毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

2-6

イメージがそのまま願いとして叶えられた。


そうだとすれば、俺は自らこのチカラを「使えない能力」にしたことになる。


――でも、まだ認めるわけにはいかない。


俺は無い頭で必死に考える。
たとえ筋が通っていても、俺が認めたくない。


「――そもそも、どうして俺ごときの願いが受け入れられたのでしょう……いくら強い願望だと言ったって、神様の、」


そうだ、なぜ叶ったというのだ。いくら本気でも、所詮は中二病の妄言、あんなふざけた願い。


俺はクラクラする頭で言葉を組み立て、なんとか質問をぶつける。


否定して欲しい。その仮説ごと、否定して欲しい。ただただそんな気持ちだった。



「それこそ本当に、神様の気まぐれかもしれない。


本人にでも聞いてみないと分からないことだけどもね。


どっちにしろ、願いが叶ったことは揺るがない事実。


ああまったく、いったい君は運が良かったのやら悪かったのやら……」


なんてことだ。それが本当なら、俺は……、俺が傷つけたのは――、


「おーい、二人とも何しとるのじゃ!もう出口まで来たぞー!」


カリンが離れた俺たちを大きな声で呼ぶ。


俺は我に返る。


「仮説だから、ね――」


「……」


最後に念押しされて、俺はこれ以上聞くことができなかった。


代わりに、不思議と別のことを思い付く。


――そういえば、この冒険の目的は、俺の毒手のコントロールだった。


ボスも近い、よりによってどうしてこのタイミングでこんな話を。


まさか、ショック療法のつもりではないか?


すると始めから、アイザックさんはこのつもりで?


いろいろな思索を抱えたまま、三十歩ほど歩くと、視界が開けた。


頬にひんやりとした空気を感じる。


「おお、綺麗だな、――ちとダンジョンには似合わなさ過ぎるぜ。」


川だった。水面に、夕日の色が映っている。――そういえばもう夕刻なんだな。


その水は、こんな黒々として不気味な森には場違いなほど青い。


川の深さは底が見える程度だ。
これなら歩いて渡れるだろうか。


対岸を見ると、もう木はまばらにしか生えておらず、それもこちら側のような黒っぽい色ではない。
ダンジョンはここで終わりなのだろうか。


「こんな場所に清流があるなんてね。」


座ったアイザックさんが顎に手を当てて驚いたように言う。


「ひんやりとして、気持ちがいいのじゃ」


カリンはしゃがみこみ、水面に両手を浸していた。


「落ちるなよ」


「お主が押さぬ限りはな」


「――この川です。

これを渡れば、ダンジョンの出口です。」


カティアさんが言った。


そして、俺たちの方に向き直る。


「その前に、ボスとの戦いです。」


その声は真剣味を帯びていた。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


ついに来たか。


俺は、さっきまでのことを忘れるように無理矢理体に力をこめる。


二人も立ち上がり、頷く。


と次の瞬間、水の落ちる音がし、川から噴水のように大きな水飛沫が上がった。


そして、夕焼けを反射して光る水が俺達の回りに降り注いだ。


顔に水滴が当たる。


「うお!?冷てえ!」


「な、何事じゃ!」


「――ッ!向こうから来ました!ボスです!」


水滴と夕日の眩しさを避けるため、顔の前に手をかざす。


「みんな、気を付けるんだ!」


「敵は水の中にいます!


長引くとこちらが不利です!皆さん川の中へ!
大丈夫、流れは緩やかです!


ただし、引き摺られないように気を付けて下さい!」


カティアさんが早口で言って、川を指差した。


引き摺られるだって?敵はどんな奴なんだ?


そう思い、飛沫の上がった場所を見ても、大きく揺れる水面には影ひとつ見えない。


その間にカティアさんはざぶざぶと川に入っていってしまった。


俺たちはあっけにとられて草むらと川との間に中途半端に立っていた。


斧を構えて膝の上まで水に浸かる彼女にはためらいが感じられない。


「おーい、危ないのじゃ!カムバーック!」


心配したのか、カリンは跳び跳ねて叫ぶ。


と、カティアさんが斧を自分の足元に叩きつけた、ように見えた。

そして、自分の周りに斧を振り始める。


何かが川底にいるのだろうか?


それを見たアイザックさんがハッとしたように言う。


「あれは、おそらく――、


おい、僕たちも川に入るぞ!


ただし、注意!


