毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

1-2

俺は彼女を追いかけた。


町外れの俺の家から町の中心部に出て、薬屋も越えて、橋を渡って、さらに走るわ走るわ。カリンは疲れないのだろうか。


一軒の建物の前でおもむろに彼女が立ち止まる。その家にはまだ新しい看板が取り付けられており、それには


『ファルガーモ魔道具研究所』


と書いてあった。



どうやら彼女を追ううちに、目的地に着いてしまったようだ。それにしても、町にこんな研究所がいつの間に出来たんだ?


「ここじゃよ」


カリンが胸を張る。


「ちいせえな」


「なっなにを破廉恥な!

女性に対してその言葉は許されんぞ!
お前、将来性という言葉を知らぬのか?あ?あ?」


「いや、何の話だよ。


研究所って割にはちっぽけだな~、と」


「どっちにしろわしかお師匠に失礼じゃな」


「それで、この研究所のやつと俺を会わせてどうすんだよ?

そもそもお前師匠なんていたのか?」


「うむ、わしは薬屋の娘ではあるが、もっと調合のことを学問的に深く学ぶため、ここに弟子入りしとるのじゃ」


「そんなことして薬屋のご主人は大丈夫なのかよ」


カリンには薬屋の手伝いがあったのではないか。


「うむ、案ずるでない、ご主人も快く了承してくれたぞ!」


「え、マジかよ?お前の家、かなり忙しいんじゃなかったのか?」


俺がそう聞くと、カリンはばつが悪そうに答えた。


「弟がいるのじゃ」


「弟?」


「わしには血の繋がってない弟がいるのは知ってるじゃろ?その……継がせたいらしい」


「継がせたいって、店をか?

――ん、弟って確か、まだ三歳じゃなかったか?いくらなんでも……」


「うむ、勿論、成長してからのことじゃ。どうやらご主人には、わしよりも実の子供の方がかわいいらしい。毎日接しているからよく分かる」


彼女はしょんぼりとして言った。


「……すまないな、悪いことを聞いた」



「いいのじゃよ!


そもそもわしはポーションを爆発させとるような奴に哀れまれるほど悲しんではないわい!!


それにおかげでわしは調合が勉強できるのじゃ!むしろ良かったと思ってるぞよ!」


彼女はあわてて取り繕う。だが俺には少し無理をしているように思えた。


「――そんな調合を学んでおる身から言わせてもらえば、お主のチカラ、お師匠なら役立てられるやもしれぬ!

その貴重なチカラ、ここで使わないすべは無いぞ、調合学界の輝かしき若人(わこうど)よ。

わしは毒の手を扱うお前を、ここの助手にしたらどうかと考えたのじゃ!」


急に雄弁になるカリン。


「助手だって!?

それで、お前のお師匠さんは何て?」


「まだなのじゃ」


「はあ!?」


「だから、まだ何も言ってないのじゃ。これはさっき突然思い付いたのじゃ!」


「おいおい」


「とりあえず、――お師匠がどう思うかは別として、少なくともお主にとっては決して悪い話ではなかろう、どうじゃ、会うだけ会ってみても?


そちも家に籠ってつまらない内職ばかりしているのではそのうち頭にキノコでも生えかねん。


そこでひとつ、師匠と交流をもっておくのも悪くない。


もし弟子入りしたくなったら、そのときはわしのほうからもお願いしてみるぞよ」


カリンにしてはずいぶんと熱心なので、俺は驚いた。


俺と彼女の師匠とを交流させたい?


俺はともかく、彼のメリットはなんだろう。


だって、助手にするならもっと調合を体系的に学んだ奴の方が良いのでは?


俺なんてただの冒険者で素人同然――いや会うだけなら、なんの問題もないか――


てか、毒手があれば確かに毒薬系のポーションを素早く作れるが、それだけだぞ?


助手というともっと高度な何かこう……試薬のサンプルを管理したり……汗を吹いてやったり……?


うーん、我ながらイメージが貧困だなあ。


思考が頭の中でぐるぐる回る。

でも会うだけなら問題ないか?


「まあ……そこまで言うなら――会ってみようかな」


「わは、決まりなのじゃー!!」


いちおう俺と彼女との面識は、冒険が嫌になって内職をするようになった一年前からある。まだお互いの名前を知らなかったのだが、店番をしていたカリンと、納品のことでやりとりをしていた。


それが最近彼女の家が忙しくなったため、それまで来ていたおじさんの代わりにカリンが来るようになったのだ。


俺の仕事をチェックしに来るようになって一ヶ月。


チェックは週一のはずだが彼女はしょっちゅうやってきて、俺のさっきのような失敗をよく目にする。


単に遊びに来ていることがほとんどのようだ。


俺の方も材料の調達でよく薬屋に行くため、今では調合のことや毒手のことで軽口を言い合えるくらいにはなった。


だが、俺は毒薬を素早く作れる以外はレシピ通りの単純作業をこなすだけで、これといって他の人間と変わらない。


それが彼女の師匠の助手だなんていくらなんでも唐突過ぎるし、なんだか丸め込まれた気もするが――と、


「なんだなんだ家の前で騒がしい――

って、カリンじゃないかい。そこの彼はお友達?」


眼鏡を掛けて白衣を着た、物腰の柔らかそうな男の人が出てきた。いかにも調合の学者、という感じだ。


男の人はまだ若いようだが、全身から漂う知的な雰囲気が彼の年齢を見た目より高くしているように思われる。


「お師匠、この者はうちの店のポーションを作っている……」


「コーキと申します」


「僕はここの研究所で調合の研究をしているアイザック・ファルガーモ。アイザックでいいよ。


それで、なにか用かい?なんだか弟子入りとかなんとか言ってたのが聞こえたけど……?」


「それについてはわしから説明するのじゃ!

