毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

6-4


「ククク、驚いたよ愛弟子――今はブラッドと名乗っているようだな――、お前はとっくの昔に部下が始末したとばかり思っていたが、まさか我を追ってこちらの世界に飛んできたなんてな。


 それにその変わらぬ若さ、『樹龍の桃』を喰らったのだな」


「……師匠の方こそ、老いる体に鉄屑を組み込んでまで、必死に若作りしているでは無いか。


 桃が無いために不老不死の計画は未だに敵わず、ラボノエシスを利用した装置は未完成のままなのだろう?」


「その口の聞き方……懐かしい! あの頃の思い出が蘇ってくるよ! ああ、じつに愉快!」


 額を片手で抑えて痛快そうに笑うクロック博士。それから博士はアイザックさんに言った。


「アイザック、おおかた私の元に付く気は初めから無いのだろう?  だからあえて拘束という言葉を使ったが――まさか本当に呑むとはね。君もつくづく酔狂な奴だ」


「博士……あなたはッ……」


「しかし、手塩にかけた弟子からラボノエシスの反応が出るなんて、なんという運命よ!

 だが、お前は私に弟子カリンを引き渡すのを渋って……

 ん、私? 私はもうブラッドへの感心は無い。なんせこいつは育ててやった恩を忘れ、樹龍の桃を持ち出した裏切り者だったのだからな」


 博士は白衣の懐から小さなステッキを取り出すと、引き延ばしたそれで床をコツコツと叩いて言った。


「さてさて、お前たちの処遇についてだが……
 連帯責任で、同罪だ! 

 お前たち、全員まとめて地獄行き!!」


 部屋の隅から音もなく何かがしゅるしゅると巻き付いてきた。


「なんだこれ、し、痺れる……」

「か、からだの自由が……」

 緑色のワイヤーだ。ワイヤーは生き物のように俺達の体を捕らえた。


「ああ、皆が捕まってしまうのじゃ!」


 カリン一人を除いて。


「この娘は預かったぞ」


「師匠! コーキ! 皆!」


 ガタン、と足元から大きな音がして、それから一瞬の間を置いて浮遊感が訪れた。


 俺達を縛り上げていたワイヤーがしゅるりと外れる。


 下を見ると、床に穴が開いていた。


「ッ! ――落ちるっ!」


 俺達の体は真っ逆さまに暗闇の中に落ちていった。


「カリン!」


 俺の声は真っ暗な空洞に虚しく吸い込まれていった。



 ***


「アイザックさん、どういうことか説明してください」


「……」


 俺達は生きていた。少なくとも、四畳くらいのスペースの外に体の自由は無かったが。


 ガラス張りの壁を隔てた向こう側にアイザックさんの姿が映る。

 彼はコツコツとガラスを叩いた。


 分厚い音。ガラスの扉というのをほとんど見たことのない俺でも分かる、これはちょっとやそっとじゃ壊れないように強化されたガラスだろう。


「防弾仕様に加えて防御魔法でコーティングが施されているね、物理的に脱獄するのは不可能だ」


「……独房ってわけですか」


「そのようだね」


「他の皆は?」


「後ろにいるよ……同じような壁を通した向こう側にだけどね」


 向こう側を見ると、レイラが腕を組んで壁に寄りかかっている。それからカティアさん、エル、ブラッドという順番で透明の箱を隔てて一列に並んでいた。



「確認します。アイザックさんは、俺達の仲間なんですね? 博士には騙されただけなんですね」


「……その通りだ。返す言葉もない、これは僕の失態だ」


 アイザックさんは悔しそうにうつ向くと、言った。


「ここは、サイバード・シティ大監獄。

 監獄といっても一般人はいない。ここに収容されるのは主に反乱分子。しかしここの警察組織あまり公正ではないようだ、上の人間の意に沿わない者というだけで落とされるような場所だよ、ここは」


「知っているんですか?」


「ああ、なんたって僕は、かつてクロック博士の部下だったのだからな」


「なんですって――」


「僕は初めからあの研究所でやっていたわけではない。研究者の道に進んで初めは、このサイバード・シティの木っ端研究員に過ぎなかった」


 アイザックさんは語り出した。


「ここ二十年の間あまり願いを叶えなくなったダルトラ神殿の神――その正体は二十年前までのかつての神を殺し、自らが管理者として世界を支配しようと企むベルシャウン・クロック博士が作り出した世界コントロール装置『ノエマ』――」


 神様を、殺した? クロック博士が? 装置を?


