毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています
後日談
俺達の活躍により、サイバード・シティのトップの悪事が暴かれてから二年。
サイバード・シティにはその後博士の不祥事の後始末でちょっとした混乱が起きて、最近ようやく収束しようとしているようだ。
そして俺達は。
“エルがついにホムンクルスの生成に成功した。”
そんなちょっとしたニュースが俺たちの間をかけめぐり、今ここにあのときのパーティーが再びアイザックさんの研究所に集結した。
エルが俺達の町に間借りした宿舎に寄る。
花畑が広がる、庭付きののどかな場所。
ホムンクルスのヒントがそこにあったのだ。
エルは、たまたま見つけた花の成分を用いてホムンクルス生成の成功率をぐんと上げることに成功したのだ。
ホムンクルスの生産に初めて成功したエル。
「えへへ、可愛いでしょ?」
そんな彼女が生み出した生き物は、
「にゅきゅぅ~」
一見するとスライムである。猫に似た白無地の顔と、黒鉛筆で描いた点のようなつぶらな瞳。
そして……
「……猫の生首かい?」
「アイザックさん、その言い方やめて!」
生首呼ばわりされた猫ロンが心外そうに「にきゅ!?」と飛び跳ねる。
この可愛いモンスターは猫の顔のかたちをしたスライム。
デフォルメされた目と口が愛らしい。
俺達はエルがその生物――猫ロンを世話する納屋に集結する。
「なんだか親近感がわくのう」カリンは猫に雰囲気が似ているからだろう。
「うわああ~耳もふもふしたいです」カティアさんはしかしちょっと猫ロンに嫌がられる。
「お姉ちゃん、そんなに手をわしゃわしゃしたらダメじゃない」レイラがたしなめる。
「警戒心強いんですかね」俺もやってみようとしたがダメだった。
そして、
「……お手」
……ブラッドが言ったのを見て、おれは思わず突っ込む。
「いや、手ェ無いからね?」
「……」
見つめ合う一人と一匹。
「……」
「にゅにゅう?」
「……」
「にきゅにゅ!」
「……」
「にゅにゅーん!」
「……」
「にゅ、きゅっ!」
無言と猫ロン語のコミュニケーション。つぶらな瞳と冷たい瞳、一匹と一人の目と目が合う。
ブラッドの、今までに見たことの無い至福の表情。
「……気に入った。魔法娘が使役していない時は、我がこやつの面倒を見るぞ」
「えええええええ――!!!」
あ、あのムッツリなブラッドが猫ロンのあまりの可愛さにあっさり落ちたぞ。
*
そして翌日。早朝の物音に俺はふと目を覚ました。
音が聞こえてきた納屋を開けると――
「にくきゅっ! きゅきゅ!」
「良いぞ! そこだ、跳ぶのだ! もっと重心を動かせっ!
――見事ッ!」
ブラッドが猫ロンに芸を仕込もうと必死になっていた。
「……なにしてんのだ」
俺に気付いたブラッドが猫ロンに手をさしのべたままフリーズする。
「…………」
「…………」
「……おお、息子よ」
「照れ隠しに息子呼ばわりしてんじゃねーよ!」
ブラッドは服についたワラを払って立ち上がった。
「……おっと、もうすぐ鍛練の時間だな。我は先に行く、いつもの場所で待っておるぞ」
そう言うとショートテレポートで居なくなった。
「ったく、アイツは……」
俺は小屋を出た。別に良いけど、朝食くらいは済ませておきたいな。
研究所に戻る。
開け放たれたキッチンの扉をくぐると、
「おはようなのじゃ!」
「おはようございます!」
「やあ、今日は早起きだな」
「コーちゃん、おっはよー!」
四人の女子がエプロンをして朝食を作っていた。
「……おはよう、皆」
「もうすぐ出来ますからねっ!」
「毎朝どーもっす」
朝食が置かれた。分担しているとはいえ、早起きしてこの量を作れることに驚かされる。
パーティーは解散したんじゃなかったのかよ。こいつら、最近は研究所に寝泊まりしていて、朝起きたら毎日これ。まったく、ファルガーモ魔道具研究所はいつから民宿を始めたんだ。
「お早う、コーキ君」
アイザックさんは新聞を読みながら優雅にコーヒーを飲んでいた。
「……アイザックさん」
「ん?」
「カリンが一週間前に俺の朝食を作ってみたいって言い出したら、いつのまにか全員が手伝いはじめて気づいたらこのありさまなんですよ」
「そう、良かったね」
そう言って再び新聞に視線を落とす。
「良くありませんよ!」
「そんなことより、これを見てくれ」
「もう、またそうやってごまかして……ん……これって、えーと、なになに、『改革・再建計画が進行中のサイバード・シティで活躍する若者達』?
