学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

中3の夏

―――――それは、2年近く遡る。

 太陽及び、光、千絵などの同級生たちが中3の頃の夏。
 
 天気は快晴、照り付ける日差しの下で、熱中症の注意勧告のアナウンスが流れる陸上競技場のトラックで数人の全国まで勝ち進んだ女性の陸上選手たちが自身の学校の誇りを背負うユニフォームを身に纏って速さを競っていた。

 万を超える観衆で覆いつくされた会場。
 全方向から飛び交う歓声で会場が揺らぐ。

 その会場の中心で勝ち進んで来た少女たちが全国1位を狙って一心不乱に足を踏み出していた。

 競技は女子1500m。
 試合経過は、残り100mの佳境。

 スタートの時点では出場選手10人が並んで競っていたが、終盤では先頭2人のデットヒートを繰り広げていた。

 先頭を走る一人は今大会が全国大会初出場のダークホース、鹿児島代表の渡口光。
 もう一人は全国大会常連選手、過去全国中学陸上1500mの二連続優勝を果たした強選手東京都代表の晴峰御影。

 100mを切った時点では僅差で晴峰が少しリード。
 残り少ない場面でのリードは短くても致命的。
 中学最後の大会であり、これまで培った力の集大成として、光は最後まで諦めずに歯を食いしばる。
 
「行ッけえぇええええ! ひかりぃいいいい!」

 大観衆の陸上競技場でもその一人の声援は光の耳に届く。
 その声援後、自分の力の限界を超える様に光のスピードが上がり、徐々に差が縮まり、二人の足がほぼ同時にゴールラインを超えた。

 目測では同着に見えるゴール。
 判定が厳しいということで審判たちがビデオ判定を行う。
 
 二人がゴールを終えた数秒後に他の選手たちもゴールをするが、優勝が決まってない今、判定のアナウンスを待つ会場は静かに固唾を飲み。
 ビデオ判定を終えた審判の一人がマイクを取り、唾を飲みこむ音をマイクが拾い、会場に響いた後、緊張した声音で審判の口が開き―――――。

『優勝は―――――――4分9秒86……渡口光さんです!』

 その発表に会場が地震が起きたように沸き立つ。
 
 有頂天に飛び跳ね喜びを噛み締める者。
 落胆の声を漏らして悔しがる者。
 全選手の奮闘を讃えた拍手が響き、女子1500mの競技は幕を閉じた。

――――――――そして。

 選手の控室がある通路で光は先ほどまで全力で走って疲れた足にも関わらず、速足で一人の学校制服の男性に飛びつく。

「ヤッタよ、太陽! 私、優勝したよ!」

「ああ、見てたぜって、おまっ! 汗びっしょりで抱き着くな! 濡れるわ!」

 光が飛びついた人物の名は古坂太陽。
 光の幼馴染にして彼氏にあたる者だ。

 太陽は全国大会に出場した光の応援へと県を超えてこの場所に赴いていた。
 
 太陽の学校は初のスポーツでの全国大会出場を果たした光の応援へと、全校生徒で応援に来ており。
 交通費は地域や市の援助を得ている。

 全校応援という名目はあるが、もしそれが無くても太陽は光の応援に来ていただろう。
 何故なら、太陽が最も彼女が努力をしていたことを知っているのだから。

 そして、念願の全国大会優勝を果たした光は喜びのあまりに汗だくのまま太陽に抱き着き。
 汗まみれのまま抱き着く彼女は太陽は叱る……が、元々太陽も応援の最中に高気温で漏らした汗で制服は湿っているので今更である。
 
