毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

6-7


「我は、いつでも死ねる覚悟をしていたつもりで、その実、誰よりも死を恐れていたのかもしれんな……


 だが、お前の決断が我の心も動かした」


 ブラッドは満足そうだった。


 ブラッドはそれから一言、あらかじめ言葉を用意していたかのように言った。


「コーキよ、この桃の汁で調合をすれば、伸びた寿命が元に戻る薬となる」


「なんだと」


 そんなもん作って、どうするんだよ。一瞬思ったが、俺はブラッドの気持ちが分かる気がした。


「レシピはこうだ」


 ブラッドが材料をすらすらと読み上げる。


「作ってくれるか?」


「……ああ。 けどお前、本当に良いのか――」


「構わぬ。我は博士のような魔王ではなく、人の身でありたい」


「わかったよ」


 俺は言われた通りに試験管に毒を垂らす。

 それから床に落ちずに残っていた桃の果汁を搾った。


「――できた」


 完成したのは甘酒のような白いポーションだった。


 ブラッドが試験管をシャン、と鳴らした。


「さて、覚悟は、決まった」


 ブラッドが試験管に口をつける。

 次の瞬間、彼の体から黄色い光が出た。


 灯台の灯りのような仄かな光は部屋を照らすと、壁に空いた穴から外に出ていき、そのまま泡沫のように消えていった。


「人の世とは、まことに面白い」


 ブラッドは満足そうに笑った。



 ***

 と、直後、


『――素晴らしき親子愛! 最高の舞台だ! 惜しむらくは、この場に仮面も衣装も無いことくらいか』


 外から響き渡ってきたその声に、俺達ははっとなった。


「く、博士!」


 もう二度と聞かないと思っていた声。


 穴の開いた壁の外で、博士は宙に浮いていた。


 夕暮れの街を背景にして。


「貴様、生きていたのか!」


「愛弟子! 先ほどは中途半端に生かして許してやろうなどと思ったが甘かった。


 手を噛んだ飼い犬は、処分するに限る!」


「ッ……!」


 博士のステッキから伸びた刃がブラッドに向けられる。



 ブラッドは片手でそれを受け止めた。


「お仲間達の美しい独白はこれで全て済んだかね?

 お遊戯会は終わりだ!

 こい、ノエマっ!

