毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

4-7


「それでは始めて参りましょう!

 各チームは五分間のシンキングタイムののち、発表をお願いします!」


 話し合い時間が始まると、アイザックさん達が寄ってきた。

「状況が飲めない…… レイラっていうのは君とどんな関係があるのさ?

 ここの学生なのかい?」


「ええと、彼女は既に冒険者学校を卒業していたはずなのですが……

 どうして学校にいるのか、俺もわかりません。それに親衛隊なんて、いつのまに出来たのやら」


「ブランクを負わせたとかなんとか……

 もしかして、君が以前冒険を止めた理由って、その人が絡んでいる? 」


「――はい」正直に答えるしか無かった。


「コーキ……」カリンが複雑そうな顔をしている。何か言いたそうな感じだ。


「なるほどね…… もっと聞きたいことはあるけど、今は――」


「今は勝負に集中しろ」

 口を挟んだのはブラッドだった。


「あ、それ僕の台詞!」


「お前の過去に興味など無いが、今はただ戦え。

 どんなかたちであれ、真剣勝負である以上は全力をもって望むのだ。良いな」


 俺へのその言葉は冗談でないことが、彼の表情を見てわかった。


「……まあ、やってみる」

 どうすれば良いかは分からないが、うなずいた。


「こんな、おふざけでもかの?」横から見ていたカリンが言った。


「こんなおふざけでもだ、小娘」


「小娘言うな!」


 彼らの言い合いを眺めながら、議題のことを考えてみようとする。


 ラカーンから説明されたのは、討論に俺が勝てば親衛隊からのお咎めは無し(レイラへの報告についても説得に善処するとのこと)、そのかわり負けた場合は腕を折られるというこちらに利の無いものだった。

 しかし、身内であるラカーンがジャッジを下す以上、出来レースにしかならないと思うのだが。


 敵チームに目を向けると、まるで円陣でも組んでいるかのような熱気が立ち込めていた。
 こんなバカらしいお題に、それくらい真剣に向き合っている。


 ブラッドは全力で望めと言ったが、この雰囲気にどうやって乗れば良いのか。


 えーと、議題は『真のレイラさんファンを決めるにはどうすれば良いか』だろ?

 あ、俺は別に「さん」付けしなくてもいいよな。って、そうじゃなくて。

 ショートケーキの上のイチゴって、正直不確定要素だよね。甘くてふわっとしたケーキ本体に対して不釣り合いなほどにみずみずしくてシャクシャクしてんだから……

 イチゴはスライスしてケーキの断層のクリームにサンドしてあるほうがよっぽどありがたいよ俺は……


 あーだめだ…… アホなことしか考えられん。


 ***


「五分経過です」


 ……結局、何も思い付かなかった。

 ああ、神様……


「発表順は、コイントスで決めさせていただきます。


 数字の面が出たらコーキさん、図形の彫ってある面が出たら親衛隊チームの、先攻とします」


 ラカーンが俺にコインを渡し、どこにも仕掛けが無いことを確認させた。


 彼は再びコインを受けとると、教室の真ん中の空中に放った。


 チャリーンという音がしてコインが止まった。


 俺は祈るような気持ちで硬貨を見た。


 天井に向けた面には、10Gと書かれてあった。


「数字の面が出ましたので、コーキさんからですね。

 それではお願い致しま~す」


 なんてこった。俺の先攻だ。これで相手のターンの間に考えるという最終手段も取れなくなった。

 どうする!?


 とりあえず思い付いたこと言ってみるしかねえぞ。


「……」


「どうしましたか?まさか、何も思い付かなかったんじゃ無いでしょうね」


「――い、いや滅相もない! ちょっと頭の中で整理していただけですから!ハイ!」


 もちろん嘘だ。絶体絶命。


 何か言わねば……


 教室の中を見渡し、理由もなく視線をさ迷わせる。

 視線を自分の机の上に戻すと、ふと自分の腕、いつもはめている左手のグローブが目に入った。


「あー、そ、そうだ! 実は俺、毒手使いなんですよ! 簡単に言うと、左手から毒を飛ばして攻撃できます」

 とっさに出たのは、時間稼ぎにしかならない自己紹介だった。


「知ってるでござるよ」今まで相手チームの中に混じっていたカンザクが言った。


「ほう、初耳ですなぁそんな能力。後でそのチカラのことを教えてもらいたいものです。

 で、それと真のレイラさんファンの決め方がどう繋がってくるのですか?」


「せ、説明は今は省くとして、この毒手の発想を生かせれば、うまいこと真のファンを決めることができると思います」


「ふむ。それは、具体的に?」


 左手の毒手を見つめていた俺の脳裏に、一個のアイデアが降りてきた。人間追い詰められると、何かしら閃くものだ。
 もう、それがメチャクチャかどうか判断しているひまは無い。
 頭に浮かんだそれをそのまま口から放出する。


「まず、レイラさんの握手会を開催します!」


「ほうほう」


「握手の前に、彼女に解毒薬を飲んでもらいます」


「解毒薬? なにをするつもりなのです」


「レイラさんにはあらかじめ手に毒を塗っておいてもらいます! それで集まったファンが一人ずつ時間制限無しで彼女と握手できます!

