毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

5-9


 ***


「!」


「ここ、もう緑のかけらも無いじゃないか……」

 街だった風景がぱっと切り換わった。

 山に似つかわしくない場所。もはや、住宅街ですらない。

 金属製の廊下の冷たい壁。
 通りすぎる部屋の開いた扉からは機械類がのぞく。コードに繋がれたむきだしの機械がややグロテスクだ。立方体の装置に取り付けられた赤や緑のランプが点灯しているのが部屋の外からでも分かった。

 廊下を歩く度に鉛色の厳重な自動ドアが開く。
 ドアは全員が通りすぎるのを確認するとひとりでに閉まった。それを見る度に、このまま閉じ込められやしないかとハラハラした。


 入口が完全に閉じた部屋のほうが多く、その扉の右側には四角い表札のようなものがついていた。どうやらカードキーが無いと開かない仕組みらしい。


「やっぱり、この設備――サイバード・シティと一緒だ!」周囲の風景を見てアイザックさんが言った。


 つまり、サイバードシティの再現。


 というか、アイザックさん……

「知ってるんですか?」


 ここはどう見ても研究所。俺はある可能性に気づく。まさか、彼は?


「――アイザックさん、もしかして昔、ここの研究員だった?」


「……いいや、昔、見学で見たのを覚えていたのさ!」


 見学。
 俺も冒険者学校時代の調合科の見学として特別にこの研究所に行ったから、言われてみればその時の景色だ。
 今の説明には何の変哲も無い。

 なのに、今の態度、なぜだろう。怪しい。研究者アイザック・ファルガーモは何かを隠している? 
 さっき、温厚な彼がマジギレしてブラック化したのと、何か関係があるんじゃないか――?

 そうは思ったが、余計話がこじれそうだったので黙っていた。


 ***

 なおも歩くと、どこからか声が響いてきた。


『放送開始っ。ポチっとな』


 なんと、ウタの声だった。

『あ、あ、てすてす――ただいまマイクのテスト中です』声は研究所の廊下の上部に取り付けられたスピーカーから流れてきている。

『むかしむかし、あるところにレイラ様と、それからエルという少女がいました』


「ウタ! どこだ、どこにいるんだ! 私たちは君の魂を探しに来たんだ、隠れてないで出てきてくれ!」


「そう焦るな。これもあの魔法娘の想像に過ぎない」


「あっ! また景色が……」


『二人はとっても仲よしでした』


 どこかの家の中で。二人の少女が仲よく遊んでいる。

 幼いほうがレイラ。

 もう一人が彼女より歳上らしい、知らない女の子。

 彼女がエルという人だろう。

 カティアさんが部屋に入ってきて、二人にお茶とお菓子を出す。

 平和で幸せそうなワンシーン。


 背景は再び、サイバード・シティの研究所へ。


 大きな部屋の中央。


 そこにエルが、装置を頭に被せられて機械に繋がれていた。


 部屋の隙間から覗いていたのは、幼き日のレイラ。

 景色が切り替わり、エーテル・エペの街へ。


『レイラ様、あの時はまだ剣じゃなくて調合が好きだったんだね~』


 流れる映像を見る限り、彼女は飛び級で冒険者学校へ行った。
 そして結果的にエルと同じ学年になったということらしい。


 背景は再び研究所に戻る。

 レイラとエルは冒険者学校調合科の課外研修でこの研究所を見学していた。


 レイラと大きな部屋、その後ろの廊下には『この先関係者以外立ち入り禁止』の看板。


 一般人が入れない筈の場所なのに。

 どうして彼女があそこにいるの?


 部屋の前で首をかしげるレイラがそう言っているように見えた。


『エルはね、実は特別な人間だったんだ』


『それで、研究所側は冒険者学校に見学を無償提供するふりをしてまで、エルの体から“それ”を取り出そうとしたの』


 それ?

