毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

6-2

 赤いビルを見上げる。緊張。高い塔の下から上まで見渡し、息を吐く。博士という人と、何を話せばいいんだろう。


 エルが遭った事故の責任者。隠ぺいが上手いこと行われた結果か、サイバード・シティのトップにしてアイザックさんに手紙を寄越した人物の名前は、エルが言っていた“ベルシャウン・クロック”で間違いなかった。


 エルの話が本当なら、クロック博士の権威ある研究者というのは世間を欺くかりそめの姿で、本当は魔力ラボノエシスとやらを使って世界征服を企む大悪党ではないか。


 博士とはこのまま穏便に毒手の話をして、なに食わぬ顔で帰ることもできる。

 けど、今この場には当事者であるエル本人(見た目はずいぶん変わったけど)がいる。


 事故のこと。

 このまま手ぶらで帰ろうとは思えないし、きっと後で言わなかったことを後悔する。言わなきゃ、逃げ隠れるように過ごしてた以前の俺と同じじゃないか。


 平謝り、あるいは下の人間が招いた不始末だ、で済ますかもしれない。いや、そう言われるに違いない。

 サイバード・シティそのものが自治都市の名を借りた研究機関。

 つまりは責任の所在があいまいになりやすい組織という存在である以上、そうなることは分かってる。

 けど、一言。たった一言で構わないから、強烈な言霊をぶつけてやりたい。

 俺の心は強い衝動に駆られていた。


 きっと、皆も同じ気持ちだろう。


 それぞれの顔をちらりと見ると、不安や困惑、怒り、思慮、疑念といった様々な感情の混じった表情をしていた。


「……」

「どうした、ブラッド?」


 自動開閉するドアに一歩踏み込もうとすると、ブラッドだけは建物の前で突っ立っていた。


「いいや、少し……な」

「?」

「すぅ……」

「……なぜそこで深呼吸する」


 回転式の自動ドアをくぐるのが怖いのかと思ったけれど、ブラッドに限ってそれは違うだろう。

「さっさと入っちゃおうよ~」エルはぴょんぴょんとジャンプすると、両手でブラッドの背中を押して促した。後ろで縛った長髪と前に跳ねたツインテールとがぶつかる。


 突っ立っていたブラッドは渋々といったようにドアの中に入った。

 前を見ると、俺とブラッドとエル以外の四人がすでに建物に入っていてこちらを覗いていた。
 ガラスの向こう側にはロビーが見える。このタワーの受付だろうか。


 俺は二人の後に続いて最後に建物内に入る。


 ブラッド。結局お前の目的がよくわからないまま、ここまで来てしまった。


 博士の手紙にあった言葉を思い出す。『毒手の全てがここにある』。ブラッド、お前は何者なんだ? 散々思わせ振りなことを言ってきたお前は、いったい毒手の何を知っているんだ?


 博士に会えば、何もかも分かるのだろうか? それとも、こいつは相変わらず口をつぐむのだろうか。


 椅子から映像のモニターに至るまで、白く無機質なロビー。受付嬢がいた。制服らしき紺色の服を着ている。腕に着けた四角い機械は研究所内で連絡をとるための情報端末だろう、彼女はそれに向かって二、三言話しかけると、俺達をエレベーターまで案内してカウンターに戻っていった。


 金属の壁に囲まれたエレベーターを登る間、俺たちは話す。


「人を乗せて動く箱とは、なんだか面妖じゃのう」カリンはエレベーターにいる間じゅう落ち着きなかった。

「僕からしてみれば、これが魔法と科学の融合で動いてることのほうがよっぽど奇妙だよ」アイザックさんが言う。


「レイラ、ここを昇ったらもう、あいつがいる場所なんだね……」


「ああ。エルは博士と会ってどうしたいのだ?」


「エルはねぇ……別に今さら謝られても何も感じない。ていうか見た目が変わってるからそもそも気付かないっしょ、あのオッサン。

 むしろこの体もやっと馴染んで、コーちゃんとの問題も解決して、さぁ新しいスタートだって時に、水を差された気分だよ。


 ――けどまあ……、博士に会ってぶちまけるだけで過去にケリをつけられるって考えれば、あえて怒るのも良いんじゃない?」エルはそう言って楽しそうにシシッと笑った。


「じゃあ私も怒ってみるか……自分のためではなく、エルのためにね――」


「おねえさんはどう思われますか?」エルがカティアさんに振る。


「私は……まあ、済んだことだし特に。

 と言いたいところですが、このまま墓場まで泣き寝入りするのって、いくらなんでも、というのが正直な気持ちかなぁ」


「ほうほう、つまりお姉ちゃんは和解金として博士からいくらむしれるか考えてるんだね」


「違う! レイラ貴女どさくさに紛れて妙なボケかましてんじゃないのっ!」そう言って妹の頭をぺしっと叩く。


「うわー、つまりおねえさんが一番の外道だったってことですかぁ」エルが手でコインのマークを作る。


「お主も悪よのう、カティア。後で一緒に時代劇を観に行くのじゃ!」カリンが映画の賄賂のシーンを真似して言った。


「だから違いますって!!」


 間の抜けたやり取りにエレベーター内が和む。


「……コーキよ、少し良いか?」

「ん?」


 ブラッドが俺に耳打ちしたと同時にエレベーターが開く。

 ここからは歩いて博士のいる部屋まで向かわなければならない。


「……お前が、異世界から来たという話」


「それがどうかしたか? 」


「本当なのだな」


「まあ、言っても俺、ほんとに生まれたのだけ違う世界って感じで、ここの人間と同じなんだけどさ」


 発見された赤子の俺は老夫婦の家に引き取られた。いっしょに見つかった母かどうか分からない人の亡骸は、共同墓地に埋められている。


 全寮制の冒険者学校を卒業してからは、あの町の空き家、養父母の所有していた小さな掘っ立て小屋をもらって独り暮らし。

 ほとんど独立したような状態なので生家にはあまり顔を出していない。


 俺は声を低くしてブラッドに答えた。自分の預かり知らぬ出自を何度もほじくりかえされるのはあまりいい気分ではない。

 無意識のうちにしかめっ面をしていたらしい。俺が眉をひそめたのを見て、ブラッドは言った。


「いや、失敬。あまり気持ちの良い話ではないな。しかし、どうしても確認しておきたかったのだ。


 ……コーキよ、実は、我も異世界人なのだ」


「――えっ」


 俺は驚いた。
 ブラッドが、異世界人?
 それを今、このタイミングで言う必要は、どうして?


 ――お前、いったいそれはどういう!?


 ブラッドの言葉の真意を問うために俺は口に出そうとした。


 しかし、


「ここのようだね」


 前を歩いていたアイザックさんの声が廊下に響き渡り、俺はぜんまいじかけのように顔を上げた。


「お待ちしておりました。博士はここの奥にいます」


 部屋に入ると、およそ事務的な口調で研究員の男の一人が答えた。


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