絶句してしまう。
骨折と、延々と酸欠で殺されかけるのとどちらがマシだというのか……。
白波さんがようやく不穏なセリフに顔をこわばらせた。


『丁度雨も降ってるし、水渡りで迎えに行ってもいいけど、どっちがいーですか?』
 そうカワウソはきゃは、と笑う。


 あちらに痛めつけられた鳥羽君がいるのか――。
 眉間にシワをよせた私が、それに返事をしようとすると。
 ……いきなり、遠野さんの電話から誰かの怒鳴り声が響いてきた。
フィルターごしに、荒れ模様なさる人物と瀬川がかなり言い争っている様子が伝わってくる。


『あー、もう。うざっ!
どーしてこのタイミングで起きるかなぁ、この間抜けカラス!
……失神させんのもメンドーだし、ボクがそっちに跳ぶよ。こいつといると、なんかトウヘンボクが感染しそーなんだもん』


 ばーか。


と生意気な瀬川が、気絶から目覚めた鳥羽君に言い捨てたんだろう嘲りが電波に乗った。
私の耳にそれが届くぐらいの頃合いに。






 ――総毛が、立つ。


 空気がキリキリ振動した。
本降りになりつつあった雨粒が、ぎゅっと結集して野球ボール大の球体になった。
ハイスピードカメラの映像かと思うほどのリアルで視界に飛び込んできたけれど、時間にしてはほんの一瞬の現象だった。


 キ、ン。
ガラス窓をひっかくような甲高い音だ。
音源となった水球の、内側が白く濁ったかのように見えたその一瞬――。


 丸い水球が大きく弾けて、ぱあんっと勢いよく破裂した。
あり得ない質量をもった存在が水球を突き破って空中に跳びだした――自然に崩壊したのではなくその黒い人影によって粉々に弾きとばされたのだ!
 地上より5メートルは超えた高さにテレポーテーションをしてきた小柄な少年は、落っこちる前に強引に体勢を立て直してバック転をした。
路面に身軽に着地した彼は傷んだワイシャツにスラックスを着ていて。ちょっと今の衝撃で白茶の髪が乱れていた。


……流石に突然のことに心臓が止まるかと思った。




「え、あう……ぁっ」
 びっくり仰天の白波さんが桜色の唇をパクパクさせている。
たった今のカワウソの瞬間移動には、関係者であるはずの遠野さんも驚愕の眼差し。あなたも見たこと無かったんですか!


 非常識な登場をしたアヤカシ・瀬川松葉の衣装は、かなりズタズタなことになっていた。
 髪は濡れてるし、着ているワイシャツは何か所も裂けていて……その袖なんかは特に痛そうな深さまでザックリいっている。
黒く変色をした出血のあともあるけれど、当の本人はさして気にしていない風に人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
 そんな瀬川はオレンジとブラックのスニーカーで地を踏みしめ、
「あれ、肝心の栗村先輩がいないじゃん」と意外そうに白波さんを見て言った。


「白波センパイとあの間抜けだけで役に立つのかなぁ……。まあ、当初の目的はこれだったからいーけどさ」
「……すみません」
 濡れ装束な彼の言葉に、遠野さんが小さな声で呟いた。







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