毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

3-8

 橋の下には人々がたむろしていて、まるで地獄の吊り橋から落とされた亡者達のようだ。


 俺はなるべくそれらを見ないようにして早足で駆けぬけた。


 そして、建物があるスラム市街に入る。


 それなりに粗末ではあったが、橋を渡る前の街と同じように市場があり、手前には日用品類とわずかばかりの食べ物が並んでいるが、奥のほうには武器・防具やアイテムが信じられないくらいの格安で売っていた。


「見てくださいこれ! 向こうと桁が一つ違いますよ」


 そこにあったのは魔法使いの着るふわふわした軽い防具、魔導コートである。
 俺は思わず手にとりかけたが、襟に名前のイニシャルが刻まれているのを見て、盗品であることを理解してやめた。


「あらぬ疑いをかけられないためにも、買わないほうが懸命だね」


 アイザックさんが腕を組んで言う。


 ここはほとんど闇市のようなものだろう。
 ブローカーによる横流しの品も、スリや万引きで手に入れた盗品もあるに違いない。


 と、その店先から声がした。


「あーーーっ!!」


 声は明らかに俺たちが通りがかった瞬間に発せられた。


「あっ! お前は昨日の!」


 俺は顔を見て驚いた。


 彼は昨日の強盗団の中にいて、あの男の強さにいち早く気づき、ただ者じゃあない!と言い切ったあの少年だった。


「どうしてお前がここに?」


「そりゃ、こっちの台詞だ! なんで一般人どもがこっちに来てるんだよ!」


「まあ、あの後いろいろあってな」


 俺はあのあと男と決闘になり、彼を探していることを話す。


 俺の話を聞いた少年は、「あいつなら知ってるかも、と」他の仲間をひとり呼んできた。


 昨日の強盗団だったというやつにしては意外と友好的で驚く。


 呼んできた少年が言う。


「俺アイツ、見たことがあるよ。

 もしかしたら、抜け道のとこかもしれない」


「抜け道?」


「ランプリットの端っこに森があって、そっちには滝があんだけど、アイツがあそこで滝行してるのをたまに見るよ。

 滝にはスラムから直接行けるんだ」


「そこはどのへんだ?」


「教えてやってもいいけど、代わりになんか買え」


「はあ?」


「情報料だよ。そのへんの武器なら安いだろ?」


「でもこれ、盗品とか横流しじゃ……」


「じゃあ魔物の素材でいい。これは俺が狩ったやつだから安心しな!」


「まあ、それくらいなら。」


「デザートウルフの毛皮、1000Gな。」


 釣り合わない値段に、思わずぶっと吹き出す。


「たっか!他の商品は安いのに、ぼったくりじゃねえかよ」


「じゃあ600Gでいいよ」


 それにしたって高い。デザートウルフの毛皮は200Gがだいたいの相場である。

「どうしたいらないのか?

 なら抜け道のこと、教えてやる必要は無いな」


 少年はニヤニヤと笑う。


「くっ……なかなか商売上手だな、ガキ」


「お主もわしやこの子を見て商売のやり方を見習うのじゃ」


 ふところから財布を出す俺に、カリンが言った。


「へいへい、いい社会勉強になりましたぜ」


 ***


 少年達に教えられた場所を歩く。


 スラムの西側、崩落した塀を越えるとそこはもう深い森に続いていた。


 しかしダンジョンというわけでも無さそうで、そこは清流と目に優しい緑があふれる地帯だった。魚が泳いでいるのが見えるくらい。


 どうして、人で溢れた首都の近くにこんないい景色があるのか、疑問だった。ましてや、ランプリットの闇を集めた貧民窟のすぐそばに。


「えーっと、ここをもう少し登って右に行った支流にあるらしいね」

 アイザックさんが眼鏡を直しながら地図を確認する。

「こっちだよ」


「ふおおお! 涼しい、涼しいのじゃ!」


「うわあ、きれい!