「ダルトラ神殿で祀られていたのは、多神教の民間信仰、そのうちの一人の神様。

 我々がイメージする唯一神ではないけれど、神様は本当にいたんだ。見つかったのがただ一人というだけでね。もしかしたら、世界中を探せば同じような存在に出会えるかもしれない、


 ――まあそれは厳密には神ではなく、人々に小さな幸せと不幸をもたらす妖精や、湖を枯らすほどの力を持つドラゴンといった存在に近いかも知れないけども――それは置いといて。


 けど、その神様は、人間の前にその正体を見せることなく殺されたよ。突如現れた一人の科学者によって」


「……ダルトラ神殿で叶えられる願いが急激に減ったんですよね」


 アイザックさんから毒手の仮説を聞いた時にした話だ。あのときは正直眉唾であったが。


「うむ、殺された神様の代わりに冒険者の願いを叶えていたのは、クロック博士が作った、知性を持った人工神『ノエマ』。『ノエマ』は鉄騎士の見た目をした巨人型のホムンクルスでもあるんだ」


「願いを……そんなことが本当に出来るんですか?」


「出来てしまうのが恐ろしいとこなんだ。

 それだけでは全知全能、とはお世辞にも言えないが、完成した『ノエマ』ならば、世界中の天候さえ自由に操れるという」


「完成した?」


「ああ。博士が昔言っていたことによると、『ノエマ』はまだ未完成らしいんだ。足りない部品があって、それは“異世界から”どうにかこうにかして調達するしかない、と。そのせいさ、叶えられる願いの数がオリジナルに比べてうんと減っていたのは」


「異世界……ですか」自分が異世界人だというブラッドの言葉を思い出す。

 それから博士はブラッドのことを弟子と呼んでいた。俺は一つの結論に至った。


「もしかして、クロック博士も……?」


 アイザックさんが頷く。


「その通り。彼もまた、君と同じように異世界から来た人間なんだ」


「アイザックさん、実はブラッドのやつも――」


 俺は廊下でブラッドに耳打ちされたことを話す。


「……さっきの博士とのやりとりから、なんとなくそんな気はしていたよ」アイザックさんは納得したように頷いた。


「百万人の母体に対して一人だけが持つ特別な魔力であるラボノエシスは博士が発見した。いや、彼がこの世界に来たときには既に発見していたと言っても良いだろう。


『ノエマ』を完全体に近づけるためには、ラボノエシスの他にもうひとつ重要なパーツがある。


 それが、博士の欲しがっていた『樹龍の桃』という特別な果実だ。

 彼がこの世界で『ノエマ』を造るにあたっては性質のよく似たこの世界にも群生する『魔法の桃』を大量に使って代用したようだけど、あまりうまくいかなかったようだね」


「果物、ですか」

 それ以上に、桃と言えば……


「ああ、それもただの桃では無いらしいよ、それ以上は知らされていなかったけど。

 予想だけど、きっと君の毒手がレイラに拒絶反応を引き起こしたことと、深い関係あるのだろうね」


 そうだ。俺の毒手は桃への拒絶反応があるレイラに大きなダメージを与えたんだ。そんなチカラを授けたのは、他でもない、まがい物の神殿の神であるノエマ。


 やはり俺の毒手のチカラは、桃とノエマと大きな関係があったんだ。


「そして、もうひとつの部品である魔力、ラボノエシス」


「……カリンがそれを持っていたんですね」


 俺が呟くと、アイザックさんは語った。


「ラボノエシス。それは百万人に一人の人間が発現する特別な魔力の結晶。

 体内に埋め込まれたそれが日常生活に支障をきたすことは無い。しかし、破片一つで都市ひとつ滅ぼせるだけの強大なエネルギーとなりうることを、博士は前の世界での経験から知っていた。


