悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆1 一目惚れは本性が見えない

                                                                         


 《 ――拝啓




 お兄様、イギリスでの生活はいかがお過ごしでしょうか。
 ひどく英語の苦手な兄さんのことですから、きっと向こうでも苦労しているのではないでしょうか。留学を希望してきた、といきなり言い出したときには耳を疑いましたが、連絡がないのは無事な証拠と愚妹の八重は勝手に推察することにいたします。
 先日、布団を干そうとした折りに発見された兄さんの和英辞典は、きっと忘れ物ではないかと母がとても心配しておりました。電子辞書を持っていったことは知っていますが、あって困るものでもないので、今回の仕送りに一緒に入れておきます。
 イギリスでも、紙辞書が買えるのかどうか、私には分かりませんもの。
 生意気を言わせてもらえば、高校一年の私よりキレイなままだというのは、どうかと思いますよ、兄さん。


 さて、兄さんの出立前に少し話をした学校の件ですが、
 少し状況が変わってきましたので報告させていただきます。


 彼女は、見事なほどに地雷案件をすべて発掘してしまいました。
 夏休みが明けたころまでは、彼らは彼女を遠巻きに眺めるのみでありましたが、最近ではよく会話をしている姿を見かけます。
 その吸引力たるや、理科室で観察した砂鉄に近づけた磁石のごとく強烈な地場を発生させているようで、何を企んでいるかは分かりませんが、その余波が周囲に危害を及ぼすことがないことを祈っています。
 アヤカシの執着ほどたちの悪いものはない、とお爺さまが語っていた言葉を胸に刻みつつ、私はこっそり静観しているのです。
 あの形見が活躍することがなければいいのですが。


 八重はまだ死にとうありません。


 兄さんが今度帰国したら、真っ先に話す話題はきっと彼女をめぐる争奪戦のことになることでしょう。
その日がなるべく早く訪れるのを心待ちにしております。


 かしこ。 11月20日 月之宮八重




 追伸。 よくもまんまと私を見捨ててくれやがりましたね、こんにゃろう。 》








 私立慶水高校は、有名大学への進学率の高さと充実した学校設備を売りにした進学校である。全国的にもかなり評判がよく、著名な卒業生も少なくはない。
 都市圏の外れに位置する金のかかった学び舎は、スポーツ関連もそれなり以上に整備されている。文武両道がモットーなんだそうだ。
 最初はこのレトロな赤レンガ調の校舎に圧倒されたものだけど、春休みが明けて、再び二年生として戻ってきてみると、この場所独特の窮屈な空気がなんだか無性に懐かしかった。
 始業式が終わって2週間が経つ。真新しい制服を着た新入生が初々しく感じるのは、もうこの慶水高校に自分が馴染んだ証だろうか。
再び同じクラスになった、友達の栗村希未は熱烈なハグを一方的にしてきた。ぎゅうーっと締め付けた彼女は私と一緒になったことにご満悦であったのだが、それに引き換え、私には少々このクラスで過ごす自信がなくなっていた。 
 この教室には、現在。拾ってきた爆弾を抱えた女子が1名、無自覚にウロウロしているのだもの。


「いやあ~っ、本当にホレボレしちゃうよ!」


 目の前で、一緒に昼休みを過ごしていた栗村希未が感嘆のセリフを上げた。
学食のお湯で作った食後のカップ蕎麦の、しょっぱく残った揚げ玉を箸で突っつきながら、である。
「お嬢もさあ、そう思うでしょ?あの子の周りの愛憎劇、きっと誰かそのうち刺しにいきそーだもん」
 ……確かに、彼女の周囲の女生徒の眼光はハゲタカのよーではありますが。


「恋敗れた女子は怖いものねえ」
「いや、トトカルチョに負けた連中がさ」
「はい?」
 ……恋慕でなく賭博絡み?


「ほら、クラスでも白波ちゃんがイケメン達に取り合いされてんの、もう周知の事実じゃん?中にはメチャクチャ腹を立ててる女子もいることは知ってるでしょ?」
 ええ。まあ否定はしません。
校内指折りのイケメンばかりさらっていけば、当然恨みも特盛りサービスでしょう。


「乙女ゲームやハーレム小説の読み過ぎで頭いかれちゃってんのよ、とかね」
 叙情感たっぷりに友人のツインテールが揺れた。


「なんだけどさ、男子はむしろイケメンが右往左往してんのが愉快だったみたいで。そのうち、誰とくっつくかで賭けをやりはじめちゃったの。新学期早々さ」
 蕎麦の汁を箸でかき混ぜながら、にっしっし、と希未は口端を緩める。
あたしの一押しは鳥羽君ね、クラスメイトのよしみだし。と言った友人に曖昧に笑みを浮かべながら、私は心の中でつぶやいた。












 ――ねえ。あんたはそう笑ってるけどさ。
 ここが、実は乙女ゲームの世界だって云ったら、どうする?








