毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

第1章 若気の至りだったんです 1-1



「アシッドポーションを作るにはこの酸っぱい草を煮詰めて~っと~。

てか"酸っぱい草"がそのまま名前なんだぜ?センス無さすぎだろ!」


「お前それ未識別って意味だぞ。知らないのかお主」


俺の家を訪ねていた薬屋の娘が言った。


「えっ」


チュドーン。


「えっ」


二回目の「えっ」は小娘の言ったものだ。


俺は突然爆発した。


正確には俺がポーションを作るために鍋に入れた未鑑定(!)の酸っぱい草が水分を含み、膨張。そのまま破裂し、俺に熱湯の滴が当たった。


「うあちちちち、熱い、熱い!!!」


これはちょっと洒落にならん。リアクション芸なんてまっぴらごめんだ。



当然、火傷の状態異常にかかったため、俺は急いで、棚にあったポーションを飲み干した。


「ふぅ、これで助かっ――ぐふぅ!!?」


突然の腹痛。俺は腹を押さえてその場にうずくまる。


それを見ていた薬屋の娘が冷ややかに言った。


「……手袋をしなかったからそうなるんじゃ。」


「ぐうう、しまった、俺は毒手持ちなんだ……」


毒手。俺が二年前に身に付けてしまった能力だ。


簡単に言うと、利き手じゃない方の手から毒を出せる。直接触れて攻撃するのも当然、飛び道具のように手から一直線に放ってもよし。ただし猛毒ではない。それでもそのへんの魔物には十分過ぎるほどの威力だし、人が死なない程度の効力なのはかえってありがたい。それでもこのように腹痛を起こしたりするが。

ただし、一見役に立ちそうでこれが短期戦では結構微妙なため、使用者は極端に少ない。対人戦になると解毒ポーションで簡単に治されるし、ちょっと面倒な仕組みなため、毒手を普通の手に戻すのも大変だし。


それだけの能力。


「それと、さっきの草は『火薬草』。

リアクション芸お疲れ様です、なのじゃ。なかなか面白かったぞよ?」


「他人事だとおもって、ぐふふぅ」


「というか、自分にも毒が効くのか~。」


「うふふふぅ」


「ほらよ、解毒ポーション。」


小娘は俺の顎をくいと上げて持っていた小瓶の中身を飲ませた。


手に触れさえしなければ、俺の毒は関係ないのだ。

「ふぅ、助かった……

それにしても俺はてっきり、あれは酸っぱい草だと思ったんだが」


俺は体を起こすと、左手に手袋をはめながら言った。


その様子を見て、小娘が呆れたように言う。


「アシッドポーションの材料であるスッパイソウ、表記『スッパイ草』と未鑑定名の酸っぱい草(くさ)は違うと『失敗から学ぶ調合入門(ハーブ編)』にも書いているじゃろ。基本中の基本じゃ」


「紛らわしいわい!なんじゃいその孔明の罠は!?

てか既に誰かが失敗から学んでるとか絶対確信犯だろソレ!

もっといい名前はなかったのかよ!?」


「ポーションの調合には本来高い技術が要る。


それに加えて学問としては未成熟の調合学、まだ体系化が進んでいるとは言い難い。


当然、名称の分類もまだ十分で無いため、今のような事故も後を絶たず――。


金になるから、という不純な動機で商人がポーションで一儲けしようというのがそもそもナンセンスなのかもしれないのじゃ」


「お前が言っていいのか、それ」


「だいたいこの手のニッチな植物は発見者が勝手に名前を付けるから研究者が混乱していい迷惑なのじゃ。そもそも植物学の父と呼ばれるリーブ・デルナーイもこれらの通称によって体型化にかなり苦労したと言われ、素人判断の命名が植物学ひいては調合学の発展を十年遅らせているともおっしゃられていて――」


「ストップ、ストップ! 話が長いわっ」


気の強そうなおかっぱ、その黒い横髪を揺らしながら、家の中をぐるぐると歩き回り、古風な言葉で論ずる小娘。


まあ毒手持ちの俺がこんな単純作業の効率を上げているおかげで一年くらいは調合学の発展を進めていると考えれば、と言おうとしたがぶたれそうな気がしたので止めた。


実際、この前薬屋でこいつと話していると似たような議論になったので、俺がそう言うと「ホーリーポーションも作れない愚鈍が何を抜かすか」と言われて頭を小突かれた。

ちなみにこの小娘は、薬屋から週に一回俺の様子を見に来る。


ポーション作成の指導が名目だが、俺の作業の出来具合をチェックするのが主だろう。


いわば、俺が仕事をサボってないか監視する役ってわけ。


全然関係ないことだが、こいつの言い方が古風なので、思わず"薬問屋の娘!"と時代劇っぽく言いたくなる。


あ、ちなみに時代劇は科学都市『サイバード・シティ』に映画館があって、そこで見れる。勿論他のジャンルもある。俺がいる辺境の町や王国が田舎過ぎるだけで、他国の大都市は機械文明が進んでいることが多い。


推奨レベルは140。まだレベル30台の俺では当然サイバード・シティへの入国許可は出なくて夢のまた夢である。


早く強くなって都会で豪遊したい……


それはさておき、俺自身のことについても説明したほうが良いだろう。
今さらの説明だが、俺はこの特殊能力、『毒手』を使ってなんと……


ポーションを作る内職をしています。


…………


自分で言っといてなんだけど、すげえ微妙な響き。


俺、一応冒険者なのに!?毒手が完全に死に能力だから役にたたねえんだ!


自分と10レベルも下の冒険者のPTに混じって毒手で攻撃!


