学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

他人だからこそ話せること

「うわぁああ! ほんと! 本当にごめんなさい! 私、昔から早とちり過ぎるとか親に言われてるのに! せめて頭の擦り傷を治療しますので!」


「うん、分かった。だから後ろでぎゃーぎゃー騒がないでくれ。耳に響くから」


 すみませーん! 涙声で女性は手慣れた所作で太陽の後頭部のアスファルトで切った切傷に染みる消毒液を塗り、髪を少し分けて絆創膏を貼る。
 絆創膏を剥がす時は怖いが、シャワーで濡らせば剥がれるだろうと、太陽は傷の部分を摩り息を零す。


「なんか慣れた感じだし、そもそもなんで治療用のポーチを所持していたんだ?」


 相手が歳が近い事や先程の事が尾を引いてタメ口の太陽は女性が持つポーチに目を向ける。


 消毒液も、それを塗る際に使用されたガーゼも、絆創膏も謎の女性の所有物。
 それら全ては女性の物と思われるピンクのポーチから取り出された物だ。


 強烈な殺人タックルを横っ腹に受け、頭を打った太陽はその原因たる女性の手によって運ばれ、近くの影がある土手で治療を施されていた。
 だが、近くに病院も無く、周囲の民家から借りて来たと言うには使い慣れていた。
 その疑問に女性は苦笑いで頬を掻き。


「私って……早とちりもですけど、そこそこドジで……今はそこまでないんですけど、昔は外に出れば怪我をする程だった為に母親が外出の際は絆創膏を持たせてまして……それが段々グレートアップして消毒液がガーゼ、包帯も追加され……。その習慣が今も抜けずに、携帯救急箱を常備しているのです」


 恥ずかしいドジっ子属性の暴露に女性はポーチで顔を隠す。
 だが、顔は隠せても耳までは隠せず、耳は真っ赤に沸騰していた。


「まあ、別に恥ずかしがることでもないと思うけどな。俺の知り合いに、元気が取柄で小さい頃は公園を走り回って転んだりして怪我が絶えない奴もいたし、それがあれば便利だったかもな」


 ケラケラを笑う太陽。
 それを指す人物は、某元陸上少女と某チビッ子秀才娘である。
 彼女達も男の太陽に負けずのやんちゃぶりで、転んで怪我をしては親御さんに怒られたのは良い思い出だ。


「……うん、まあ、そうなんですが……。自分が沢山怪我するおかげで人の治療も滞りなく出来る様になりましたから、無駄ではなかったのでしょうが……それでもやっぱり恥ずかしいですよ」


 太陽はフォローをしたつもりが頬を膨らまして女性は何故か拗ねる。
 どうやらこの女性はフォローされるのを不服に思っているらしい。


 女性はポケットサイズの救急ポーチを懐に仕舞うと、後ろで束ねていたヘアゴムを外し髪を下ろす。


「どうして髪を解くんだ?」


 太陽は女性に疑問を投げる。
 女性は無意識か流れか、あぁと握るヘアゴムを見て。


「元々髪を束ねているのは走る際に邪魔にならない様にする為で。今日はなんだか走る気分じゃなくなりましたから」


 背中まで伸びた黒髪を払い女性は説明をする。
 んじゃあと太陽はもう一つ質問する。


「髪が邪魔になるんだったら切ればいいんじゃないか? それなら一々髪を束ねなくてもいいし」


「女性の髪は命の次に大事な物です。そう易々と切れる代物ではありません。……って、そう思う女性は多分あまり多くないと思いますが。正直な話、私の場合は願掛けみたいなものですが」


 願掛け? と太陽は首を傾げる。
 何かのまじないを自身の長い髪に込めているのか、無粋であるが、少し興味が出た太陽が聞く。


「願掛けって、何か成し遂げたい事でも――――――」


 ここで太陽は出会って初めて女性の顔を確認した。
 女性は長い髪がちらつくいたのか、ふわっと髪を耳にかけて太陽から女性の横顔が観れた。
 整った顔立ち、程よく焦げた肌、透き通る様な瞳に汗で濡れた綺麗な黒髪。
 一見して美少女だという事は分かっていたが、改めて見ると太陽はこの女性の顔に見覚えがあった。