 そうやって毒を受けて、一番長く立っていた人が真のファンになれると思います! 解毒薬が嫌ならいっそ、彼女に毒手を習得していただきましょう。

 あー、えっと、以上です!」


 後半はもう、何を言っているのか自分でも分からなかった。


 言い終わったとたん、討論会の会場がしんと静まり返る。


 誰も何も言わない。

 ただ、カリンとアイザックさんが二人、頭を抱えている。


 これは、やってしまったか……?


 もう、俺の負けは確定だろう。
 くそう……


 しかし、


 ――パチパチパチパチ――


 一人のした拍手で、場の流れが俺にあることが分かり始めた。


「素晴らしいアイデアでござるよコーキ殿!!」


「へっ?」


 拍手をしたのはカンザクだった。


「実現可能かどうかはともかくとして――我々の討論会は基本的に夢物語でござるからな――、なんとも斬新でござる! ラカーン殿はどう思われるか!?」


「……突っ込みどころは満載ですが、発想力は認めましょう」


「なるほど、それなら目に見えて真のファンが分かるな!」「その発想は無かった!」

 回りの親衛隊員も口々に歓声をあげる。


 ……なんだか知らないけど、うまくいってしまったみたいだ。


 親衛隊の歓びはそれだけでは止まらず、隊員のある一人が言った。


「こんな突飛なことを考え付くなんて、マジすげえ変態的なイマジネーションだぜ。

 これはもう、俺らの負けだ。 ジャッジ、もうこいつの勝ちで良いんじゃね」


 変態的って、仕方無いだろ、とっさに浮かんだことそのままなんだから。


「そうだぞ」「こりゃ敵わねえや」「俺らなんか、『レイラさん直々に選んでもらう』とか、そんな凡庸な案ばっかだったからな」


「と言うことで、 ラカーン殿、どうか彼の勝利を宣言してくれでござる」カンザクが言った。


 ラカーンは、
「ふむ、なんだか納得出来ませんが、ワタクシ以外が感銘を受けているのなら仕方無いです。

 民意には従いましょう」

 そう頷くと、左手を挙げた。


「コーキさんの、勝利いいいぃ!!」


 なんか勝っちまった。


 三人が駆け寄ってくる。


「フ、おめでたい連中だな」

「よく分からないけど、助かったみたいだね」

「さっき言ったのは、前カティアにしてもらった握手で思い付いたのじゃな! ここに居ないのが残念じゃよ」


「いや、別にそういうわけでもないんだが……」

 そう言えば、カティアさんはどうしているのだろう。

 他の冒険の先約があると言っていたが、どんな仕事だろうか。


「約束通り、コーキさんは解放します」ラカーンが言った。


 カンザクは感動したように俺の手袋をした手を握り、

「たしかにレイラさんの敵ではあるが、コーキ殿も、彼女を愛するという点では心の友でござる!」

 そう言って覆面の奥から目を輝かせた。


 いや、俺別にファンじゃないからな?


 そう思ったが、ここは黙っているのが懸命だろう。


「「「コーキ殿、最高!!」」」


 親衛隊員達に称えられ、変な気持ちだ。


 苦し紛れの思い付きである、毒握手でまさかの勝利。

 この前ブラッドに得体の知れない強スキルをもらったわりに、最初に活躍したのはそんなスキルとかでも何でもなく、とっさに考えたそれだった。うーん、なんとも皮肉だ。


 ――と、


 ガラリ。


「……あ」


 ドアの開く音で、空気が一変した。



「……お前たち、なにをしている」


 聞き覚えのある鈴のような声に、首筋がひんやりとした。


 教室のドアを開けて入ってきたその乱入者に、場がしん、と静まり返る。


「教室棟のほうが騒がしいと思い、訓練が終わって見に来たら…… なんだこの有り様は」


「レ、レイラさん! これにはわけがありましてねぇ――」ラカーンが慌てる。


 親衛隊員たちの盛り上がりは、彼女の声を受けて緊張に変わった。


 入ってきたのは、先ほど体育場で見たレイラだった。


 髪を後ろで束ねた彼女の、青い目。

 その宵闇の青が、俺の姿をとらえた。





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