相手は遠距離では狙えない敵だ!何か武器を持つんだ!」


そう言うと、彼は腰に下げた水筒のようなものを持って川に入った。
そして蓋の金具らしきものをかちゃりと外して筒を引くと、それは細長い棍棒になった。


遠距離が効かない、か――、俺は腰のナイフを確認する。


弟子は、何故かまだオロオロしていた。


「……わしは弓しか無いと言うのに」


カリンがしょんぼりして言った。
そうか、他に武器が無いのか。


「――ナイフ、貸してやるよ」


俺は腰に提げたそれを鞘ごと渡そうとする。


「悔しいが、ここは有り難く拝借するぞよ……」


カリンは受け取ろうとした手をピタリと止める。


「と、言いたいところなのだが、おぬしはどうするのじゃ。


まだ状況がよく飲み込めぬが、遠距離がダメらしいのならポーションも使えぬじゃろ」


俺は、無言でグローブをはめた左手を掲げる。


「ああ、おぬしにははそれがあったか。


――じゃが毒は、――大丈夫なのかえ?


水に溶けて――?」


納得した後、カリンが不安そうに言った。


溶けても川の水量的に問題無いかな?……無いよな?

……うーん?試したことが無いから分からん。


てか、んなこと気にしてたら手も洗えないじゃん。


「……どうだか」


「おいっ!?」


「そんな無意味な環境破壊、やることが無いからな」


「バカめ!わしらが大丈夫なのかと聞いておるのじゃ、この"すかたん"!」


「下流でやるから。お前がいるとこより数メートル下流で。」


「そういう問題か!?」


「川の水に比べたら、俺の毒は砂場に落とした糸屑たいなものだろうし。


俺は毒よりかは、むしろポーションを投げまくる方が危険だと思うな。」


「むむぅ……


あああ、もう面倒じゃ!行け、先に入れ!さっさと行け!


ボスの前で無駄話などしとる場合じゃなかろう!


近づいて、あの二人が大丈夫そうならわしも行く!」


こいつ師匠を叩く石橋にしやがった。


俺が見ると、先に行った二人は必死に川を叩いている。


「君ら、なにそこで油売っとるんだぁーー!


早く、早く来なさぁーい!!」


アイザックさんが少し困ったような声音でこちらを怒鳴り付ける。


いつの間に外したのか、眼鏡が無かった。なかなかにハンサムである。


そして彼は長棒を、船をこぐように水に叩きつけていた。


「いったい、何がいるんです!?」


俺は川に足を入れると、ざぶざぶと彼の方に進んでいく。


「っ――!?」


と、川の3分の1を越えたところで突然、脚が何かに引っ掛かって絡み付いた。


「う、動けねえ!」


泥だまりかと思って足元を見ると、海藻のような黒っぽいもの。


それは細長く、先端は農具のように分かれている。


何処かで見たことがある?


先端のそれは一二箇所曲がっていて、俺の足首を、囲うように器用に掴んでいた。


その形状が何か気付く。


五本の指。関節。


――手だった。


悲鳴を上げそうになる。


川底に見えたのは、黒い、無数の手。


大きさは、小さな子供のそれくらいか。


いつの間にか俺の周り半径一メートル程の水底が黒っぽくなっており、それは手の群れだった。


そしてそれらはウジャウジャと不気味に蠢き、くねくねと不規則に動いている。


そのうちの一本が、俺の足に絡み付いている。


――引きずり込まれる!


思わずバランスを崩した。


「水を叩いて!早く!」


カティアさんが腕を動かしながら叫ぶ。


叩け、だって?


俺は拳を叩きつけるために、必死に崩れた体のバランスを立て直そうとしたが、足首を掴まれているために上手くいかない。


水の中でふうっ、と俺の両足が浮き、それまで掛けていた体重が背中に回る。


やばい、転ぶ!!


思う間も無く、夕焼けの空が見えた。


俺の全身は背中から川の中へ落ちてしまった。


水の中で目を開けると、どういうわけか、今まで俺の膝までしか無かった川が深くなっており、水面はずっと上にあった。足がつかない。


――そんな馬鹿な。


そして、無数の手は俺の腕を掴み、服を握りしめる。


必死に、腕を掴まれたままの左手で殴る。


水中でスローモーションに殴り付けた拳は、黒い手のうちの一本を捉えた。


すると、俺が叩いたその一本はぐにょりと曲がり、いったん膨張して巨大なキクラゲのようになってから水面に昇っていくと、水を吹き出し、シガレットケースほどの大きさまでしぼんで動かなくなった。


しかし、他の腕が俺の衣服や髪、そして手足を下に引っ張り込む。
抵抗したが、掴む手が増えたために、先程より力が強くてどうにもならない。


息が――!


俺はごぼりと空気を吐き出した。
そして、視界が真っ黒に染まっていくのを見た。


それでも、握った左手だけは必死に振り回していた。

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