毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

6-6

 ***

 カリンは大監獄の部屋の一室、まだ誰も収容されていないフロアに閉じ込められていた。


「カリン!」

 俺は彼女の牢に駆け寄る。強化ガラスの壁は開かない。

「大丈夫か!?」


 彼女は体育座りの体勢で窮屈そうにしながら答えた。


「わしは無事じゃ……しかし、らぼのえしすが……」そうして自分の鎖骨のあたりを指差す。

「なんだってっ!?」


「博士があの妙な杖を振ると、体から赤い光が出て、胸元から結晶のようなものが浮かび上がってきて……

 なす術なく博士に奪われてしまったのじゃ!」


「……おいおいまずいんじゃないか、それ……」

 ブラッドとアイザックさんの説明だと、博士の手にラボノエシスが渡れば、装置は――。


「これで装置が完成する、とかなんとか言っとったのじゃ!」


 彼女は既にラボノエシスを摘出されていたようだ。


「けど、無事で良かった……」


 摘出がうまくいったのは不幸中の幸いだろう。


「まあいい、早くここを出るぞ……っと」


 このままではカリンは脱出できない。アイザックさんの時と同じように解除が必要なようだ。


「お前、俺に隠し事してるんだな」


「なっ……!」彼女はたじろいだようだ。


 俺はこの牢屋の仕組みを説明する。


 説明を聞き終わったカリンの顔がみるみる間に紅く染まった。

「どうした?」


「いや、その……たしかに、一つだけあるが――」


「言えないようなことなのか? だったらここで休んでても――」


 俺がそう言うとカリンは首をぶんぶんと振った。どうしたんだ?


「そんなにしたら脳みそが混ざるぞ」

「……」


 俺の軽口にも押し黙って答えない。

 カリンはおもむろに言った。


「……絶対というわけでは、ないのじゃ」


 なんだか様子がおかしいなと思いつつ、先を促す。

「お、おう? じゃあ、気軽に話してみてくれ」


「わしは、お主のこと……」


「……え」


 うるっとした瞳。
 黒い髪が揺れる。
 鼓動。
 高まって。
 鳴って。


 これって、もしかして――。


 ガラスごしに口が動く。


「コーキのこと、好き……」


「……!」


 キーの解除される音がし、壁が開いた。


 無人の部屋。

 その中では全ての戦いを忘れて、二人だけでぽつんと、世界から切り離されたような気分だった。


 ***


 俺達は無言でフロアを登っていった。

 横にはカリンが歩いている。

 お互いに目を合わせられなくて、俺達は落ち着かない。


 沈黙を破ったのはカリンのほうだった。


「カティアに、レイラ、そしてエル」


 カリンはそう仲間の名前をつぶやいてため息をつく。

「みな、わしと違ってきれいだから――」


「……」


「カティアの優しさ、レイラの情熱、エルの真っ直ぐさ。
 そんな彼女らの美しさ」


 カリンはうらやむように言った。


 俺は何も言えない。


「……」


「彼女達みたいに、なりたいから――」


 いや、そんな必要、きっと無いぜ――。俺は浮かんできた言葉を、何も考えずに言う。


「――お前はお前でいいと思う」

 口をついてそんな言葉が自然に出て、自分でも驚いた。


「けど、三人のことよく見てきたカリンなら、調合の飲み込みの早いお前なら、きっと皆の良さを、自分のものにできる――」ああ。


「だから……」

 ああ、もう、俺のバカ。異性として好きだってわけでもないのにそんなこと言ったら、後で後悔するぞ。


「お前なら、なれるよ」

 ああ、カリンが慕ってくれるってこと、今この場で聞くまでなんとも思わなかったのに。
 どうしてこんなこと言ってるんだ、俺。余計話がこじれるだけじゃないか。


「コーキ……」


 言葉を重ねる。


「……なれるさ、カリンなら」


 くそ、なんてこと言ってんだ俺っ。中途半端に優しくこんな言葉かけて、後で余計話がややこしくなるだけじゃないか。

  それにカリンのほうだって、なんでこんな時に限って、口調が微妙に違うんだよ。いつもみたく「~のじゃ」って言えよ!

「好きなのじゃ」で良かったじゃん、そしたら俺は今こんなにドキドキしてなかったのに。

 これじゃあただの可愛い女の子じゃねえかっ!