 さあ始めよう、最後にして最高のステージをッ!」

「いけない、ノエマが!」


 アイザックさんがあっと声をあげる。


 博士はステッキを振った。


 それに合わせ、部屋の後ろの巨大な装置――ノエマが動き出した。


 穴が開いてパーツを欠いたそれはしかし、ガタガタ言いながら問題なく起動した。


 蒸気が沸き上がる。


 工場の生産機械を思わせるそれが稼働すると、


「!」


「なんだよ、あれ……」


 ランプの魔神のように出てきた白いガスは、一個の巨人の姿を形作ると、タワーの外に出て咆哮した。


 ノエマから出てきたのは、


 博士を手のひらに載せて宙に浮く巨人。


 入道雲のようなそれにはぽっかり開いた目と口があった。


 でかい。でかすぎる。


 今は地面に付いていないので分からないが、片足だけでこのタワーほどもあるんじゃないか。


 その前では、俺たちなど簡単にひねりつぶされてしまいそうだった。


 巨人が腕を振ると、大地が揺れる。


 巨人の咆哮による大地震が、サイバード・シティ中に巻き起こった。


「伏せろっ!」


 部屋の天井が崩れた。


「はぁっ!」


 ブラッドが天井の落石を受け止める。


 と、目の前に禍々しい色の光が現れる。

 魔方陣だ。


 魔方陣は俺達を照らすと、浮遊感とともにその体をワープさせた。


「……宙に、浮いてます……」


 他の面々が唖然とする。


 収まった揺れ。

 空の下では豆粒のような街の人々が呆然と立ち尽くしていた。空を見上げて。


 俺達の体は空に浮いていた。


 足元を見ると、魔方陣の模様。


 空中六百メートルに展開された魔方陣。


 それが俺達の足場となっていた。

「ハハハ、どうかね、この天空の舞台は? 決戦の場にはふさわしいだろう?」


 巨人の掌からクロック博士の声がする。


「さあ、来い、ラボノエシスよ! 私とノエマとを一体化させるのだ!」


 博士が手に持っていた赤い結晶をかざすと、
 結晶はプリズムのように光を放ち、
 博士の体を包み込んだ。


 赤黒い閃光。

 ノエマと博士が一体化する。



「フハハハハ! ミタカ、コレガ、ラボノエシスノチカラダ!」


 巨人は博士の声で口を開けて喋った。


 その声に、空気が、大地が、震える。


「動ケ、ノエマ! アイツラヲ、ミンチニスルノダ!