 僕はこの街には、エルの事故の数年後に赴任した。けど、組織の隠ぺい体質に嫌気が差した僕はすぐ辞職した。それでも僕は今しがた騙されたことに気付いた瞬間まで、博士を尊敬していたさ、一人の科学者として」


 アイザックさんは唇を噛んだ。
 彼が町人の起こした事故や魔力の使いすぎで倒れたエルに過剰反応したのは、きっと事故の後処理を余儀なくされた研究員時代の苦い思い出からなのだろう。


「独立して研究所を開いてからは、孤児で薬屋の養子だったカリンの調合の才能を見出だして弟子とした。


 ――そんな充実した研究生活の最中だ。サイバード・シティから博士が研究所を訪ねてきたのは。君がここに来る半年ほど前だった。

 彼の義眼は特別なものでね、魔法の流れを捉えることができる代物なんだ。博士はカリンを一目見るなり、彼女にラボノエシスの結晶が眠ることに気づいた」

「カリンが――」

「博士は僕に提案してきた。ラボノエシスの摘出手術をね。最悪、エルのような事故に発展する可能性がある。

 僕は初め聞いたとき、愛弟子が恩師の研究に大きな成果をもたらすことに喜んだ。けど、すぐに気づいた。それはカリンを犠牲にすることだって……


 そしたら博士、さらに提案してきたんだ。安全な方法があるって」


「そしたら騙されたというわけですね」


「……」


「まあ、済んだことですよ――、それより今は、ここからどうやって出るか考えましょう」


「コーキ君……」


 と、突然どこかで機械音がした。


 見ると、ガラスの一部が横にスライドして開いていた。

 ガラスは廊下側ではなく、アイザックさんがいるほうに外れていた。


「これは?」


「おそらく、これが牢のキーが解除される仕組みなんだね」アイザックさんが言った。


「解除って、特別なことなんてしてないですよ」


「おそらく、僕の言葉に反応したんだろうね。

 つまりこれは、何か秘密を抱えた仲間が独白することで解錠される仕掛けなんだ」


「なんだって、そんなものを?」


「ここは政治犯が収容される場だと言ったね。つまり、そういうことさ」


「なるほど、仲間割れか――」


 俺は納得した。政治犯というのはほぼ間違いなく組織犯。つまり仲間同士なのだ。


 ここの牢屋に入れられた者達は、自由を取るか、それとも誰にも言えない秘密を隠し続けて朽ちるかを選ばされる。


 嘘発見器とでも名付けたらいいだろうか。


 キーの解除は隠し事を仲間に話すこと。もし、何か仲間同士でやましいことがあればギクシャクするし、そうではない、けれど絶対人には言えないような秘密があれば隠し通そうとして、そのうちに互いに疑心暗鬼に陥る。


 つまり、犯罪者を仲間割れさせて無力化しようという、この牢屋の開発者の魂胆が見え隠れする。


 なんとなく、囚人のジレンマという言葉が頭に浮かんだ。


 技術者というのはなかなか趣味の悪いものを作りやがる。


「よく考えたものだな、こんな仕掛け。

 まあ、本格的に追い込むための拷問というよりは、心理実験をする目的の方が強いのだろうが。さすが科学の都市と呼ばれるだけはあるな」

 ガラスの向こう側でレイラが感心する。

「エル達は秘密なんてもう何も無いよ~、だからさっさと開けーい!」


 エルのくぐもった声がそう言うと、ガラスがずれて彼女とレイラの部屋、そしてアイザックさんの部屋が繋がった。


「俺にももう隠し事はありませんよ。

 これであとはブラッドだけか」


「……」


「秘密を話せとよ、どうする?

 それともこのままここで白骨になるか?」


「……わかった。どちらにせよ、話した方が良いことだ」

 ブラッドは頷くと語り始めた。



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