 私が何故このような突拍子もない発想に至ってしまったのか、を説明するには厄介なことに時間軸を大幅に巻き戻す必要がある。
 高校2年から、産まれる前までに。
 そこまで遡らないと私の苦悩も、兄の海外逃亡の説明もできないのだ。実にめんどくさい。




 こんなこと説明したところで誰も信じてくれないだろうが、私にはどうやら前世とやらがあったらしい。
 ……らしい、というのは、自分でもちょっと不安が拭えないから。
 薄靄うすもやに包まれた記憶の断片に、
 恐らく自分が女であったこと、
 交通事故に遭って死んだこと……などの手中に残ったパーツが、かつての命の輪郭を彷彿とさせるだけ。


 そういったセンチメンタルは僅かにしか思い出せなかったんだけど、さ。 






 表では財閥として振る舞いながら、裏稼業では陰陽師としてモノノケや悪霊を払う生業をしていた一門に生まれた姫として育てられた私は、異形の悪しき様を教えられてきた。……主に身体に。
 我が家は陰陽師の系譜だが、知識よりも筋肉が基本じゃ!とビシバシしごかれた。必死に神剣も振らされた。
おかげで女子高校生なのに、今じゃそれなりの戦闘職ワーカーである。財閥令嬢なくせに、私は気合の入った剣の一振りで積まれた瓦を粉々にできるように育ってしまった。


 だが、そんな殺伐とした女にだって、初恋はやってくるもんだ。……来たのよ、思い出すのも忌々しいことに!




 その珍事が起こったのは、記念すべき慶水高校の入学式だった。
 晴れやかに受験に合格し、卒業生のデザイナーが関わったという可愛らしい制服に袖を通して臙脂のリボンを結んだ私は、それなりの新生活への期待を抱きながら。見知らぬ新入生たちが集った広い体育館にいた。
 入学式には定番の、延々と続く電報の紹介、その後に始まったこれまた長い学校長のお話をパイプ椅子に座りながら、私は眠くなるのを我慢して姿勢を取り繕っていて。
 相当、張り切って考えたのだろう。うろ覚えだが、現在の世界情勢から始まり、グローバルな人材になるために必要なもの、日本の武士道の道徳精神から我が国の思想教育の歴史と経由して、最終的にはこの学び舎の素晴らしい伝統を守っていきましょう。と壮大に始まり、えらくピンポイントな地点に着地した。要は、言いたい本音をまとめると、『問題起こして評判悪くすんな、勉強に励め』であると推測された。


 睡魔もクライマックスに差し掛かりそうな私であったが、生徒会長、挨拶。との進行が聞こえてきたので、お義理程度に顔を上げた。


 我が目を疑った。
 ちょっとふくよかな校長先生に引き続き、生徒会長として堂々と新入生の前に現れたのは、恐ろしくきれいな男子生徒だった。


 顔で選ばれたのではないか、と邪推したくなったほど。
着る者を選ぶことで有名なこの学校の制服をモデルのように着こなし(なんだかブレザーも誇らしげに見えた)、金髪は、艶やかに襟足あたりでカットされている。
顔の良し悪しは遠くからではよく確認できないが、その柔らかな声にズギュンと私が一目惚れなるものをしてしまったのは無理もなかった。


 私がかろうじて所持していたスイートな残骸を、見事に撃ち抜いてくれた。
 なんてベタな展開、と若干恥ずかしくなった。


 足元もおぼつかず、不整脈と顔の火照りとに悩まされながら自宅に帰ると、いつになく乙女心を疼かせて就寝したその日の晩。
 その煩悩が思えばいけなかったのかもしれない。


 ベッドの中で、私は麗しき初恋の君の夢を見た。非常にドキドキして、胸が痛くて、切なくなりながら膝が震えそうだった。
彼、東雲先輩は見ず知らぬ女子に話しかけ、私はそれを邪魔しようとし、時には冷徹に殺されてしまうのだ。
要約すれば、立派で純然たる悪夢である。


そして、そいつはこれからの私の未来、ということになるらしい――。








 ――輪廻転生という概念がある、と聞いたことがあるが、前世を思い出したタイミングは少々遅かった。


 もしも前世の記憶を活用して、人生を楽して生きられたらどんなに最高だろうか?と考えたことのある人間はごまんと世の中にいるのだろうけれど。私がその空想をリアルで体験することになるなんて、これまで思いもよらなかった。
そもそも、その存在自体を信じておりませんでしたので。


