悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆27 陛下のペンタグラム考察

 



  魔王陛下はやはり機嫌が悪かった。
  放課後、パイプ椅子という名の玉座に腰かけた夕霧君は、ファミリーパックのカップケーキをかじりながら、魔法陣の解読作業を行っていた。
 折りたたみテーブルに山積みになっている魔導書は分厚い本格的なものから、ゲームクリエイター向けのイラスト集まで勢ぞろい持ってきたらしい。部屋の奥に、アウトドア向けリュックサックがあり、そこに詰め込んできたようだ。




「夕霧君、魔法陣がですねっ」
「知ってる」
  白波さんの報告に、険しい眼差しで夕霧君は一刀両断にした。


 希未が本の山を見て、彼に言った。
「で、解読できそうなの?」
 しばし、沈黙。


「……これがオリジナルらしいことは分かった」
 陛下は低い声で告げた。鳥羽君が、玉子色のカップケーキの小袋を開けながら言った。
「勿体ぶらないで教えてくれよ」


 憂鬱気にため息をついた夕霧君は、手元で見ていたらしいクリアファイルに入れたコピー用紙をテーブルに置いた。
みんなで覗き込むと、そこに印刷されていたのは、スマホで撮影されただろう魔法陣の写真だった。なかなか、細かいところまで判りやすい。
 知恵のまわる人だと感心した。私が力技すぎるのかもしれないけれど。


 夕霧君は、芯を仕舞ったシャーペンで五芒星を指した。


「ここのペンタグラムは有名だから説明も不要だと思うんだが「分かりません!」」
 基礎知識としてショートカットしようとした夕霧君を、白波さんが阻んだ。
彼女は右手を上げ、極めてマジメな顔であった。




 陛下は、なんでこんな常識を知らないんだ、というような眼差しを私たちに向けてくる。
鳥羽君は、肩を竦めた。天狗のこの反応は、俺は知ってるけど教授してやれよ。ということだろう。希未は、パイプ椅子に腰かけ、かったるそうに肘をついた。




 夕霧君は、深々とため息をついた。普段なら頼まれなくとも喜々として知識を押し付ける彼だが、生憎本日は機嫌が悪い。原因は私なので、責められることではないのだけど。
白波さんという初心者のため、夕霧君は渋々解説をワンランク下げて始めた。






「……ペンタグラム、すなわち五芒星は、世界で呪術などのシンボルとして表されてきた図形なんだ。白波は、このマークを書くときにどうやって描く?」
 白波さんは、キョトンとした面持ちで、テーブルの上に指を滑らせて。




「え。お星さまを描くときは、こーやって描くよ?」
 左下から一筆書きに星型に人差し指で描いた彼女に、夕霧君は頷き、説明を続ける。




「この五芒星を描くときは、同じ位置から書き始め、また出発点に一筆で戻ってくるだろ?
その特徴からエネルギー循環のシンボルとして用いられることがあったんだよ。
象徴は別物だが、巡り続けるという概念自体は円、ウロボロス、メビウスに共通することではあるな」




 黙り込んだ白波さんが、テーブルにぐるぐると星型を描き続けている。希未がため息をついて、


「よーは、ずっとお星さまを描いていられるから、ずっとエネルギーがまわり続けますよってこと」
「あ、確かに!」
 陛下の好む難解な言葉遣いは、白波さんに滅法相性が悪いらしい。希未の手助けで彼女は嬉しそうに声を上げた。鳥羽君は、カップケーキが気に入ったらしく、二個目に着手している。




 夕霧君は、持っていたシャーペンで開いたノートに大雑把に五芒星を描きこみ、分かりやすくこちらに見せて。




「その流動的概念を下敷きに、
日本では陰陽道の五行思想に、海外では四大元素と霊などに関連付けられて呪術的に使用されてきたんだ」




 彼は、そう喋りながら五芒星の鋭角の先端に1つずつ。時計回りに木、火、土、金、水と書いていき、別にもう一個お星さまを追加すると、同様に霊、水、火、地、風と記入した。前者が五行思想、後者が四大元素のものである。




「後は、この星型が人間が大の字になったところに似ていることから、ヒューマンのシンボルにされることもあるし……、
この位置が正位置なのか逆向きなのかで意味が真逆に変化するんだ。


正位置では、神の象徴に。逆さになると、悪魔の象徴になる。向きによって表す意味が変わってくるというのは、タロットカードとやや類似する考えだな」






 夕霧君、もしかすれば私の祖父より教え方自体は上手いかもしれない。良くも悪くも、今は亡き爺様は直観と筋肉に任せたアヤカシ退治が多かったのだ。祖母は苦笑まじりに補佐する程度であった。その血筋は確実に私にも流れているようで、小細工をするよりバッサリと妖怪をたたき切る方が性分に合っている。