 今、俺の頭の中ではそんなまとまらない思考達が暴れまくっている。

 俺の頬は今、気恥ずかしさで紅くなっている。

 伝染したか。
 気づいた瞬間、俺は無性に近くの柱に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。


 くそっ、なんだよこれっ! よりによって、こんなときに。


 俺達はそれ以降一言も喋らずに最後の階段を登った。


 ***


 階段を登った先は廊下。

 博士の元に通じる部屋の中で研究員達がうろうろしていたので、大量の睡眠薬《スリープポーション》を部屋の中に投げ込んでから突入した。


「ぐぅ……」


 俺達は息をしないように細心の注意をはらう。

 ポーションの効果で床にずりおちるようにして眠った研究員達をまたぎ、一方通行のドアを閉めた。


 後続の仲間への影響が気になったが、あの程度のポーション量ならブラッド達が来る頃にはだいぶ薄まっているから問題ないだろう。

 今はそれよりも全員の無事を祈ろう。

 ドアを開けて博士のいる大舞台に歩み寄る。


 そのステージの上ではクロック博士が奥にある巨大な装置に向かって立っていた。


 太いパイプが幾つも取り付けられた装置が怪しい色の光を放ち、博士の顔を照らしていた。


 それまで背を向けていた博士は、俺達に気づくと仰々しく両手を広げてから振り向いた。



「ほう、やはり牢を突破してきたか。しぶとい奴等だ。

 ――おや、仲間はどうしたのか?」


「皆なら、ロボットを食い止めてる。もうすぐ片付くんじゃないか?」


「今ごろ全滅していたりしてな、クフフ」


 博士が下品に含み笑いする。
 俺は反論する。

「そんなこと無い。

 あの人たちなら、絶対無事にここまで昇ってくる」


「何を根拠に言う?フフフ」


 黙っていたカリンが壇上の博士に言う。


「お前、ラボノエシスを使ってどうするつもりなのじゃ! 世界征服などバカな真似はよせ!」


「私は前世界では星を支配する魔王だった。

 そんな私がこの世界で何をなすか、今さら変えられるわけもなかろう?


 ――フフフ、クハハハハ!」


 博士は口髭をぐにゃりと歪めて可笑しそうに笑った。

 その体が揺れる度に、組み込まれた機械がガシャガシャと音を立てて鳴った。内臓の半分は歯車で出来ているに違いない。


「さあ、茶番は終わりだ。 おまえら二人から始末してくれるわ!」


 博士が杖をふりかざす。


「――そこまでだ!」


 ドアを蹴破って突入してきたのは皆だった。


「コーキさん、カリン、ボス戦は皆で。 あのダンジョンの時のようにね」


 カティアさんは斧に突き刺さったままの鉄塊、もとい変わり果てたロボットの残骸を後ろに放り投げて言った。


「思ったより早かったじゃないか」


 俺は皮肉でもなんでもなく嬉しかった。


「フン、私とエルのコンビネーションを見ていたのならこれくらい予想できるだろう」

 レイラが片目をつぶって言った。


「あの時の実験の続きしよっか、おじさん。

 けど、今度こっぱみじんになるのは博士のほうだよ」

 エルが手に持った二本のナイフで博士にピースサインを送る。


「もう、騙されませんよ博士。全て彼から聞きました。

 あなたはそうやって自らの欲望のために罪の無い人間達を犠牲にするマッドサイエンティスト。

 科学者の風上にも置けません」


 アイザックさんが語尾を荒げた。


「覚悟しろ、師匠。


 ――いや、魔王ベルシャウン・クロック」


 ブラッドが毒手のレイピアを博士に向ける。


「ククク、魔王呼びか、博士や師匠よりもよほど良い響きだ」


 一対七の状況でもなお、博士は余裕の笑みを浮かべている。


「なにを喜ぶか、魔王」


 ブラッドが博士を睨む。


「――魔王。それはもう王でも、ましてや人間でもない。

 貴様は単なる、理の道を踏み外した畜生だ」


 冷たく言い放った。


 かつての弟子が放ったその言葉に、


「ほほう、王に楯突くというのかぁ、

 このっ、…………愚か者め!!」


 博士が体をわなわなと震わせて怒鳴った。


「恩を仇で返すとはこのことよ。私は恩赦によって命だけは助けてやろうと思っていたんだがのう――」


 博士が叫ぶ。


「キース……いや――ブラッドォォォ! 前世界で一度、のみならず二度までも! この裏切り者が!