「ん? どうしたんですか? ……私の顔に何か付いてましたか?」


 急に口を閉じた太陽に疑問を投げる女性の声に、女性を凝視していた太陽は我に返る。


「い、いや……。ちょっとな……」


 気のせいだよな……と顔をそらす太陽は、こちらを首を傾げて見つめる女性をチラ見した後、ゴクリを喉を鳴らし。


「な、なあ。あんた、俺と前に一度、何処かで会った事がないか?」


 太陽の藪から棒に尋ねる問いに女性は、は?と目を瞬きさせる。


「う、うーんっと……。私はここに来るのは初めてですし、スミマセンが、私は貴方の顔に覚えはありませんね」


 聞かれたはずの女性が申し訳なさそうに頭を下げるのに対して、太陽はいや……と後髪を掻き。


「こっちこそすまん……。変なことを聞いたな。忘れてくれ……」


 互いに頭を下げる絵面になったところで、女性の方が頭をあげて再び怪訝しく首を傾け。


「そういえば、あなたはあそこで何をしていたのですか?」


「何をしていったって、なにが?」


 今度は太陽が女性に聞き返す。
 太陽が橋から飛び降り自殺をしていたと勘違いしていた女性が何故そんな質問をするのか。
 女性は自身の顎に手を当て推理し始める。


「私の早とちりであなたが自殺をしていると勘違いしてしまいましたが、それが違うなら、なんであなたがそこにいたのか……。私がが予想するからに、あなたは何か嫌なことがあって、あそこにいたんじゃないですか?」


「どういう考え方をすれば、その結果にたどり着くのか不思議だが、別に大したことじゃねえよ」


 鼻で息を吐き膝で頬杖を突く太陽だが、内心図星を突かれて冷や汗を流していた。
 相手は会って数分程度の相手だが、この女性は中々勘が良いようだ。
 少しばかり天然が入って早とちりが過ぎるが、洞察力は高いのか……。


 少し癪な太陽は苦虫をか噛み潰したような苦々しい形相を浮かべるが、誤魔化すように失笑して。


「本当に大したことでもなないんだけどな。それに、もし仮に悩みがあったとしても、今先刻会ったばかりのお前〈相手〉に話せるわけないだろ」


「そうですかね。会って数分程度だから話せることもあると思いますよ? 相談窓口とかは他人だからこそ気兼ねなく相談ができたりするじゃないですか。ここで会ったも何かの縁ですし。もし何か悩み事があれば、私に言ってください。話せば少しは楽になると思いますから」


 女性は食い下がらず、彼女の一理ある言葉に太陽はたじろぐ。
 このような丁寧な口調とは裏腹のぐいぐいと来る感じに、太陽は千絵と親近感を覚える。


 相手は今日ここに引っ越してばかりだと口にしていた。
 顔を見るからに中高生のどちらかだろう。
 少なくとも大学生、社会人ではない面持ち。


 彼女の言う通りに他人だからこそ話せる部分もあるが、引っ越して来た相手、もしかしたら何処かの学校に転校してくる可能性が大きい相手に悩みを吐露していいのだろうか。
 太陽の住む街は別段に狭くはないが、歩いていれば偶然に出会うことも大きいだろう。
 その際にこの悩み相談が尾を引いて気まずくなったらと思うと二の足を踏んでしまうが。


 喉につっかえ、重い息を吐きだし身を軽くする様に太陽は、今胸に抱える想いを吐き捨てる。


「んじゃあ。会って間もない相手だが、せっかくだから相談を聞いてもらおうかな」


 女性は分かりました、と笑顔で頷くと、太陽はそのそっと口を開いた。




——―――――10分後―――――――


 人の悩みを聞いて少しでもその人のためになるのではと思い、太陽の悩みを聞いたはずの女性だったが、会話の初めまではうんうんと相手に不快を与えない程度の相槌を打っていたが、話が進むにつれてその表情が曇りだし、終わった時には悩みを吐露した太陽ではなく、彼女の方が顔を伏せていた。


