毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

6-5


「我は異世界の人間で、当時はキースと名乗っていた。

 そして“気”のチカラをあのような悪の科学者になる前の博士に師事。

 昔の博士はいわば、気を用いるあらゆる技に精通し極めた、いわば武術の仙人のような人間だった――あの頃の博士は、未だに我の憧れだ」


 夢想するように視線を宙にさまよわせた後、ブラッドは俺をじっと見つめて、言った。


「コーキよ、お前は私の――息子なのだ」


「!!」

 なん、だって――!?


「力の持ち方を誤った人間は、その力が持つ負の側面に飲まれる。気のチカラを手中に納めた博士は、元いた世界の方でも人間の支配を企んでいたのだ。

 科学者でもある博士は自らの造ったノエマによりあっという間に世界を恐怖に陥れた。魔王の誕生だ。

 弟子だった我はそんな堕ちた博士に失望。


 その時はちょうど我の愛した女性――つまりお前の母だ――が身ごもっていた」


「……」

「こんな腐った世界、胸を張ってわが子に見せられる筈があろうか――

 そう思った当時の我は、博士を裏切ることを決意した」


 ブラッドはそこで一度言葉を切り、それから言った。


「『樹龍の桃』。その果実は食らった者の寿命を千年延ばすという効能を持つ。

 いわば、不老長寿の秘薬だ」


「不老…… そうか、アンタ、妙に成熟した雰囲気だったからな。

 なるほど、お前がそれを食べたってわけか」


「然り。樹龍の桃は同時に、ノエマの完成のために博士が保管しておいたもの。

 我は桃を盗み出すことに成功した。

 その後は妻を連れて、逃避行。今思えば我のしたことは家族を省みない、まこと身勝手な行動だった」


 ブラッドは一度俯いて、それから顔を上げた。


「途中で、妻は死にかけた。博士の手の者による襲撃で瀕死の重症を負った。

 我はなんとかできないかと思い、とっさに彼女に桃を半分食らわせた。

 ――計算外だったのは、樹龍の桃には口にしたものを異世界に転移させる力があったこと。それに、不老長寿の効果はあるが、死にかけの人間の傷を塞ぐ力はない。


 気付いた時には、妻と腹の中の子は、私と半分の桃を残して消えていたよ」


 そうして、俺がこの世界へ来たのか……


「その後博士は魔王として一つの世界を支配するのでは飽きたらず、さらに文明レベルの発達したこちらの世界へと侵略の矛先を向け、ノエマとともに侵攻しようとした。

 そんな博士の誤算は、ノエマがこちら側に持ち込めなかったこと。ノエマは転送装置としての役割は果たしたが、装置それ自身がこの世界へ転移することは無かった。

 そこで彼はその身一つで出世し、ゆくゆくはノエマを自らの手で開発することにした」


「――あいつ、そこまでして世界が欲しかったのか」


「正確には、一度手にした権力や富といったものを手放したくなかったのだろう。それから自分の生命も。彼が自らの体に機械を組み込んでまで不老不死を叶えようとしていることからもそれは分かる」


「けど……アンタはどうして俺が息子だってことを?」


「神殿に行き、ノエマの記憶に直接触れたからだ」


「記憶に?」


「うむ。

 ――初めてお前と会った時から薄々感じてはいた。

 毒手を持っていて、それに彼女の面影もあり。
 まさかと思って、お前が気を失って寝込んでいた時の間に、ダルトラ神殿まで足を運んだ。

 神殿にあるノエマの御神体。あれは本体ではなくてアンテナにあたる部分で、その本体があるのはサイバード・シティなのだ。


 とにかく、そのアンテナにはアカシックレコードという機能が備わっていて、レコードにはノエマが生まれてからの世界の全てが記されている。
 その時にちょいと干渉させて貰い、お前の生い立ちを調べさせて貰った。

 ――すると、息子のデータと、見事に一致した」


「……そう、だったの、か」


 真実を告げられた俺は、実を言うとあまりピンと来ていなかった。
 こいつが俺の親父だなんて、聞いてもあまり想像できなかった。
 ためしにブラッドの顔をよく見るとなんだか不思議な親近感が湧いてくるけれど、それ以上の発見はない。俺は母親似なのだろうか。