 爺様から神剣をバースデープレゼントに貰うような、非常識な子育てをされておきながらも。リアリストな性格だと自負している私に向かって、その突拍子もない悪夢はどっと降りかかった。
 そのフラッシュバックは、きっと身の危険を無自覚に察知した、己の土壇場の悪あがきであったのかもしれない。けれど、そんなことを分析する余裕もないくらいに、目まぐるしく私が思い出したのは無数のパソコンの液晶画面であった。
紙芝居のページをめくるように。
時にはスキップ機能で省略されていきながら、何個ものラブストーリーを読んだ記憶が脳内に蘇っていく。
小説ではない。紙媒体やデジタル、ネットにあるノベルですらない。
 ――これはゲームだ。
イケメン男子キャラクターと恋をし、ときめくことを売り物にしたPCゲーム。通称乙女ゲーをやっていた夢を私は見てしまったのだ。


 なんでよりにもよって、
『魅了しましょう☆あやかしさま!!』というダサそうな奴をこんなにやりこんでいたのかと、自分の前世の趣味を疑ってしまったけれど。


 悪夢によって引きずりだされた情報は、
なんとも直球なこのタイトルが印象的な、前世で遊んだらしい乙女ゲームのプレイデータである。
一言でプレイデータといいましても、興味もないゲームの壮大なストーリーを一気に他人からまくしたてられて、全部完璧に覚えられる人がいるだろうか。
それと似たような状況を体験した私は、残念ながら全くもって無理でした。
ゲームのストーリーを大ざっぱにしか脳に留めておくことができなかったのは、一夜のうちに膨大な情報で頭がパンクしそうになったんじゃないかな。


 確か、大よそだけれど、まとめればこんな展開だった。
人間の女の子が名門の高校に入学し、そこで偶然にも出会ったアヤカシのイケメンと恋に落ちていく感動の作品。学校にいる大妖怪の彼らは全員で5人、ちょっぴり危険な魅力にドキドキしながら、邪魔してくる陰陽師の障害を愛の力で乗り越えよう!……みたいな。


 ……自分のお仕事を考えると、すっごく笑えない。
私の住んでたこの世界がこのゲームとそっくりだって、むしろこの恋愛ゲームの中身が丸っきり現実化していることに、気が付いてしまったんだもの。
私が一目惚れしてしまった生徒会長の東雲先輩が、その中でも一番怖い妖怪だって、気が付いてしまったんだもの。
 小鳥がさえずり。朝日が差し込む寝室で目覚めた私は、4月だというのにブルリ、寒気がした。
 登校日2日目にして。新米陰陽師は恐怖にかられて、すぐさまこの初恋をダストシュートに放り込んだことは言うまでもない。胸キュンなんかより、命の方が大事に決まってる!


 悪夢のトリガーになったアヤカシ、東雲椿の姿にときめいたのは、絶対に前世の影響だったんだろう。
お気に入りのイケメンだったらしい、彼のルートはかなりやり込んでいたらしく、件の生徒会長のキャラ情報はあっさり判明した。
 妖狐だった。おい、私の初恋はイヌ科で終わったのか。
好きなものまで芋蔓式に出てくる。お稲荷さん、魚、鶏肉……はまあいいとして、ビーフジャーキーってなんだ。ペット用品とおつまみとどっちのコーナーで買ってるんですか。




 もっと泣きたくなったのは、私の設定までその中にあったことだ。


 月之宮八重。旧家、月之宮家の直系の姫。屈指の能力者で、和風美人。情に流されやすくかなり高飛車な性格をしている。ここまではいい。後半になにやら引っかかる部分があったような気がするけどスルーしよう。
 この『魅了しましょう☆あやかしさま!!』のストーリーにおいて、人間の高校に花嫁を求めてやってきた妖怪と出会った主人公が、彼らと道ならぬ恋を育んでいく分なら、それだけならぶっちゃけ対岸の火事なのよ。


 だけど、問題なのはこっから先で、妖怪というのは酷く短気で喧嘩っぱやく、人間なんて家畜以下にしか思ってない不良連中。そんなのが、そもそも校舎に通っている段階で月之宮としては大問題まっさおな事件なのであって。
 つまるところ、このゲームにおける、月之宮八重の立ち位置というのは、ヒロインといちゃつく隙をついて攻略対象のアヤカシを殺そうとするライバルキャラ(暗殺者)に設定されているらしい。
 世の中に流布するライバルキャラクター像から奇をてらいつつ、声優さんを雇うお金をケチったことが見え見えだ。1人で各ルートを全部カバーさせようという製作会社の魂胆により、同じ境遇の仲間すら私には存在しない。
 ルートによっては、アヤカシに色仕掛けをしたり、本気で惚れてしまったり……とバリエーションがあるのだけど、大体のエンドはアヤカシが死ぬより八重が死ぬ方が圧倒的に多い。


 仕方ないよ、大妖怪だもん。でゲームなら済むのかもしれないけれど、今現在、すでに高校に入学してしまった私は冷や汗がどっと噴き出している。
 ……弱った、このままでは転校すらできないではないか。




「うわあああああああ!?」




何故なら、我が両親はアヤカシが見えない。









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