でもそこはレベル差。そいつらにとっては多少強い魔物でも俺は一、二発で倒せるし、二発の敵でも毒がある!それにレベル差があるからクリティカルが出やすくて、毒を待つまでもなく一撃になることがわりとある。


はじめはPTの皆、「すげぇ!」って顔してんだぜ。


でも皆途中で気付くんだ。


(えっ今人型の敵に解毒されてなかった?)
(10レベル上の普通の冒険者のほうが強いんじゃ……)
(毒が効かない敵もいるじゃん?そしたら一発じゃなくね?)


そう顔に書いてるんだよ。ダンジョンの終盤には皆明らかに微妙な顔に変わる。


そして最後は大抵ボス戦がある。まあ終わりよければ全てよし。最後はレベル差にものを言わせてビシッと決めてやる!


「ベノムキャノン!!」


―368―
―miss―

「なん、だと……」


ダメージの下にmissが。そう、毒が効かないボスが多いのだ。



そしてダンジョンクリア後、PTの奴らは俺のことを腫れ物に触れるかのように不自然に優しく扱う。


「えっと、良かったです、また組んで下さいね先輩!」

「そういや、クリティカル連発でなにげに助かりましたよ!」

「ぼ、ボスに毒が効かなかったのは残念でしたけど、まあ、こういうときもありますよ!!ほら、つぎのダンジョンはきっとボスをケチョンケチョンにできるかも……

えっとこの地図によると次は……『障気の森』……うーむ、ダンジョンの名前からして毒は効かなさそ……ハッ、

ゲフンゲフン!ま、まあ、次も頑張りましょ!!」


思い出すだけで……うう。



「な、なにゆえそんな泣きそうな顔になっとるのじゃ」


娘の声で現実に引き戻される。


俺は次の瞬間、薬問屋の娘が目の前にいることも気にせずに慟哭していた。


「そうだよ、俺がこのチカラで作れるのは所詮毒物……


回復系は駆け出し冒険者向けの簡単なのしか作れねぇ。


チカラのおかげで猛毒の調合は得意だが、こんなんうまく扱える冒険者なんてそうそういねえ。


かといって弱い毒は役に立たないから誰も持ち歩かねえ、結局俺が余ったのを自分で使う。


……俺毒手持ちなのに!?ねえ毒手使えるのに毒薬の瓶たくさん持ち歩くってどういうこと!?


あのままじゃいつか自分より弱い冒険者に『歩く非効率』ってアダ名をつけられかねん!


そう思った俺は冒険は材料の採集とかいった最小限のものに抑えて日夜ポーション作りに励むようになったよ!!


でもその結果がこれか!?上位の毒薬はいくらでも作れるのに使える回復薬は作れねぇ!ホーリーポーションなんてもっての他さ!!


だから気分転換に趣向を変えてアシッドポーションを作ってみたら、このざまだよ!!?



そうさ、どうせ俺は誰も幸せにできねえ、むしろ毒のせいでもしかしたら今にも誰かを不幸に……うううううっごめんねみんな、みんなぁ!!!!役に立たなくてごめんね小娘ェ!!」


「お、お主いったいどうしたんじゃ!


もしかして、そんなに失敗を気にしてた……


よくわからないけどごめんね?
この前のホーリーポーションのこと、そんなに気にしてたなんて私知らなくて……


ほ、ほらハンカチを貸してあげるから
……なのじゃ」


おい一瞬とってつけたような口調になったぞ。


「グスッ、小娘、お前優しいのかキツいのかよく分からんなぁ……ハハッ」


「誰が小娘じゃ!ワシにはカリンというちゃんとした名前があるぞ!」


「カリン……ありがとう」


「なんじゃ、急に素直にわしの名前を呼ぶようになって、気持ち悪いのう~」


やっぱお前、キツいだけだな。


「今までつっこむ暇も無かったが、『小娘、小娘』ってお主、わしと同い年じゃろ!?」


「そうなんだよなぁ……なんだってこんなちんちくりんと俺が同じ……ぐほぉ!?」


足蹴を食らった。


「キックはねえだろキックは!!?」


「うむ、しかし、お前の悲哀はよ~く分かったぞよ。

こんな健気な若者が将来の希望も無く内職だなんて、お前とこの国の未来が心配なのじゃ。

……とはいえコヤツはまだまだ未熟者……だとすると、ふむ……、そうじゃ、あれじゃよあれ、あの手があった!ワシが直々に掛け合ってみよう」

俺の抗議にも関わらず、何やらぶつぶつ言い始める。


てか「若者が~」とかお前やっぱ同い年じゃないんじゃないのか。むしろ年増っぽくね。


「お主、出掛けるぞ!」


「なんだよカリ……小娘。」


「なぜ言い直すのじゃ!?」


「俺にも幸樹――コーキという名前があるんだが。

もう初めてまともに会話してから一ヶ月になるぞ。

いい加減覚えてくれ」


「今しがたまで不幸ぶってた奴の名前とは思えんのう。」


「うるさいわ!!……っと話を戻して――、

出掛けるって?どこへ?」


「わしのお師匠様のところじゃ!」


「師匠って、父お……薬屋の主人か?」


そういえばカリンは薬屋の、養子だった。
彼女は薬屋の主人のことを父親と言うと嫌そうな顔をするため、俺は気を使って主人と言っている。


「違う、あれはあくまでも養父じゃよ」


「違うなら……誰だよ師匠って」


「来ればわかる」


そう言うと、おもむろに外に出る。
風がカリンの髪を揺らした。

「おい、待てよ、行くのは良いけどいくらなんでも唐突過ぎんだろ!」


俺は鍋の後始末もせず、走ってカリンの後を追った。



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