学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

合宿編7

「つ、疲れた…………」

 練習場に辿り着いた太陽の一声はそれだった。
 
「お疲れ様。キーパーはそこのベンチに置いておいてね」

 横の千絵が練習場の端にあるベンチを指さし指示する。
 結局最後まで台車も使わず、誰の力も借りずにここまで運んだ太陽だが納得のいかない表情。
 
 女性陣は比較的軽い物のおかげで歩みのペースは速く、重たいキーパーを運ぶ太陽の歩みの方は遅い。
 例えるなら兎と亀。そして最終的に強者の方が勝つという悲しさ。
 そして誰も褒めてくれない。と言うよりも褒める事でもないという事は太陽も自覚はしているが。
 ついでに同じキーパーを運んでいた信也は、帰りの為に一度台車を取りに施設に戻っていた。

 千絵の指示通りにキーパーをベンチに置いた所で、顧問、コーチからの指示を受け、全体の指揮を執り行う女主将の声が響く。

「よし! 助っ人の人たちがスポドリを持って来てくれたぞ! 今から5分休憩だ。水分補給とトイレを済ませておけよ!」

 はい!と芯のあるハーモニーが帰って来て、部員は各々が水分補給に入る。
 太陽もその手伝いでキーパーからコップに注ぎ配っていく。
 ありがとと受け取って行く部員たち。そして何人目かに配った所で御影がやって来る。

「古坂さん。私にもドリンク下さい」

「おっ、晴峰か。分かった分かった。直ぐに用意するから」

 返答して太陽は注文通りにキーパーからコップにスポーツドリンクを注いで、それを、ほらよと御影に渡す。
 ありがとうございます、と御影は受け取り、一気にコップの中身を全て飲み干す。

「なんだ? 随分喉が渇いていたんだな?」

 喉を鳴らしてまで潤いを求める御影に太陽が尋ねる。
 もう一杯お願いします、と御影はコップを太陽に渡してから答える。

「長距離組の方は少し過酷でして。見てのご覧の通りで……。私以外の方々はゾンビ手前になってます」

 御影が振り返り、太陽も同じ方を見ると、呻き声をあげて何人かの部員が倒れていた。
 
「おいおい、大丈夫なのか、あれ!?」

「……多分大丈夫だと思います」

 自信無く答える御影に背筋を凍らす太陽。

「つか、まだ午後の練習が始まって1時間しか経ってないよな? なにがあってあんな疲弊してるんだよ!?」

 倒れている部員たちも一応は部活で体力をある程度の体力は付けているはずだ。
 そんな人たちがたった一時間程度の練習で息切れ処から、疲れて寝っ転がる程に体力を消耗するのか、太陽は想像できなかった。

 それに対して御影は申し訳ないとばかりの表情で、

「いえ。練習前に皆さんが『晴峰さんがプロのお母さんに習っていた時の練習メニューを体験したい』って言うものですから、覚えている限りで再現したのですが……」

「お前、どんなスパルタな特訓を味わって来たんだよ!?」

 彼女が天才と呼ばれるのは才能ではなく、この特訓の賜物なのではと思わずにはいられない。
 そもそも御影達がどんな特訓をしていたのか見ていなかったが、想像もしたくなかった。

 太陽は人数分のドリンクを用意して、倒れる部員に配る。
 その後はある程度回復した彼らは、立ち上がり練習を再開する。

 だが、上級生らしき人物が御影に手を合わせ。

「ごめんなさい晴峰さん! あなたがしてきた練習をすれば上達するって思ってたけど、やっぱり無理! ごめんだけど、普通の練習をしましょう! ね!?」

 鬼気迫る表情で御影に懇願する上級生。
 歳は上だが、実力は確実に御影の方が高いと判断して、練習の主導権を渡している様子。
 確かに全国レベルの人と同じ練習をすれば上達するかもしれないが、練習は付いていかなければ意味が無い様子。

「? 分かりました。確かに先ほど行った練習は当時の私でもかなりキツイ物でしたから。最初は軽めの練習をすれば良かったですね。では、次は軽めに坂道ダッシュ50往復行きましょう。近くに大体100メートル程度の坂がありましたので、そこで」