 太陽はぎゅっと強く抱きしめる彼女を押して引き離し、持ってきていたタオルで光の汗で濡れる髪をごしごしと乱暴に拭き始める。

「たくよ……。そんな汗まみれのままでウロウロする前に着替えろよな。そのままだと折角優勝したのに風邪を惹いちまうだろ?」

「そんなこと言って~。若い女子に抱き着かれて嬉しい癖に~。ほらほら♪ 若い女の汗だぞ♪」

 太陽の反応は照れ隠しだと誤解しているのか、ニマニマと自身の汗を飛ばして揶揄する光。

「俺にそんな特殊性癖はねえ」

 太陽は眉を惹くつかせると、彼女の髪を拭く手を止めて、そこそこ強めに光の脳天にチョップをいれる。

先刻さっきまではあんなに勇ましい姿を披露していたのに、終わってみれば子供じみた嫌がらせをしやがって。折角の感動が台無しだぜ」

 実際は汗臭いはずなのに、光の汗は少し良い匂いがしたということは内緒である。
 
「それにしても、今は太陽だけ? 千絵ちゃんや信也君は?」

 キョロキョロと光は周りを見渡す。
 更衣室に通ずる不思議と太陽と光しかおらず、怪訝しく光は太陽に問う。

「あぁ、なんか千絵がな。「彼氏なんだから真っ先に優勝を褒めに行く! 千絵達が何とか時間を稼ぐから」って言ってな。俺だけ先にお前の所に行かされたんだ」

 親友である高見沢千絵、新田信也も二人と同中である為全校応援でこの会場にいる。
 二人は学校創立初めての全国大会優勝選手の輩出に興奮覚めていないだろう。
 恐らく、真っ先に我が我がと光の優勝を讃えにこの場に向かおうとしていた所を、親友である千絵の気遣いで千絵と信也が皆を足止め。
 終わって直ぐに光の許に記者たちが集まって来たが、光が「疲れているので後にしてください」と一蹴して、他の競技が始まるとその者らも再び会場に向かい、いない。
 
 偶然や親友らの助力で二人きりの空間。
 しかし、光は不満げに嘆息を零し。

「それにしてもさ……。ねえ、太陽。そろそろ公言しようよ、私たちは付き合ってるって。そうすれば、こんなまどろっこしいやり方で隠れて祝福することはないんだからさ」

「断る」

「―――――なんでそんな意固地なの!? 別にいいじゃん! 私と太陽が付き合ってるって周りに知られても!」

 太陽と光が付き合っていることは学校で二人が信頼できる人物のごく一部しか知らない。
 何故二人が付き合っていることは周りにひた隠しにしているのか、彼女である光は別に周りに言ってもいいと考えているが、彼氏の太陽が難色を示し。

「駄目だ駄目だ。絶対に周りには言わねえ」

「なんで!? もう私たち付き合って3か月になるじゃん! 太陽も知っていると思うけど。私、彼氏がいないと思われてあれから何度も告白されてるんだからね!」

 光の訴えに太陽はグッと言葉を詰まらす。
 
 二人が付き合っているということを提案したのは太陽からである。
 そして、それが原因で二人が交際して尚、光がフリーだと思われ告白されているのは、彼女からの報告で知っている。

「そ―――――それでも駄目だ! 考えてみろよ。お前は俺と付き合う前から周りから人気なのに、今回の大会優勝が拍車をかけて更に膨張するだろう。そんな中、俺とお前が付き合っているって知られてみろ……。俺が周りから消し炭にされるわ!」

「結局は太陽の保身じゃん! 私は、いつまでもこそこそするんじゃなくて皆の前で堂々とイチャイチャしたいよ! 年頃の女の子の気持ちを少しは考えろ、このヘタレ太陽!」

「んだとゴラッ! お前は彼氏のグロ注意の変死体をご希望か! せめて……そう! 周りからお前への熱が下がった頃合い、高校に入ったら公言するからよ、それまで待てっろ!」

 光が一度不機嫌になれば機嫌を治すのに一苦労するのは彼氏兼長年の付き合いの幼馴染だから熟知している。
 むぅーとふくれっ面をする光は強情に訴えるも、彼女も長年の付き合いだからか太陽の強情さも知っている。
 