って、こいつら、スラムで会った……!!」
字面に目を落とした俺は、記事の内容にすぐに驚いた。
写真つきで載っていたのは、あのスラムの窃盗グループだった少年たちだった。
工事現場のようだ。様々な土木作業用の機械のもとで、彼らは仕事をする手を止めてこちらに手を振っている。
「アイツ、いつの間に……」
写真の奥、やぐらの上には、メガホンで指示する人影があった。
俺に情報料代わりに毛皮を売り付けたあの少年が現場監督を任されていた。
サイバード・シティの改革にスラムの者が募集されたのだ。
それも普通の労働者と同じ条件で。
このぶんなら、王国の未来はしばらく明るそうだ。
「私はお姉ちゃんと違って料理ができるから」
「なっ、私にだってコーキさんが言ってくれた『ゆで玉子マイスター』の称号があります!」
「ちょっとちょっと~なにか忘れてない? エルはコーちゃんと一ヶ月寝食をともにした身だよ~」
「誤解を招く言い方は止めるのじゃ!」
四人が言い合う。
「――これも、もとはと言えば……」
カリンが俺の鼻先に、お玉をびし、と突きつけた。
「コーキがはっきり答えてくれないのが悪いのじゃ!」
俺は冗談とも本気とも言えないカリンのようすに推される。
「そんなこと言われてもなぁ……」
「女性をいつまでも待たせる気か、この甲斐性なしめ!」
勘弁してくれ……
けど――、
カリンはこの二年で見違えるような美人に成長した。
俺は引き下がる様子の無いカリンに言う。
「――そろそろ、お前の料理、毎日食べたくなってきたよ」
「……そ、それって……」カリンが頬を真っ赤に染める。
「……じ、じゃあ俺はこれから鍛練があるから後で」
ドアをばたんと閉めて外に出た。
今は俺自身、運動でもしてこの気持ちを整理したい。
*
ブラッドは既にいつもの空き地でウォーミングアップをしていた。
「遅かったな」
「うん、ちょっとゴタゴタしててさ。さて……遅れた分は今日のうちに取り戻さねえと。
さあ、さっさと始めるぞ、“オヤジ”――」
「!」
初めて言った言葉に。
ブラッドが驚いた。
「……フッ、今日も容赦なくビシバシ指導してくれるわ」
「へっ、受けて立つぜ」
「では、行くぞ!」
ブラッドが右腕に気を込める。
芝生がざわめいた。
「こっちからも行くぜ!」
左腕に気を集中させる。
そして胸いっぱいに息を吸い込んで、叫んだ。
「俺の毒手を受けてみろ!」
ブラッドとは、見ての通り毎日鍛練三昧。ったく、放浪してたときのほうが建設的な生活してんじゃないのかよ、
――オヤジ。
俺はそう心の中で呟き、左手に力を込めた。
これで、俺の毒手をめぐる小さな冒険の話はおしまい。
ああ。あの冒険で出会った仲間達、皆元気にやってるよ。
あとは……そうだ。
最後に、今の俺自身のことについても言って、終わりにしようと思う。
――俺は今、毒手を活かして、状態異常ポーションの研究をしています。
「いくぜっ!」
掛け声と共に、一歩踏み出す。
すると、草木のさざめきとともに、清々しい風が吹き抜ける。
風が玉虫色の雫を滴らせた。
空に響く、二つの打撃の音色とともに。
――今日も、新しい一日が始まる。
(おわり)
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