「「「「「「は…………はい」」」」」

 死を覚悟したかの様な沈痛の返事、長距離組はこの後地獄を見る事になる。
 天才と凡人の壁を目の当たりにする太陽。
 内心長距離組に合掌する太陽は自分の仕事に戻る。

 そんな過酷な長距離組とは別の種目の人たちも練習を再開される。

 これから暫くの間、太陽たちの仕事は殆どない。
 何をするのはかは太陽たちの自由なのだが、太陽たち助っ人組は陸上部の練習を見ていた。
 
「それにしても流石は一応県内で強豪の1つに数えられるだけあるな。帰宅部なら直ぐに根をあげそうだ」

「ここにキーパーを持って来るだけでぶうたれていた太陽君なら、確かにそうだね」

 自虐をしたのは自分だが、人に言われるとそれはそれで癪に障る太陽。

千絵お前だって大体同じだろうが。いつも勉強勉強で部屋に籠ってるお前も、少し走ればバテるだろぐらい脆弱だろ」

「へーんだ。私は肉体派じゃなくて頭脳派だからね。運動が出来なくてもそれに勝る物があれば誇れるんだよーだ。どっちも特出してない負け犬の太陽君は千絵様に平伏せなさい」

「うわっ、うぜー」

 練習場の済みで談話する太陽と千絵。
 その間に信也も施設から台車を運んで来て合流。
 そして光は――――――

「…………………」

 少しそわそわした態度で練習を一点に眺めていた。
 そして限界が来たのか、スタスタと短距離組の方へと向かう。
 短距離組の女子部員の1年の1人に声を掛け、

「ねえ君。今のフォームだとタイムは縮まないよ?」

「……え?」

 突然と外野である光からの苦言に困惑する女子部員。
 固まる1年の脚を光が摩り、

「短距離は瞬発力が命。1歩1歩を全力で踏み出さないといけないんだけど、君のフォームは力を逃がして、余分な体力を使ってしまってるんだ。肩の力は抜いてから、その場で脚をもう少し大きく上げてみて?」

「は、はい」

 光が元陸上部員だという事はこの女子部員は知っている様だ。
 普通であれば素人の助言は流しがちになる。
 もし太陽や千絵などが同じ助言をされても反抗されるだけで、元全国レベル選手からの助言だから女子部員は素直に言われた通りに脚を大きく上げる。
 
「そう。そこまで上げて。後は風の抵抗を少なくする為に、脇を少し引締めて、態勢を少し低く、頭のてっぺんと足先が一直線になるように……。うん、このフォームで1回やってみて。イメージとしては、脚は大きく上げてる為に強く地面を蹴って、下げる時は磁石に惹かれ合う様に素早く足を地面に降ろす……って、これは当たり前か」

 例えが下手な自分に苦笑いをする光だが、女子部員はぶんぶんと強く首を横に振り。

「い、いえ! 全然ありがたいアドバイスです! まさか渡口先輩からアドバイスを貰えるなんて嬉しいです!」

「そ、そう? それなら良かった。けど、最終的には自分に合ったフォームを見つける事だから、これがその道しるべになってくれたら嬉しいな」

 優し気な笑顔の光に女子部員は感謝を最大限に表すような深く頭を下げる。
 そしてその女子部員の番に回って来て、女子部員はスタート位置に付き、ドンと疾走する。
 彼女は光から与えられた助言を身に沁みさせて走っていた。
 
 そして同じ組の人よりも早くにゴールした女子部員は光に向けて大きく手を振り。

「やりました渡口先輩! 少しですがタイムが縮みました! 渡口先輩のおかげです、ありがとうございますっ!」

「それは良かったよ。けど、それで慢心はしない様にね? さっきも言ったけど、最終的には自分のフォームを見つける事。私が教えたのは基本的なフォームで、そこから自分に合ったフォームを見つけてみて」

「はい! 分かりました!」

「うん。元気があって宜しい」

 優しい先輩の様に激励で親指を立てる光。
 女子生徒はもう一度深々と礼をして、研鑽の為に自分のフォームを確かめながら次の番を待つ。
 用を終えて再び練習場の端に戻ろうとした光だったが、ここで視線を感じる。

「「「「「「……………………」」」」」」

 キラキラとした尊敬と期待の入り混じった眼差しで光を見る後輩たち。
 その眼が物語る意味を光は察する。
 
――――――私たちにもアドバイスをください!