「千年生きてるとか言ってたよな、あれはどうなんだ?」


「あれは、我なりの覚悟。千年以上生きていると思いこむことで、いつ桃の効果が切れて死んでもいいという覚悟を示していた」


「死を間近で見つめるほどの覚悟、というわけか……」


「自分のしたことに気づいた我は慌てて、残っていた片割れの桃を食らい、お前達を追いかけてこちらの世界へ。

 しかしほんの少しの時間差によって、お前達とは離ればなれになってしまった」


 ブラッドは俺の顔をまっすぐ見つめた。


「我の目的は、博士の抹殺。そして、もうひとつ、お前の成長を見届けることだ。

 お前の毒手の完成を見たのは一、二ヶ月だったが、しかし、一七年の集大成と考えれば何とも感慨深い。

 ――本当に、大きくなったものだ」


 ブラッドは俺の肩に手を置いた。


「やめろよ、辛気くさい」俺は伸ばされた手をぱしっとはたいた。そして言う。


「今にも死にそうな台詞吐いてんじゃねえよっ。

 どうせ見守るんなら最後まで見てやがれってんだ」


「フッ……言われずともそうするさ」

 口の端を微かに上げたブラッドは嬉しそうに見えた。

 それを見て、感じた。こいつは本当に俺の父親なんだって。


 俺達はブラッドの部屋のキーが解除されるのを見届け、独房を出た。ブラッドのキーが開くと同時に廊下に通じる側の壁も開いたのだ。


 廊下の上に階段があるのを発見し、登る。


 登った先には同じようなガラス張りの独房。囚人は俺たちの他にはいないようだ。


「さて、キョロキョロしてないでさっさと出よう。このままだとカリンが危ない」


 と、フロアに出た瞬間、ビビビビ、と大きなサイレンの音が廊下一面に鳴り響いた。


「脱獄だー! クロック博士暗殺未遂の容疑者どもが牢を破ったぞー!」


 どこかに非常階段でもあったのか、銃を持った兵士が二十名ほど下の階からぞろぞろと出てきた。

 ここは殺さない程度に戦わねば。


「お前らの対策なんてとっくに済んでんだよっ」


 俺はエルが精神世界の中で見せてくれた記憶通りに毒弾を放った。

 指先から五弾放つと、左手をひねって気をリロードし、再び高速で撃ち込む。


 毒の弾丸は兵士の銃や手に正確に当たり、その攻撃手段を封じた。


「ひ、ひいっ!」


 精神世界の時の幻影とは違い、相手は生身の人間である。俺達に恐れをなした兵士達は総崩れになり、散り散りになって逃亡した。


「お見事!」

 レイラが剣を片手に構えながら言った。


 俺達が兵士を殲滅した勢いそのままに階段を三フロア分昇ると、次のフロアの階段の方に何者かの影が見えた。


「敵か――」


「……ギジジジ……シンニュウシャハッケン」


 クラゲのような見た目をした一メートルくらいの大きさの自動機械――ロボットだった。


 それも、一体や二体ではない。

 後ろをちらりと見る。

 何十体いるかも分からないロボットは人混みのようにこちらめがけて殺到してきた。
 クラゲ型のロボットは長い腕を伸ばして攻撃してくる。


「うわああ、きりがないよ~」


 エルは大きな魔法を詠唱しようとしているが、倒しても倒してもロボットがぞろぞろよってくるため隙が出来ない。


 俺は左腕に気のチカラをありったけ込める。

 こんな時は――、


「毒気槍!」


 切り裂いて――、打ち砕く!


 俺の腕から繋がった槍が出て鎖のように延びていく。


 巨大な蠍の尾はロボットの貧弱な脚を凪ぎはらってあっという間に全滅させた。


「くそ、まだいやがる!」

 ロボットは下のフロアからまだまだ湧いてきた。

 先が見えない現状、毒気槍は温存のため、あまり無駄撃ちは出来ない。


 と、横から風が舞い上がってロボットを粉々に粉砕した。


「行けっ、コーキ! あの小娘からラボノエシスが摘出される前にっ!」

 見ると、ブラッドが下から登ってくるロボを食い止めていた。


「君ひとりでも行くんだ!」
「どうか、ご無事でっ!」
「これで詠唱が楽になったよ」
「覚悟しろ、鉄屑どもめっ!」

 彼の後ろではアイザックさん達がそれぞれの技で援護をしている。


 俺一人で、カリンを。そう呟き、俺は果てしない階段を駆け上がっていった。


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