毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

4-8

「……あ」


 レイラは俺に気付くと、


「――お前がなぜここにいる?」

 驚いたように言った。

 それは、俺に対して言ったようにも、自然に漏れた独り言のようにも思える声色だった。


「……」


 答えることが出来ない。


 室内の空気は今、煮こごりのゼリーのように重く固まっている。


 そこに誰かが入ってきた。


「あれっ、どうしたんですか、レイラ様?

 そんなところで固まっちゃって」


 ウタと呼ばれていた先ほどの女子生徒だった。


 レイラは彼女に構わず続ける。


「あの時は気がつかなかったようだったが、黒染の森へ向かう途中のお前達とすれ違って以来だよ」


 あの時、一年ごしの冒険に行く途中で、彼女と出くわしていたというのか?
 そういえば、何度か他の冒険者達のパーティーとすれ違った――。あの中に彼女が混じっていたなんて。


「あの時は身内がいたから諦めたが、今なら何の問題も無いさ」

 身内? どういうことだ?

「どんな理由でここにいるかは知らないが……」


 青かった瞳の色が、怒りの赤に変わった。


「自ら現れた以上、相応の覚悟はできているということで良いな?」


「!!」


 感じるのは殺気。それはピンポイントで自分へと向けられていた。


 レイラが背中の剣に手をかけた。怒りの瞳がまっすぐ俺を見つめている。


「レイラ――」


 その時、彼女と俺との間にひとつの影が割り込んできた。

 ラカーンだった。


「ええい、私のじゃまをするのか、ラカーン!」


 赤い視線がラカーンを飛び越え、再び俺にぶつかる。


「お待ちくだされ!私が様子を見るに、コーキ様はレイラさんが師範を始めたことを、知らなかったようなのです!! 

 つまり、彼が今日ここに来たのも偶然であります」


「師範……」


 ああ、そういうことだったのか。
 あの後、彼女はここの教官になっていたんだな……だから今、こうしてばったり再会してしまった。


「ならば、どうしてその男をかばうのだ!」


「それは、彼が親衛隊の面々と心を通じあった仲だからです。

 我々はコーキさんの意見にいたく感銘を受けました」


「心を通じ合うような出来事なんて身に覚えが無いんですけど……」どうやら俺はいつの間にか絆を育んでしまったらしい。


「??? 何を言っている――?」


 ラカーンのずれた解答に、さっきまで怒り顔だったレイラも困惑ぎみだ。

 話の腰を折られたのに合わせて、『怒りの瞳』――彼女の目にまつわる特殊能力の一つだ――が鎮(しず)まり、両目の色が元に戻っている。


「レイラさん、今一度考え直し、どうか寛大なご判断を!」

 カンザクが助け船を出す。

「我々を負かしたコーキ殿は最高のお方。 

 こんな良将を失うのはあまりにも惜しいでござる!」


「――負かした?」


 その言葉を聞いて、レイラのまぶたが弾けるようにつり上がった。再び『怒りの瞳』が発動する。


「ええ、我々の完敗でござった」カンザクは空気が読めないらしい。


 レイラの視線は、俺からラカーンへと移る。


「こいつに敗北を喫しただと!?

 ふざけるな! お前は私の断りなく『親衛隊』などというものを作った上に、あげくの果てには奴に負けたというのか!?」


「え、ええ。たしかに対決はコーキさんの勝利でした。
 しかし、これはただの討論会で――」

 ラカーンが青い顔をして答える。首の下に冷や汗が伝っていた。


 勝手に親衛隊を作った、と言うことは、つまり彼らは単なるレイラの追っかけだったのか。

 あのテンションを見て薄々そんな気はしていた。


 外野からぽつりとブラッドが呟いた。「……どんなかたちであれ、勝負は勝負よ。結果は変わらぬ」 ――この戦闘狂は。


「もういいラカーン、下がれ」


 レイラは吐き捨てると、話を戻すかのように言った。


「コーキ、黙っていないでなんとか言ったらどうなんだ?」


 俺は重い口を開く。


「……すまない。まさか、また会ってしまうなんて――

 あれ以来、冒険を止めてなるべく人目も避けて来たというのに」


「その結果がこれか」


「――本当に、申し訳なかったと思っている」


「私は謝罪を聞きたいわけではない」


「……」


「言い残すことは無いな」


 チャキ、という短い抜刀の音。
 構えられる刃。

 剣を抜いたレイラに、外野のカリンとアイザックさんが息を呑むのが見えた。

「おいコーキ、下がれ! この空気、明らかにマズイのじゃ!」
「危ない!」


「……」俺は自分の武器とも呼べる左手で後ろの二人を制した。つまりはそういうことだ。
 抵抗する必要なんて、無い。


「二度と私の前に現れないようにしてやる」


 思えば、当然の結果だった。

“天才”と称され将来を期待されていた彼女から翼を奪っておいて、自分は責められるのが怖いから逃げ出したいなんて、そんな虫の良い話は無いんだ。

 もはや、抵抗はするまい。


 俺は目をつぶった。


 ――と、その時、

「――そこまでよ」


 聞き覚えのある声とともに、ドアを蹴破って乱入してきた人がいた。


「……お、お姉ちゃん?」


 お姉ちゃん。

 クールでトゲのあるレイラの口調からは到底想像出来ない単語が発せられたことに驚く。俺はゆっくりと薄目を開いた。

 その人物は、さらに予想外だった。


「……カティアさん?」


 お姉ちゃんと呼ばれたその人は、ほんの少し前にパーティーを組んだ彼女で間違いなかった。









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