 出しゃばったとはいえ、後輩の中で最もフォームがブレブレだった先ほどの部員のみで済ませようとしたのだが、そうはいかないらしい。
 それを察した光は仕方ないかと苦笑いをしながら息を吐き。

「よーし! 順番で見て行こうか。けど、あくまで私は助言を与えるだけであまり期待はしない様にね。最終的には自分の力で成長のが一番だから、その為のアドバイスはあげるから」

「「「「「「はいッ!」」」」」」

 一年後輩だけでなく、さりげなく同級生や先輩も混じっていて苦笑する光。
 その後、人気者の光は年齢関係無く、自分の持つ技術を託す様に指南する事に決めた。
 だがその前に、光はコーチに許可を得ようと会釈する。

「盛岡コーチ。スミマセン。元部員の私ですが、みんなの力になりたいので助言などをしていいもでしょうか?」

「あぁ。悪いな渡口。俺も他の種目の奴らを見ないといけないから正直助かる。勿論下手なアドバイスをするなら断っているが、さっきのを見れば任せられるかもしれない。短距離組の方は任せていいか?」

 はい!、と元体育会系の張りのある返事をすると、コーチは「じゃあ頼むな」と他の種目の組に向かう。
 任された光は気合を入れるためにバチン!と自分の頬を叩き。

「よし! やろうか!」

 彼女の名前通りの、全員を照らす様な屈託のない光の様な笑顔で指南を開始する。
 
 その光景を遠くで見ていた太陽たち3人。
 突然の光の行動に驚きもしたが、あの人気者っぷりには覚えがある。

「そう言えば渡口って凄く人気者だよな。中学の頃も男子の人気はさることながら、女子人気も」

「同級生は勿論、先輩からは頼れる後輩として。後輩からは尊敬できる先輩として。見た目も良くて、なんでもそつなくこなせるから、嫉妬を通り越して尊敬もしちゃうくらい、光ちゃんって八方美人だから。コーチの人も光ちゃんを信頼して任せるぐらいだから。光ちゃんって本当に凄いよね」

 光は男子にも人気だが、同性からの人気も凄い。
 現に今光から助言を貰っているのは女子が大半だ。
 男子部員も助言を貰いたい様子だったが、女子部員に圧倒されて聞けずにいる。
 だが、光はそんな人たちも放っておくことはせず、異性であろうとビシバシ悪い所は指摘して、良い所は褒めている。
 
「それにしても渡口って短距離も出来たのか? 俺には、殆ど長距離の方をしているイメージしかないんだが」

「光ちゃんも最初から長距離選手じゃなかったからね。始めた頃は色々な事に挑戦するチャレンジ精神で殆どの種目をしていたし、確か短距離でも県ではそこそこの成績を残してたんじゃなかったけ?」

 千絵は太陽に求めるが太陽は「知らん」と言わんばかりにそっぽ向く。
 バツの悪そうに眉根を寄せる千絵だが、言葉を続ける。

「そんで確か、中学の中盤ぐらいで多数の種目を熟すことは困難になったからって、長距離に絞ったはず。だから光ちゃんは長距離だけじゃなくて、短距離の方も人に教えられるぐらいのアドバイスは出来たはずだよ」

「マジか……。改めて思うと、渡口って有能なんだな」

「……うん。光ちゃんって本当に凄いんだよ。なんでも出来て、なんでも持ってる……。私の欲しい物、全部を……」

 羨望の眼で光を眺める千絵。
 勉強も運動も出来て、誰にでも臆せず話せ、皆から慕われる人気者。
 誰もがそんな人物になりたいと思える、正しく光そのもの。

「…………………」

 2人の会話を傾聴していた太陽だが、ここで太陽はキーパーとコップを持って何処かに行こうとする。

「あれ? どこに行くの?」

 千絵が呼び止め、太陽は振り返らずに答える。

「長距離組の練習場所。晴峰の奴鬼の様な練習メニューをしているだろうし、介抱しにいかねえとな」

 あぁ……と先ほどの死屍累々な部員たちを思い出して苦笑いで納得する千絵。
 先ほどの休憩で持って来るよりも軽量になったキーパーを片手に太陽は長距離組の練習場に向かう。

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