 私の道を邪魔するのならば容赦はせん! お仲間達もまとめて、本当の地獄へと招待してくれるわ!」


 クロック博士が杖を握る。


「ノエマを起動するっっ! 」


「――させぬ」


 ブラッドが組み突いたのと、博士が杖を振り切れずに吹き飛んだのとはほぼ同時だった。


「な……

 お、おのれえっ! 愛弟子めえっ!」


 壁にぶちあたった博士は苦しそうに脇腹を抑えた。


「最後くらい、名前で呼べばいいというのに」


 ブラッドは右腕から大きな球体を放つ。


 魔法レーザーのように太く拡がりながら伸びたそれは、博士の体ごと後ろの装置を貫いた。


 ブラッドの一撃を受けた博士の体は後ろの壁、装置の部品ごとタワーの下に落ちていった。


 世界の支配者にしてはあっけない最後だった。


「……」

 ブラッドは空いた穴から無言で塔の下を見つめた。

 博士はもう生きてはおれまい。



 ***



「樹龍の桃は二つあったのだよ」


「なんだって――」


 彼が手に握る球体。


 敵は戦意を喪失したのか、もうこの部屋まで追ってくる兵士も研究員もいなかった。
 穴の空いたままの壁と装置とをバックに、俺はブラッドが懐から取り出したものに驚いていた。


「これが、樹龍の桃……不老長寿の秘薬……」


 ブラッドの手にあるのは一個の果実。

 リンゴのように真っ赤な桃。


 これが収穫してから何百年も腐ることが無いというのが驚きだ。その生命力だけで不老長寿という薬効が保証されているようだった。


 ブラッドは言った。


「どうだ、コーキ、残りの一つ、我とお前とで使おうと思わぬか? 」


「……!」

 それは、つまり……


「妻に桃を食らわせた時は既に死ぬ間際で、直ぐに吐き出した。おそらく、消化はされていない。
 だから、お前には異世界転移の魔法的効果こそはたらいたものの、不老長寿という薬効的な恩恵は受けていないだろうな。
 もしあったとしても微々たるもの」


 ブラッドが桃の仕組みを説明する。


「……つまり、食えと?」


 俺が言うと、ブラッドは首を横に振った。



 ブラッドは続ける。

「だが単にこれを喰らっては我々は再び別々の世界まで飛ばされてしまうだろう」


 彼は桃を手のひらの上でぽんっ、と宙に浮かせた。


「――そこでだ、コーキ」


 桃が受け止められる。


「ラボノエシスにこの桃を使い、完全体にするというのはどうだ?」


「それって、……そんなことしたら博士と同じじゃないか――」



 ブラッドは果実を手に持ったまま提案する。


「どうだ? コーキ。 異世界――お前とお前の母が生まれた世界――に我と共に己のルーツを探しに行かぬか?」


「!」


「博士がしたようにノエマにこの桃を使えば、異世界転移も可能になる筈だ」


 それから、再び桃が宙に浮く。こちらに向かって投擲されたそれを、俺は無意識で受け止めた。


 自分の左手、グローブごしに掴まれたそれを見つめる。


「あちらの世界に戻った後は――フフ、あわよくば、博士に代わり、我とお前とで世界を支配せぬか?」


 ブラッドは冗談めかして付け加えた。


「……」


 俺は、


「……断る」


 そう一言だけ呟いて、

 渡された桃。

 手のひらにほどよく収まるほどの果実を。

 不老長寿の秘薬を。

 リンゴのように真っ赤なそれを。


 左手で掴んで。


 力を込める。


「……それが、お前の答えか」


 ブラッドの口角が上がる。


 桃はぐしゃりと手の中で潰れ、果肉がボタボタと床に落ちた。


 桃の欠片が飛び散る。


「――以前の俺なら、迷っただろう。だがな。こんなものはもう、必要ないんだ。

 こんな欲望にまみれた果物ひとつのためにこれ以上悲劇を生む必要なんてないんだ」


「フッ、良い答えだ」


「……俺を試したのか」

 つくづく、性格の悪い奴だ。

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