 電子辞書をバッグから取り出した白波さんは、分からない用語があったのか。白い指でローマ字を打ち込み始めた。好奇心が刺激された私が、髪を耳にかけて覗き込むと、こんな具合にドットで表示されていた。




――ごぎょう【五行】
中国の古代思想で、万物を構成し、支配する五つの元素。木、火、土、金、水の総称。
《作注引用※1》




 白波さんが、続けて四大元素も検索しようとしているのを見て、鳥羽君が思わず口を出した。


「……おい、化学の冒頭で四大元素は習ってるだろ。教科書の初っ端に数行くらいで載ってるからな」
「……あっ」


 そういえば、といった彼女の表情に。やれやれ、といった具合に彼はため息をついた。
元素や分子が発見される以前、西洋で信じられていた物質構成元素は4種であったことを化学導入時に聞きながら、まさかそれがオカルトの世界と関連するとは思ってやいなかったんだろう。






「なんとなく、その向きで神と悪魔に変わるって説明。イメージ的には分かりやすいよねー。逆さまの人間って、堕落したっぽく見えるし」
 希未が態度悪く聴講しながら、そう言った。そういえば、堕落ってどちらも『おちる』って漢字を使うなあ……言いえて妙だ。


「だが、タロットの吊るされた男は、むしろ頭が上になった方が欲に流される意味合いになったりするからな……オレはわりと人間の落下の光景を暗示しているという栗村の解釈は好きだが」
 夕霧君はそう返答し、笑みを浮かべた。


 私は、まざまざとその会話で空中を落ちていく人間の男を想像してしまい、なんだか気分が悪くなった。今日の活動は、清涼感が圧倒的に不足している。
 そして、陛下は解説を切り替え。






「五芒星の基本知識はこんなところだが、後は、魔法陣に不可欠なのは円だな。むしろ、こちらの方が肝心かなめと言ってもいい。
先ほども言ったが、五芒星と同様に円形も循環の象徴なんだよ。理由は、言わなくても分かるだろ?」


「ずっと描いていられるからっ」
 白波さんが、嬉しそうに言った。またしても、ぐるぐるっと指でテーブルに丸を描いた。夕霧君は、頷いて講義を再開する。




「この円という図形は、古くから何かを閉じ込めたり、もしくは浄化や守護などに用いられてきたんだ。


切れ目のない、永遠の監獄。停滞を流動させる、そのマークや呪術の効果を継続させ続けるといったイメージじゃないかと、オレは勝手に個人的解釈をしているわけだが、その辺りは伝承を探すか、もしくは学者の裁量だな。


今回の悪魔召喚の魔法陣の輪郭が円であるのは、召喚した悪魔に魂を喰われぬよう、悪魔を閉じ込める為の結界だ。それに追加して五芒星を使用することで、更に強固にしようと考えたんだろう。




悪魔召喚陣というよりは、清明桔梗印と相似した図案だが、今時のファンタジーアニメやゲームで魔法陣に五芒星が多用されてきている以上、潜在意識の五芒星のイメージ自体が何でもアリになっている部分もある。


そういった事情を考慮すれば、円と五芒星の組み合わせが近代、万能性を日本の少年少女に抱かせつつあるシンボルだと考えても無茶な理屈じゃあない」






「つまり?」
 簡潔に云え、と希未に要求された夕霧君は、さらりとまとめた。


「円と五芒星を組み合わせた魔方陣は、この日本社会という舞台で使用すれば、限りなく汎用性を持つ強力な魔法を行使できる可能性がある。


今回の魔方陣は、古典的な悪魔召喚の図案にはかすりもしなかったんだが、調べれば調べるほど、オレはこの魔方陣を描いた奴に会いたくなったね。……ちょっと見ろよ」




 夕霧君は、筆箱から定規を取り出した。使い込まれたように傷だらけのプラスチックを、テーブルに載せられた魔法陣の拡大コピーに押し当てる。
そして、ノートに測った値を記入していく。やがて、五つの直線の全てを測定し終えると、鳥羽君がその数値を見て、うめき声を上げた。




「……こいつを描いた奴、イカレてるぜ」


 彼は、雑妖がわんさか活発化した原因の一端を垣間見てしまったらしい。
 夕霧君は、誇らしげに告げた。
「この魔方陣、現場で測ればきっと1センチの誤差もないさ」




 私と鳥羽君にとったら悪夢のような、報告でもあった。







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