実はこれこれこういうことで――」


「ふむふむ」


アイザックさんは熱心にカリンの説明を聞いていたが、説明が終わると少し考えて、それからパチンと手を叩いた。


「僕は大歓迎さ!上位の毒薬を作れるなら僕の助手としてはそれで十分すぎるよ!」


「おお、あっさり……


えっ?でもそんな簡単に決めていいんですか?


実験の手伝いとか、かなり重要な仕事ですよね?」


俺の問いに、彼は目を輝かせて答える。


「会ったばかりで図々しいかもしれないけど、僕はね、君の才能を見出だしてみたいのさ。


赤貧の若者に輝かしい未来を提供する、素晴らしいことだとは思わないかい!?


それに、カリン直々の紹介とあっては僕としても断りづらいのさ」


「は、はぁ……」


どんだけ信頼されてるんだよカリンって。何者だよこの小娘。


「それから、個人的に君の毒手も、興味深いものだからだよ……あとで見せてくれるかい?なぁに、ちょっと見るだけだからね、うふふふふふ」


ちょっ、優しそうなのになんか一瞬笑い方が。
俺後で変な実験に使われたりしないですよねカリンさん。


「それで問題はコーキくんの方だね、君はまだ僕に会いに来ただけで、まだ腹は決まってないというわけか」


「はぁ、そうなんです。仕方なくコイツに付いてきたら、そのまま流れでここに」


「悲壮感たっぷりでわめいていたくせにのう」



「コーキくん、どうする?僕はすぐにでも助手として君を迎えられるけども」

口もとに微笑を浮かべてアイザックさんが言う。


「すみません、お気持ちは大変嬉しいんですが、ひとまず家でゆっくり考えさせてください」


いくらなんでも唐突だ。


「折角ここまで来てもらったのに、肝心の本人がこれなんじゃね……かといってこのまま帰ってもらうのも忍びないし

……そうだ!

とりあえず今日は研究所を見ていって、それでもし君が調合を面白いと感じてくれたら助手になる気がなくても遊びに来るだけでもいい!

そうしてもし何か研究がしたいと思うのなら僕が本を貸したり、実験の手順を教えたり、出来る限りサポートをしてあげる。」


「え、そんなに?」


それ、俺が得しすぎるんじゃ?


あまりに魅力的な提案に、俺は驚く。


「な、それでは弟子のわしと変わらないではないか!?」


カリンが噛みつく。そりゃ、調合を本気で勉強したい様子の彼女にはド素人の俺は面白くないだろう。


「そうさ、非公認の、気ままな弟子ってやつさ。非公認だからつまり、カリンよりは優先度は下がるけど。

……これでいいだろ、カリン。」


「し、師匠がそういうのならまぁ……」


「いいんですか?カリンはともかく、俺みたいなずぶの素人にそんなに……」


「カリンにも言われたことかも知れないけど、チカラを持て余し、無為に消耗するのはもったいの無いことだよ。」


「はぁ……」


まさかとは思うけど、この人は会ったばかりの俺の能力の使い道を本気で見出だそうとしてくれているのでは?


俺はアイザックさんの目をじっと見つめた。彼は力強く、微笑み返してくれた。


どうやら、この人は、本気らしい。


もしかしたら、俺のこの厄介な左手をコントロールする方法が、ここで見つかるかもしれない――。


そう気付いた次の瞬間、俺は頭で考えるより先に口を開いていた。


「あの……助手と、弟子とでは何が違うんですか?

俺は、助手のほうがいいかな~って思ったんですけど」


それを聞いて、眼鏡の男は優しく微笑んだ。



「ふむ……そうだね、簡単に言うと、弟子にはあくまでも学問を教えるのだけど、 助手になってくれたら、それに加えて給料も出る。」


「なっ!わしもそっちがいいのじゃ!」


カリンが口を挟んだ。


「その代わり、それに見合うだけの仕事もしてもらうから当然自分が研究に使える時間は減る」


「うへえ、前言撤回じゃ」


「なるほど」


助手か。


俺は心の中に光が差すのを感じた。


まるで、助手という文字そのものが銀色に輝いているかのようだった。


「あれ?それではこやつの内職は……?まさか止めてしまうのか?

ああ、わしはご主人になんて言われることか」


カリンは主人にどう言えばいいか心配しているようだ。仮に俺が今ここで助手になれば、結果的に自分のせいで薬屋の利益がなくなるのだから無理も無いだろう。


しかし、アイザックさんの次の一言で関係無くなる。


「ここまで言っといてアレなんだけど、実はあまり沢山給料は出せそうになくてさ、ハハ……


その、もしコーキくんが助手になっても内職は続けてもらうことになりそうだよ……ポーションを作る量は減ることになると思うけどね」


「まあ、単純作業は頭が辛いですし、ならばそっちのほうが魅力的に感じますよ」


「……む、それでは――!」


「決めましたよ俺。


助手、喜んで引き受けましょう」



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