 コードに繋がれたエルの胸元に宝石のようなかたちをした光が浮かび上がる。


 ウタの声は言った。


『“ラボノエシス”。それは百万人に一人が持っているとされる特別な魔力。

 魔力と言っても、それが本人の魔法の才能にはまるで影響を与えないの。

 普通に生活するぶんにはなんの支障もないし、こんな大層な実験でもしない限り、その存在に一生気づくこともない。

 だから、それを宝石型のコアというかたちで秘密裏に摘出する筈だったの。というか、彼らが一方的にラボノエシスを欲しがっていた。

 ――この世界を掌握するためにね。

 研究所のトップであるベルシャウン・クロック博士は、私利私欲のためにエルをだましたのよ』


「それって……」

 それって、つまり、サイバード・シティの権力者が世界征服を企んでいるということか!?


 ラボノエシスがなんなのか、それをどうやって利用するのはわからない。けどやばいことなのは直感的にわかる。


『どっかーん! 爆発事故!』

 ――いつかと同じ声と共に、

 ――閃光。


『実験は失敗し、エルは大怪我を負いました。彼女が意識不明になったのを良いことに、事故は反乱分子によるテロとして処理され、サイバード・シティ側はエルがそれにたまたま居合わせた不幸な生徒ということにしました。


 ……しかし、唯一その秘密を知っている人がいました。

 そう、ドアの隙間から一部始終を見ていた、レイラ様です』


 そこで彼女の声が切れるようにして途絶えた。


 ***


 と、次の瞬間、突然俺の耳にブザーの音が聞こえてきた。


 音は廊下の上のスピーカーから。

 それから無数の足音。


 過去の回想が中断された次の刹那、俺たちを取り囲んでいたのは、銃を持った兵士と武装した研究員達だった。


「侵入者だ!」
「くっそ、どこから入りやがった!」
「俺はこいつらを押さえておくから早く本部に連絡を!この事故のことが世間に知られれば、まずいことになるぞ!」
「……いいや、しかし……」
「いいから早く行け!折角の地位と積み重ねてきた功績を失いたいのか!」
「…………くっ、承知しました」
 一人の男が早足で去っていった。


「侵入者め、覚悟しろ!」


 残った研究員の一人はそう言うと、銃を向けてきた。

 後ろの兵士達が同じように銃をかまえる。


 これが、さっき言ってた精神世界の妨害か――。


 兵士と研究員が襲いかかってきた!


「ほう、そちらがその気なら、こちらも行くぞ」ブラッドが突然の状況にも動じずに構えた。

「でも……」カティアさんが身を引く。


「ためらうんじゃない!」

 アイザックさんが叫ぶ。
「兵士も研究員も、精神世界の見せる幻覚だ!皆、惑わされるな!」

 そう言うと、おもむろにポーションを投擲した。

 灰色のラベル。スモークポーションだ。

 スモークポーションの瓶は床に落ちるとガシャンと割れ、もくもくと煙を発した。

 煙は研究員達に当たる。


「ゲホッ、ゴホッ、なんだこれは!」


 煙が晴れると、全ての兵士と研究員の手から銃が叩き落とされていた。


 次の瞬間、丸腰になった彼らは右から順番に倒れていった。


「……手応えが無い。つまらん」
 俺が視線を向けると、ブラッドが最後の一人の腹にパンチを入れているところだった。


 倒れた研究員と兵士は、その順番で霧状になって四散した。

 これは所詮まやかし。生身の人間じゃないんだ。そう思うとためらいが無くなった。


「まだまだ来るぞ!」

 俺は叫んだ。


 兵士と研究員の組み合わせ。


「侵入者だ!」
「くっそ、どこから入りやがった!」
「俺はこいつらを押さえておくから早く本部に連絡を!この事故のことが世間に知られれば、まずいことになるぞ!」
「……いいや、しかし……」


 第二波の彼らは先程と一字一句同じ言葉を発して襲いかかってきた。

 俺は左手を構え、発射する。

「ベノムバルカン!」


 出の早い技の先制攻撃。

 毒弾の射撃で兵士の銃を叩き落とす。

 同じパターンなら対処は簡単だ。


「そりゃあ! 連射を食らうのじゃ!」

 弓を引いたカリンの放った矢が研究員の上に降り注ぎ、打ち込まれた。


 攻撃が当たると、幻影の研究員は煙になって消え去った。


 カティアさんが斧を一振りすると、まぼろしは湯気のように吹き飛んでいった。


 第三波。

「侵入者だ!」
「くっそ、どこから入りやがった!」
「俺はこいつらを押さえて――」


 く、まだまだいるのかよ、これじゃあきりがない。


「全く、これではらちが空かん。

 ――『怒りの瞳』!」


 レイラの目が片方だけ赤くなる。
 それに睨まれた兵士がどさりと倒れこんで、今までと同じように消えていった。


 ドミノのように倒れたその後ろには、第四波、第五波の人影が既に待機しているのがちらりと見えた。

 おいおい、冗談じゃない!