 先に折れたのは光だった。
 光は少し上目遣いの様に下から太陽の顔を覗き込み、半眼で彼を睨み。

「その発言覚えていてよね。高校。高校になったら毎日学校でもイチャイチャしてやるんだから」

「うっ…………善処致します……」

 肩を落とす太陽を見て光は不服そうに首を振ると、その後はクスリと笑い。

「よし。言質は取ったからね。……それじゃあ、これ以上皆を待たせるのも忍びないし、そろそろ私は行くね」

 そう言いながら光は太陽の横を通る。
 そのタイミングで太陽の懐の携帯からメールのバイブ音が鳴る。
 メールを開き内容を確認すると、どうやら千絵からのメールだった。

『ごめん! そろそろ無理!』

 簡潔に綴られたメールだが大体察する。
 何とか皆を足止めしていたがそろそろ皆のフラストレーションの限界らしい。
 太陽はふぅーと少し長めに息を吐き携帯をタップして。

『そうか。サンキューな』

 と、こちらも時間をくれた親友に対して簡単に礼を送ると携帯を懐にしまう。
 そして、少し遅めのペースで歩く光の方へと振り返った太陽は、真夏の日差しで濡れた後ろ髪を掻き。

「えっと……光、ちょっといいか?」

「ん? どうしたの、太陽」

 足を止め、光は踵を返して太陽を見る。
 
 当たり前だが呼び止めた太陽は光と目があい、怪訝そうにこちらを見る彼女に少し照れながらも必死に言葉を捻りだし。

「うん……まあ、なんだ……。優勝おめでとな。今度、改めて祝おうぜ。お前の大好きな菓子を奢ってやるよ」

 まだ言ってなかった優勝を褒め、照れてか赤面する太陽。
 少し唖然と口を小さく開いたままの光だったが、口端を上げ。

「うん。ありがとう。……けどね、太陽。今回の優勝は私だけの力じゃない。部活の皆や、コーチや、千絵ちゃんや、信也君……そして、何より太陽が居たから私はここまで来れたんだから!」

 ニシッと歯を見せ全力の笑みを浮かばす光に太陽は少し肩を竦め。

「俺は何もしてねえよ。全てお前の頑張りの結果だ」

 嬉しさ半分照れさ半分でそう返す太陽だが、光は首を横に振り。

「ううん。違う。やっぱり太陽が居たから私は頑張れた、太陽が私に道を教えてくれたから陸上を始められた。……さっきのラストスパートの時だって、もう駄目だと思った、けど……聞こえた。大勢の人の中でもハッキリ、太陽の声援が……。だから私は頑張れた。大好きな人からの声援は何物にも考え難い薬なんだから」

 ここで光は一端太陽から顔を逸らす。
 なんでだろう? と太陽は思ったが、内心の片隅では良かったと思う。
 彼女からの歯に衣着せぬ言葉に正直目を合わすのは辛かったからだ。

 そしてここであることに気づく。
 顔を逸らした光の横髪から除く耳は紅葉色に変色していた。
 どうやら光自身も自分の発言が恥ずかしくなったようだ……。

 気まずい空気が流れること1分。
 
 助け舟とばかりに鳴るバイブ音。
 心臓が跳ね上がる様にビクッと反応する二人。
 太陽は慌てた手つきで携帯を取り出しメールを開く。
 どうやら先ほどの太陽からのメールでの千絵からの返信。

『それはどうもー。お礼はコンビニの限定スイートポテトでよろしく』

 調子の良い奴だな、と苦笑しながら太陽は『了解』と返事する。

「そ、それじゃあ、私は行くね! こ、今度改めてお祝いよろしく!」

 と着信音で沈黙が切れた事で、光は赤面した顔で慌てて颯爽と去って行く。
 
 去って行く光の背中を見送りながら、やれやれと肩を振り太陽も歩き出そうとした時。

「あの、すみません。その制服は鹿原中学の人ですよね? 少しよろしいですか」

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