毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

5-7

「し、師匠……」


 ガラリと人が変わったようなアイザックさんを見て、思い詰めたような表情をするカリン。


「おい、アイザックさんどうしちゃったんだ?」


 袖口を引いてカリンに耳打ちする。


「――黒師匠は、わしも一度だけ見たことがある」


 カリンは回想するように言った。


「昔、調合の事故で大怪我を負った町人がいての。
 そやつが専門家である師匠に問いただされて、その調合は遊び半分でやったものだと言い訳すると、今のようにマジギレしたのじゃ」


「調合で、大怪我――、具体的にどんな事故だったんだ?」


「ホムンクルスの生成失敗による複雑骨折」彼女の言った単語は、数日前の俺ならば聞き流していただろう。


「ホムンクルス……。そういえばあの本!」


 記憶の隅から、先日ウタの隠れ家でめくった本のことが引き出された。


 ハードカバーのタイトルにはたしか、魔法生物体の文字。


「たしか、調合だけじゃなくて、魔法の知識も求められるんだよな」


「よく知っとるのう。それも生半可な魔法知識では到底無理じゃ。

 あの師匠でさえ避けるほどじゃからな。ホムンクルスの実験は。

 ちなみに裕福な冒険者が稀に連れているホムンクルスは、ほとんどが法外な値段での裏取引によるものじゃ」


 うまくいかなくて、と言ったウタのことを思い出した。


 カリンの話とこの状況とが重なる。


 にわか知識での調合実験でケガをした町人と、度の過ぎた魔力の酷使で昏睡するウタ。


 二つとも同じようなもの。


 じゃあ彼女が危険なことをして、アイザックさんは――、


「――もしかして、お怒り?」


「そのようじゃ」


「おい、聞こえなかったのか」黒アイザックさんがドスの利いた声で睨み付けてきた。


「ヒイ!」思わず姿勢を正す。


「肉体というホックに魂というボタンを掛けなおすために、先ず通常は、結界にできた綻びから、術者の精神世界に侵入する必要がある」


「精神の世界って、つまり、ココロの中?」


「そうだ。そして精神世界は術者の記憶や心的要因から形作られている。

 彼女――ウタと言ったな――の心が反映されたものだ」


 それって、間接的に心の中を覗いてるようなもの?
 こんな状況でつべこべ言ってられないのは分かっているが、なんだか後ろめたい気がする。


「いったいどうやって入るのじゃ、師匠!」


「――だが今回は少し特別なようだ。

 結界に綻びが生じ、術者の魂が肉体から離れた時点で、俺たちはもう、精神世界に侵入している。

 ……言わばこの山が既に、彼女の精神世界に侵食されているのだ」


「なんと……」カリンが信じられないというように目を丸くした。


 つまり、この山そのものが、既にウタの心の中になり代わり始めているということか。


 何か変化は無いかと思って空を見ると、さっきまでの晴天が嘘のような空模様。

 真っ黒い雲が天にまとわりついていた。


「……違う」


 あれは雲じゃない。俺は絶句した。


 雷雲だと思っていたものは、無数の魔物達。

 こぼれそうなほどの魔物は、しかし、一匹として地上に落ちてくることは無かった。
 手足が藁のように細長いそれらが、収穫カゴからはみ出た薬草のごとく、空いっぱい、ぎゅうぎゅう詰めになって押し込められているためだ。

 あれは――、本の挿絵で見たホムンクルスの一種!


 精神世界の侵食は、既に目に見えるようになっていた。


「な、なんじゃあ、あれは!?」


「ほう、我も長く生きて各地を放浪しているが、他者の心の中にまでは踏み入ったことは無いな」
 黒アイザックさんの話を聞いたブラッドが空を見つめながら愉しそうに言った。


「……この精神世界のどこかに、彼女の意識の核となっているものがある筈だ」

 そう言って暗闇の深まる山を見回すアイザックさん。


「その、意識の核、を見つければいいんですね」


「だが、俺たち外部者に対する激しい妨害も予想されるため、彼女の意識までたどり着くのは至難の業だ。

 …………そういうことだから、わかったかい?みんな」

 世界の終焉とも思える絶望的な空模様を背に、アイザックさんの雰囲気がぱっと切り替わる。
 何事もなかったかのようにいつもの調子で言うアイザックさん。

 元に戻った。


「ああ、怖かった……」


 カティアさんがぼそりと言った。

 妹のほうはいつの間にか彼女にしがみついていて、俺の中でのレイラのイメージがどんどん崩れていく。


 そう言えば、アイザックさんだけでなくカティアさんも少年窃盗団相手に豹変してたっけ。


 この二人はなるべく怒らせないようにしよう。俺はそう固く強く決意するのであった。



「さぁ、皆で彼女の魂を探しに行きましょう!」


 カティアさんが斧を天空に掲げた。 


 ウタ――、目を覚まさせて、絶対に話の続きを聞き出す。




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