毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています
5-11
俺は二人の笑みを十分に見てから、エルに言った。
「……このためにわざわざ隠れ家を用意してまで、俺たちを和解させたかったんだな。
それが生き急いでいたレイラの道を正すことになるから」
「……そのとおりだよ、コーちゃん」
俺は彼女が頷くのをしっかりと見た。
それからレイラのほうに向き直る。
「それからレイラ……本当に悪かった! ただでさえ無くしたお前の時間を、俺は結果的に奪ってしまってたんだから!」
俺は深く飛び込むように頭を下げた。
「いいや、謝るのは私だっ!――この通りっ!」
彼女も大きく背中を曲げ、お互いに自分の頭を付き合わせるかっこうになった。
「謝罪合戦は後にするのじゃ!」
「二人とも、顔を上げて、ね?」
アルケミストの弟子と戦士の姉が間に入り、戦はあっさりと仲裁された。
「ふふっ」レイラが意味もなく笑う。なんだか俺も可笑しくなってきた。
と、俺は突然左手に違和感を感じた。
どこか久しぶりの感覚に、自分の手を凝視する。
「あっ!」
今までとは違う感覚の正体に気づく。
「毒が!」
「毒が……どうかしたのか」
「――毒が、自分の意思で抑えられる……」
「それって……」俺の言葉を聞いたアイザックさんが目を丸くする。
「――ふむ、毒手を会得したようだな」
ブラッドが俺の手をおもむろにつかんで手袋を外すと、左手に素手で触れて確かめた。
ブラッドは掴んだ手を上に掲げて皆に見えるように証拠を示す。
「やった……」
これで、俺の職業は正式に毒手使いだ。
モンクでもアルケミストでもない、超マイナー職。
これからはポーションでも作りながらまったりやっていこうかな。
***
「「おおおおーい!!!」」
「な、なんだあ?」
俺たちがそれぞれの余韻に浸っていると、ドドドドド、と絵に描いたような擬音が上のほうから聞こえた。
地鳴りのような音を響かせ、物凄いスピードで山頂のほうから降りてきた集団がいた。
親衛隊だ。
「不吉な雲が空に見えたので慌てて登っていきました……大丈夫でしたか?」
ラカーンが言う。もうあのプリントTシャツは着ていなかった。
「もう、降りたのなら言ってくださいな! レイラさんもお人が悪い!」
「だが、無事でよかったでござる」カンザクが静かに頷いた。
そんな二人とを後ろの隊員たちを見回して、レイラが言った。
「皆の者、ありがとう。心配をかけたな。
特にラカーンとカンザクもよく部隊をまとめて率いてくれた。
……ただ、これからは、穏便に活動を頼む。あまりこういうことは言いたくないのだけど、正直言って迷惑だ、うん」
「ははぁ……」二人が頭を下げる。
レイラは続けて、決意するように言った。
「――それから私は冒険者学校の教官をしばらく休職することにした」
「――なんと!?」親衛隊たちが驚く。
俺も少し驚いた。このまま元の日常に戻っていくと勝手に考えていたからだ。
それからレイラは後ろを振り返って言った。
「エルはどうする?」
「エルの目的が叶ってレイラもいなくなる以上、あそこにとどまる理由は無いよ」
「だそうだ」
レイラが軽く舌を出してこちらを見た。まさかこいつら、俺たちのパーティーに加わるつもりか? もう事件もきれいにまとまったし、特にギルドの依頼も受けてないから、解散する気満々だったんだけど。
新人とはいえ、教官と副教官二人の辞職、痛手だろうなあ。
「そこで、――ラカーン!」
「はっ!」
「そしてカンザク!」
「ははぁっ!」
レイラは二人を指名すると、言った。
「お前たちには冒険者学校で教官をやってほしい。私が紹介しておくからまあ、間違いないだろう。今のカンザクの実力なら副教官も務まる筈だ」
「今の?」カンザクが昔と比べて強くなったということか?