「えっと……ですね。まさかここまで本格的な悩みだったとは……。もうちょっとフランクな悩みと思ってましたが、私、恋愛とかあまり分からないんですが……」


「なんだなんだ? 人に悩みをぶちまけなさい的なことを言った癖に、いざ相談されれば出来ませんとか言わないよな?」


 意地悪な笑みの太陽に女性はムッとカチンときた様子で。


「そんな事は言いません。確かに私は生まれてこの方恋愛はしたことがありません……が! 一度受けた悩み相談に対して逃げるつもりはございません!」


 確かにとは、この者が一度も自身が恋愛経験がないと口にはしてないはずだが。
 少し空回った様に威勢だが、別にふざけているわけでもなく、態度は至って真剣なものだった。


「えっと……一度整理いたしますと。貴方は大好きだった彼女さんに振られた。そして、その彼女さんを忘れる為に貴方は見た目を大きく変えたものの、やはり忘れられずに多数の女性に惨敗している……ってことでいいですか?」


「……うん、まぁ、ね……。合ってはいるんだが、もう少し俺に気遣いと言うか……。改めて再確認されたけど、案外傷つくぞ……」


「あ、ごめんなさい!」


 強く頭を下げる女性に太陽は頬を掻いて苦笑いを浮かばし、ある点に気づく。


「そう言えば俺たち互いに自己紹介がまだだったな。先刻から貴方呼ばわりされるのもなんだ嫌だし。俺の
名は古坂太陽。んで? あんたの名前は?」


「そう言えばそうでしたね。古坂さんですか……。覚えました。私の名前は晴峰御影です。前の学校の人からはみーちゃんだったり、ミカと呼ばれてましたので、お好きにお呼びください」


「本人からお好きに呼んでいい許可を貰ったのはいいが、俺たちは初対面だし、普通に晴峰と呼ばせてもらうよ。同じ土地に住む同士、よろしくな、はるみ……」


 ね、と彼女の苗字を口にする寸前に太陽は自身の口に手を当てて考え込む。


「(晴峰御影……やっぱりだ。この名前、どこかで聞き覚えがある……。どこだ……。どこで俺は、この名を聞いたんだ……!?)」


 先ほどは御影と名乗る女性の顔に見覚えを感じた太陽だったが、相手からは自分とは初対面だと言われ、他人の空似だと勘違いをしたが。
 太陽はこの女性の名にも聞き覚えがあった。
 しかし、何処でその名を聞いたのかまでは思い出せないでいた。


「あの……古坂さん? どうしたんですか、そんな考える人の様な何かを捻りだしそうな眉を寄せた形相をして?」


 それはトイレの大に大しての暗喩なのかはこの際無視をするにしても。
 必死にこの者の名と繋がる何かを探ってる内に怖い形相になっていたようだ。
 太陽は額に流れる汗で指でなぞり、誤魔化す様な作り笑いで。


「すまん。悩み相談を受けているのに違うことを考えてた……。話を進めてくれ」


 太陽が言うと御影は怪訝しく首を傾げて、中断していた話を再開させる。


「お互いの名前も知ったところで。古坂さんの悩みですと……。現在の古坂さんは過去に振られた傷を癒すために、その元カノさんを忘れにて前に進むために頑張っているのは分かりました」


 彼女は目を伏せると、その瞳に少しの憂いを交えながらそっと口を開く。


「……ですが、全てを忘れたとして、それは……本当に前に進んでいると言えるのでしょうか?」


「……どういう意味だ?」


 自身の道を否定する言葉に太陽は低い声で返す。


「スミマセン。恋愛経験もなく、あなたの事情を知らない私が言えば何も知らない分際でと思うとかもですが、敢えて言わせてもらいますと……。正直、古坂さんのやられていることは前に進むではないと思います」