 きっとマイナスドライバーがたくさん出てますね」


「……イオンです」


 あらわになった岩肌。水に濡れて茶色っぽくなったそれに、ぶよぶよと生えるコケ。
 絶え間なくザーザーと落ちる激流が白っぽい。


 その下に、彼はいた。


「……」

 腕を組み、目を閉じて、無表情で滝に打たれる男。


 上から降り続ける水圧の槍を受けても、眠っているかのように動じない。


「おーいお前!」


「……」


 男は答えない。束ねた長髪は解かれていて、水滴をしたたらせている。


「決闘の後、毒が止まったんだが、どうしてくれるんだよ!」


「……」


「なんだよシカトかよ、手合わせしてきたのはそっち側のくせに!

 こっちは死活問題なんだぞ!

 クソみたいな能力なりにせっかく使い道を見つけて頑張ってるってのに、これじゃあポーションが作れなくなるじゃないか!」


「…………フン」


 男が鼻を鳴らした。
 そして目を閉じたまま、俺に向かって言う。


「まだ分からぬようだな」


「あ?」


「不完全さこそ、可能性の証だというのにな」


 そう呟くと、水に濡れたまま、滝壺(たきつぼ)から上がってくる。


「昔の自分を見ているようだ」


 男は俺の前に立つと、手をかざす。


「お前、何を……」


 じゃっ、と短い音がして、男の全身を包んでいた水滴が、一瞬で蒸発した。


「!?」


「返してやる」


「え?」


「毒手を、だ」


「そ、そうか、そいつはありがとう……」


「だが、ただでは返さぬ」


 そう言うと、俺の左手に自分の手を、何かを放出するようにして向けた。


「我のチカラ、存分に扱えよ」


「な、何を!?」


 紫色の光が視界を包む。


 そして、左手にいつもの感触が戻る。だけではなかった。


 俺は驚いて、男と自分の手とをかわるがわる見た。


「これって……」


 いつも以上にみなぎる感覚。


 新たな力の胎動を感じ、自分自身にアナライズの魔法をかける。


 アナライズを唱えると、胸の前の空中に光で出来た、一枚の紙を模した像が出現した。


 俺はそのシートの端に加わっていた、見慣れない文字を読み上げる。


「蝕狼撃、毒気槍――」


「な、なんじゃそれは……ショ、ショロウジジ? ど、ドッキリされそう?

 聞いたことの無いスキルじゃ」


「違う! 蝕狼撃(ショクロウゲキ)と、毒気槍(ドクキソウ)、だ!」


 男がカリンを睨み付ける。


「これはいったい?」


 俺は冒険者とパーティーを組んだ経験の中でも全く見慣れない文字に首を傾げる。


「うむ、よくぞ聞いてくれた。

 蝕狼撃は、相手を追尾して襲いかかる、狼を模した毒気を敵に向かって放つ技。

 そして毒気槍は、我が見せた剣と同じく、片手に気をまとわせ、鋭利な刀剣類――お前の場合は槍だったようだが、を形成する技だ」


「でも、どうしてこれを……」


 男は、また鼻を鳴らして言った。


「ポーションを作るなど、そのような飯事(ままごと)をするために毒手はあるわけではないし、師匠はそんなことのためにこの技を極めたのではない。

 これはただ、武の頂に到達するための、深遠なる探求の道のりなり。


 何十年ぶり、いや百年近くぶりに見た習得者が、そのような姑息な手段にしかこれを用いえぬのならば、いっそのこと消してしまおう、そう考え、先ほどは怒りから一度チカラを奪った。

 だが、お前達が再び訪ねてきて、ふと思い直したのだ。

 こいつに毒手の潜在性を理解させ、ポーションではなく、武の道に誘うのも良いかもしれない、と」


「なんだよそれ……」


「お前の毒手にはまだまだ成長の余地があるのだから、諦めずに励めということだ。

 戦ったところ、ほとんど鍛えていないようだったからな」


 あれ、もしかして良い人なのか?


 アイザックさんが、そういえば、というふうに聞く。


「コーキ君が決闘をしたら教えていただける約束でしたよね。

 あなたは、彼の特殊能力について、何を知っているんですか? 先ほど、師匠や千年前、などとおっしゃっていましたが、毒手とは、いったい……?

 それから、まだ名前を聞いていませんでしたね」


 男は、俺の腰をちらりと見ると、答えた。


「……ブラッドだ」


「――絶対偽名ですよね、それ」


 俺が自分の腰を見ると、道具袋から、ブラッドポーションの赤いビンがのぞいていた。


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