「この一年間、鍛練は欠かさなかったでござるからな」
カンザクは胸を張って答えた。
「ラカーンも、よくかつて烏合の衆だった者どもをまとめてくれたな」
「ありがたきお言葉」
ラカーンが膝を折って拝礼する。
レイラはそれから後ろの集団に一人一人声をかけていく。
「バート……君の魔法は相変わらず天下一品だな」「ありがたき幸せ!」「シャルロッテは弓術の腕前を上げたな。嬉しいことだ」「はい!私、これからもがんばって鍛練します!」
「……皆、成長しているのだ」
「お前……」なんだかんだ言って親衛隊たちのことよく見てるじゃないか。
その後、レイラが命令を下し、親衛隊は去っていった。
「ウタ……おっと、変わっちゃったんだな。
エルのおかげだ。」
レイラの言葉に、エルが首を振った。
「そんなことない!コーちゃんだって!」
突然名前が挙がってぽかんとする。
「……え、俺?」基本的に巻き込まれるだけだったから、結局何もしてなかった気がするけど。
俺がそう言うと、
「君が冒険者として再び歩むことを決意した、その瞬間から、君は再び成長することを再開したんだ」アイザックさんが力強く答えた。
「おわー、クサイのじゃ師匠! 聞いとるこっちが恥ずかしい!」
「成長、ねえ――」
そういう言葉をかけられるのは、なんだか水臭い上に、泥臭い。
でも、不快ではなくてむしろ清々しい気分だった。
「――ときにコーキ君」アイザックさんが急に神妙な面持ちで言った。「話は変わるけど」
「は、はい? なんでございましょうか」先刻のブラックアイザックさんを思い出して、思わず畏(かしこ)まる。
「君が失踪している間に、冒険者学校の教授とコンタクトを取ったんだ。」
「あ……」
完全に忘れてた。
俺はもうすっかり忘れていて、めでたしめでたし、後はこのまま家に帰って、それからは研究所の弟子としてほのぼの暮らすつもりでいたし、そんな計画を頭の中で描き始めていた。
今パーティー解散したらダメじゃないか。
「そしたらね――」
アイザックさんは懐から数枚の紙切れを取り出した。
「どんどん話が大きくなっちゃって、最終的にはごらんの有り様だよ」
そうため息をつくと、皆に見えるようにその長方形の紙切れを差し出してきた。なんだろう。
「んん、どういうことです? えっと、なになに……って、えええ!!」
俺は字面を見て仰天した。
「さ、サイバード・シティって……」
紙切れには、『サイバード・シティ特別入国許可証』と印字で記されてあった。
その他注意事項と一年間の期限が併せて書かれている。
「い、いったいどうしたのじゃ、これ」
カリンが目を見開いておののくように言った。
それもその筈、持っていればレベルに関係なくサイバード・シティに入れるというこのチケット、とても貴重なものなのだ。
話を聞くと、俺の失踪している間にアイザックさんが教授とのコンタクトを済ませておいたという。
問題はその内容で、ブラッドの言っていることは真偽不明のとうてい信じられない話、とは言え専門家アイザックさんのお墨付きがある。
それで困った教授が自分の一存では決めきれずに研究者仲間に報告。そして最終的になんとサイバード・シティの研究機関まで俺たちを招致、そこで上の人間が直接話を聞きたいという大きなスケールの話にまでなったのだ。
「それって……」
「ああ。ブラッドの主張する“気”というチカラのこと。つまり、君の毒の手の謎を解く鍵となる重要な手がかりがそこにあるってことだ。
君がいない間に教授と話をつけた、そしたら話がどんどん大きくなって、サイバード・シティの人間と会うことになってしまった。
返事と共に僕の研究所に送られてきた書類がある。加えて、これを書いた博士から一言だけメッセージを預かっていた。
『毒手の全てがここにある』、とね」
ぽす、と一枚のシートを渡される。俺は再び仰天した。
「嘘だろ……これ、全部――」
そこには、四角で区切られたいくつかの項目とともに、俺の今まで習得したスキルについて詳しく書かれていた。まだ習得していないぶんは、ブラッドが持っているものについても記述があった。その中には、未だパーティの仲間以外には見せたことのない技、未習得の技もあった。
「なぜ、こんなものが……」知らない技が載っているのは、ブラッドも同じだった。
「お主らのチカラが、この一枚の紙に、か」
カリンが呟く。
「じゃあ、これって…… 本当に」カティアさんが食い入るようにシートを見る。
「……サイバード・シティか」
「レイラ……」
サイバード・シティ。その語を見て、エルがレイラに目配せをした。
俺は自分の意思を伝える。
「――隠ぺいされたエルの事故。
その博士とかいう奴、どっちにしろ、サイバード・シティのトップなんだろ。もう責任者は代わってるのかもしれないけど、関係無い。
ガツンと言ってやらなきゃ、気がすまん。
まったり暮らすのはそれが済んでからだ」
アイザックさんは解答を聞くと、噛んで含むように言った。
「王国の内にありながら、隔離されるように佇む異文明の街……そんな場所のトップなんだ、一筋縄ではいかないだろう、いろんな意味で。
――サイバード・シティ。そこで、君の全てが分かる」
(6章に続く)
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