 レイラも気づいたようで、剣を構えた。


「――こうなったら、一気に片付ける。体力はなるべく温存したかったが。

 ……『レッドクラフト』」


 彼女は技名を言うと、横に切り結んだ。


 紅い衝撃波が奥の隊列まで届き、兵士達を全滅させた。


 振り抜くスピードと衝撃波の速さで直感した。


 ――強い。ブラッドに匹敵するかもしれない。


 少しばかりスキルを忘れただけでは、秀才の名は折れないようだ。


 ***

『意識不明になったエルにレイラ様は悲しみ、それからサイバード・シティに憤りを感じました。でも、巨大な組織相手ではどうにもならないこともまた、彼女は知っていました』


『だからレイラ様は、エルを助ける方向で行きました』



『看病の甲斐なく……エルは……』


「! ちょっと待て! そんな筈無い!」

 叫んだのはレイラだった。

「エルは、エルは、私が調合で死なせてしまったんじゃ?」


「だから、あれは自然死だったの。

 レイラは悪くない、悪くないから」


 思うに、彼女は記憶が混乱していた、ということか。

 レイラが釜の前に立ち、せっせと薬を作っている。


 そして、その調合は無事に成功した。

 レイラがエルに完成した薬を飲ませる。

「嘘……」


「あなたは薬を作ることには成功したの。

 けど……」


『その甲斐なく、エルの状態はいっこうによくなりません』


「……」


『だから、レイラ様はもっと調合を勉強しました。


 そして見つけたのが、ある分野でした』


「――ホムンクルス」


 レイラは呟くと頭を抱えた。

「……ああ、……思い、出した。思い出して、しまった……」


『今度はホムンクルス分野を取り入れた秘薬を作ろうとしたレイラ様。


 しかし、エルは秘薬が完成する前に亡くなりました』


「私はレイラに何度も説明したけど、信じてはもらえなかった。私自身、彼女をかばってる節があるから、それが仇になったみたいです」


「そうか、この辺りの記憶、前後があやふやになっていたのか……」


『この秘薬、厄介なのはその製法。作るのが大変なんです。

 レイラ様は釜に張り付くようにして三日三晩、薬を作り続けました』


『そして、エルの容態が危険だということを聞きます。


 その知らせに慌てたんでしょうね、レイラ様が目を離した。

 その隙に作りかけの釜が――』


 禍々しい黒い光。


 幼き日のレイラが突っ伏している。


 そして、釜の中から煙が立ち上ぼり――、


『――もうひとつの事故は、起きました』


 ***


 釜の中から出てきた霧状のできそこないの魔物は、精神世界のレイラではなく、現実の俺たちのほうを見た。


 そいつが釜から出ると霧が固まり、その輪郭をはっきりとさせた。


「来るぞ!」


 調合生物ホムンクルスのできそこない。


 調合釜から煙のように出てきたそれが、俺達に敵意を示した。


 釜から上半身だけを出す七メートルほどの巨大な怪物。


 発達した両腕の先には鋭いかぎ爪がついている。

 大きな翼が生えたその姿は、以前戦ったことのあるガーゴイルに似ていた。


 腹部には繭のような丸い部分があり、中に赤く光る物体がある。

 網目の隙間から赤いコアが見えた。


「あの赤いのが、ウタの魂の核だろう」
「つまり、あいつを倒せばウタは――!」
「ここが正念場じゃな」
「ダンジョンならボス戦、ですね」
「……久々に面白くなりそうだ」
「行きますよっ!」


 絶望と悔恨のホムンクルスが襲いかかってきた!


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