 少し緊張した様な口調で御影が言う。
 太陽は無言で目を細めて彼女に続きを促す。
 太陽の意図を察した御影は、そっと土手から腰を上げて立ち上がり。


「何度も言いますが、私は生まれてこの方殿方とお付き合いしたことがありません。今まで部活の方に打ち込んできてその暇がなかったのが原因ですが。だからか、正直私は失恋の苦しみを知らないからこんなことが言えるのでしょう……。しかし、古坂さんの失恋と、私がこれまで経験した挫折が一緒であれば、古坂さんのしていることを否定できます」


「お前の……挫折?」


 はい、と御影が返すと、彼女は雲が自由に漂う空を仰ぎ語る。


「まずこれは私の身の上話になりますが。私の母親は昔、陸上の長距離選手で世界大会に出場するほどの実力者でした。……桜ノ宮凛と言う名前に聞き覚えはないでしょうか?」


「桜ノ宮凛……って、何度かテレビで聞いたことがあるな……。俺が生まれるよりも前に何度も世界大会に出た陸上選手だっけか?」


「そうです。……そして、その桜ノ宮凛こそが、私の母親です」


 マジで!? と引退して尚、様々な陸上選手の育成などの特集を組まれる、陸上業界ではカリスマな女性の娘が目の前にいることに驚きが隠せない太陽。
 その反応を見慣れているのか、特に引かない御影はクスクスと笑い。


「母は陸上に関しては厳しかったです。そのおかげで、娘である私は物心付いた頃から沢山の英才教育を受けて来ました。文字通り、雨の日も、風の日も、雪の日も、母は一切手を抜かずに私を鍛えてくれました」


「……辛くなかったのかよ……」


 天候が荒れる日での特訓に対して、太陽の率直な感想に御影は微笑して。


「それは勿論、辛かったですよ。足の裏の豆を何度潰したことか。足の裏から血が流れて歩くのもしんどかったこともありますよ。……ですが。逃げ出そうとは思いませんでした」


 御影は思い出に耽る優し気な笑顔で髪を上げる。


「母の念願であるメダル獲得……なんて大層なことを思っているわけではありません。確かに母が陸上選手だから、私も陸上を始めましたが、やっていく内に私も走るのが好きになって、いつか、偉大な母を超える……それが私の目標でした」


 でした、その過去形が引っ掛かった太陽は首を傾げる。


「でしたってことは、今は違うのか?」


「そういう訳で言ったわけではありませんが。それよりも先に果たさなければいけないことができただけです」


 そう言って彼女は自身の背中まで伸びて煩わしいと言った髪を一撫でする。


「昔の私は正直天狗になっていました。母より引き継いだ才能、恵まれた環境、優秀なコーチ。そして、誰にも負けない努力がそれを裏付け、私は一度も陸上で負けたことがありませんでした……あの時までは」


 あの時……とその言葉を聞いた時、太陽は心臓がドクンと鼓動する。
 そして過去の映像が瞳に移るフラッシュバックが起き、思わず目を手で覆う。


 一瞬映った景色は、泣きじゃくってこちらに叫ぶ女性の姿。
 その姿は誰かに似ていた。


「(……そうか。そうだったのか……。やはり……俺は一度、こいつに会ったことがある……。だが、こいつ自身はそれを覚えてはいない。いや……覚えられるほどの精神状態じゃなかったのかもしれない)」


「ここには父の都合で引っ越すことになったのですが、私は前の所で一人暮らしをしないかと両親に勧められました……。しかしここに、あの約束を交わした相手がいると知って、私は転校を決意したのです」


「(知っている……。お前が約束を交わした相手を)」


「全国大会に出場してもその人に会える保障はない。なら、近くに行って、少しでも再戦ができる可能性を増やしたい。私の夢である母を超えるのは、その人に勝ってから始まるのです。……そう、私が勝ちたい相手は……」


「(その再戦を望む相手……)」


――――――渡口光 (さん)

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  • ノベルバユーザー225569

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