 喰ラエ、『滅殺』!」


 博士が命令を下すと、目が眩むほどの光がノエマの顔面にレンズのように集まる。


 無音。轟音どころか、わずかな機械音すら無く。集光が放たれる音はしなかった。

 ただ、深海の底のような虚無のみがその技を構成していた。

 そのとき魔方陣の上に轟いていたのは、ただ仲間達の悲鳴のみ。


 ノエマがその口から放った黒い光が。

 極太のレーザーが。

 全てを焼き付くしていた。




「そんな、皆――!」

 自分だけが辛うじてレーザーの射程を外れた。

 親指一本分だけを隔て、熱気が耳を掠める。



「こんな……ところで……」


 技を受けた皆は魔方陣の上に倒れ込んでいた。


 かろうじて手をついていたブラッドも、


「無念……」


 言い残してドサリと倒れた。


「コレデ、オワリダ」


「ここまでか……? 」


 俺は自分の左手を見る。


「――いいや」


 黒染の森を越え、俺は冒険者として再び歩くことができた。

 レイラとの和解だって果たした。

 それに、この手だって最後にはちゃんとコントロールできたじゃないか。



「毒手よ、どうか、俺に応えてくれ……!」


 突如、脳裏に浮かんできたイメージがあった。


 その伝説上の生物を象ったイメージは、
 俺の全身の血管を熱く燃えたぎらせた。


「絶対に、負けられねえ!」


 俺は蝕狼撃でも毒気槍でもない、新たな技の名前を叫んだ。



「――『毒刃・不死鳥』!」


 覚醒したそれは、もはや毒の技と形容してしまって良いのか分からなかった。


 左手だけでなく、全身に駆け巡った気のチカラ。


 そのチカラは体だけでは収まりきらず、天に向かって噴出した。


 自分の左手を見る。
 そこには、燃えながら延びる焔の羽があった。


 いや、左手だけではない。

 右手にも、燃え盛る巨大な羽が着いていた。


 身にまとったのは、不死鳥の姿。


「焼き付くす!」


 白銀の炎をまとった不死鳥となった俺は羽ばたき、ノエマと化した博士に向かって突進した。


「ぐおおおらああ!」



 博士と交差し、すれ違う。


 次の瞬間、俺の意識は失われていた。


 ***


「なんだ、ここ」


 そこは回転する雲の中のようだった。


 竜巻の中はこんな感じなのだろうか。


 俺は雲をよく見る。


 すると、雲には詳細な文字盤が刻まれていた。


 と、


「――ここは、アカシック・レコード。

 ここ二十年間の世界のこと、それから毒手にまつわる全てがこのシステムにある」


 声がした。

 博士のものではなかった。男とも女ともつかない、中性的な声だった。


「……お前は?」


「ワタシは、ノエマ。


 クロック博士の手によって生み出された、巨人のホムンクルスだ」


「装置じゃ無かったのかよ」


「ああ、本当は鉄の鎧に身をまとった騎士の姿なのだが、博士が完璧なものを作れなかったがために結局、不完全なままガス状のできそこないの姿になった」


「そんなすごいホムンクルス様が何の用だよ」


「お前に、毒手の最後の力を与えようと思ってな」


「俺に力を? お前は博士の味方じゃなかったのか?」


「いいや、違う。 ワタシの役目は元々、世界を監視すること。それが博士の手により操られ、意に反して動かざるを得なかった」


 声は悔しそうに言うと、続けた。


「あの文字盤を操ることで、お前は毒手の能力を好きにいじることができる」


「それは、つまり……」


 何でも出来るってことじゃねえか。


「ただし、それによって得られる力はひとつだけ。よく考えて選ぶのだ」


「……仲間が皆、死にそうなんだ」


 俺は言う。


「どうか、他人を傷付けることしかできない俺に、回復のチカラを――戦況の全てを逆転させる治癒の雨を授けてくれ――」


「承知した」


 ノエマがそう答えると次の瞬間、俺は文字盤が読めるようになった。
 それから、数字の配列をどうやって動かすかも頭に流れ込んできた。

 毒手のレコード。

 パズルのようなそれは、一種の複雑な回路だった。
 しかし俺は、得たい技のイメージを浮かべるだけで、画家がキャンバスにスケッチを描くようにすらすらと動かすことが出来た。


 ――治癒の雨。俺に、癒しのチカラを――


 俺が同時に行ったのは、成分変化。


 このままでは俺の毒に耐性の無いレイラに技を使えない。

 だから、桃由来の成分を、野花の成分に変化させたのだ。その花は、毒があるいっぽう薬としても用いられる。


 薬は使い方ひとつで毒になるけど、毒だって用いようによっては薬にもなるんだ。


「『治癒の雨』――」


「上出来だ」


 ノエマの声がすると、俺は一体化した博士の立つ最終決戦の場に戻っていた。

 ***


 巨人の姿をした博士は既に不死鳥のチカラによって火だるまになっていた。




 たった今、手にいれた技の名前を俺は言う。


「――『治癒の雨』」


 ノエマの反則級のパワーの前に壊滅しかけたパーティーに癒しの雨を降らす。


 柔らかな光を受けた雨が街中に降り注いだ。


「これは……?」

 倒れていた皆が不思議そうに起き上がった。


「傷が……塞がっていく――?」


 レイラにも拒絶反応は無かった。


 恵みの雨。
 毒とは時に、薬でもある。


「薬は毒で、毒は薬で。二つは表裏一体なんです」
 

 街全体に恵みの雨が降り注ぐ。


 しかし、それは巨人と化した博士にはなんの効果も無かった。


 ノエマにも裏切られ、哀れな奴だ。


 俺は最後の刃を左手に込める。


「とどめだ――!!」


 不死鳥の翼はノエマを貫いた。


「オ、ノ、レエエ……!!」


 博士の声が呻く。


「ブラッド、ナンゾノ、カタワレ、ゴトキニ、グアアア……」


 そのまま博士の体がノエマから分離され、その
 身は組み込まれた鉄の部品ごと蒸散した。


 あとに残ったのは、自我を完全に取り戻した巨人のみ。


 ノエマは言う。


「よくやった。」


「普通に喋った――?」


「さて、ワタシは最後の仕事をせねばならん」


 そう大きな口で言った。
 ノエマは続ける。


「――ラボノエシスが、二度と悪用されることの無いよう」


 ――赤い光が集まる。


 後で聞いたことだが、このとき世界中では赤い光が空に浮かび上がってサイバード・シティの方角へ飛んでいったという。

 証言では、自分の胸元からその光が出たと言う者もいた。

「――そして、ワタシの存在が世界を滅ぼすことのないよう」


 集結したラボノエシスの光。

 空を深紅に染め上げるほどのそれは、ノエマに吸収されると、


 笛を吹くような魔法の共鳴音とともに消えていく。

 そして、


「――あっ、見てください、ノエマが!」


 ラボノエシスとぶつかったノエマは、脚のほうから砂のように崩れていく。


「――さらば、人類よ」


 そう言い残し、砂となって消えていった。


 後には、舞い上がった砂が天に昇っていくだけだった。



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