学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

傷を隠す道化師

 太陽の住む地域は田舎で高校数は少ない。
 太陽の家から、太陽の通う高校まではバス通学を行う程の距離がある。
 それが理由で現在、太陽は学校に向かうバスに乗車していた。


「(うん……まぁ、同じ学校なんだから当たり前か)」


 バスの窓に薄ら反射する自分の顔……ではなく、太陽の斜め後方に座る光の姿が確認出来た。。
 太陽と光は同じ高校に通っており、同じ地域に住んでいるのだから、時間さえ合えば同じバス乗るのも必然である。
 昔はバスに乗る際は隣で一緒に座ってたりもするが、今では離れた席に座っている。


「(まぁ、今更どうでもいいがな)」


 そこそこ早い時刻だが、部活の朝練や自習でかバスに乗る生徒の数は多い。
 そして、その中には先程の(一方的)な言い争いを目撃した生徒がいたのか、こちらを見てヒソヒソと小話をしている。が、太陽は我関せずとばかりに特に気にはしない。


「ねむっ……」


 心地よくバスに揺られて睡魔に襲われる太陽は首で船を漕ぐ。
 数分だけ意識を朦朧とさせてると、バスが停車したのに気づく。
 どうやら目的地に着いたらしい。


『えー。鹿原かばら。鹿原高校前にご到着しましたー。荷物の忘れ物が無い様にお降りください』


 仮眠程度に寝ていた太陽は車内放送で目を開き、周りを見渡す。
 目的地の学校前に着いており、太陽が寝ている間に他の停留所からバスに乗って増えていた生徒達がぞろぞろとバスを降りようとしていた。
 その流れに乗って太陽も席を立ち、ICカードをスキャンしてバスを降りた。
 バスは高校の直ぐ手前で停車してから、そのまま直進して学校の門を通る。


 体は真っ直ぐにして横目で後方を見ると、光も降車していた。
 これも同じ高校に通っているのだから当たり前か……と、学校では基本顔を合わせたくない相手と同じ学校などだと再確認して嘆息してしまう。


 太陽が通う高校は住む地元では進学校で、そこそこの偏差値を誇る。
 太陽が住む地元には学校があまり無く、公立の学校は太陽の通う学校を含めて3校で、他は農業高校、工業高校がある。
 この二つは主に卒業後は就職が多いから、大学に進学したいと考えている太陽はこの学校に通うしかなかった。


 しかし、お世辞にも太陽は学力が良いってわけではない。
 中学の成績は中の下ほどで、友達との遊びで時間を費やしたツケが中3の頃に襲い掛かった。
 偏差値も届いておらず、受かるかどうかの瀬戸際な状態だったのだが、必死に猛勉強して、なんとか進学校に入学は出来たとだが……その勉強を教えてくれたのが、他でもない……元カノだったりする。


「(……けど、あの時俺は、あいつと同じ学校に行きたいからって頑張ったのにな……まさか、こんな形で後悔するとは思わな―――――って、俺は何を考えてるんだ? 少し気を抜くと無意識にあいつのことを考えてしまう……。俺はあいつの事を必死に忘れようとしてるのに)」


 今まで、極力同じ学校でも顔を合わせず、会話の一つもなかったのだが。
 今朝偶然に遭遇して、流れで少しの間一緒に歩いて会話をしたのが原因か、少し未練がましくなったと太陽は沈んだ気持ちを振り払う。


「よう、太陽! 元気してるか!」


 突然とバンと豪快な音を鳴らしたと同時に背中に衝撃が奔る。
 うぐっ、と前のめりに体勢を崩す太陽は、その原因の男を睨む。


「痛ぇな、信也……。いきなり人の背中を叩くんじゃねえよ」


 太陽の背中を叩いた男の名は新田信也。
 中学の頃に知り合い、それから4年間の付き合いのある親友で、現在も太陽と同じ学校に通っている。
 不意打ちと人に危害を加えることを諫める太陽だが、反省の色を見せない信也はヘラヘラと笑い。


「いいじゃねえかよ? 俺とお前の仲だろうが。んで、どうだった?」


 暖簾に腕押しなのか、何を言っても聞かなそうなのは太陽は中学の頃で把握している。
 だから諦めて信也の質問に答える。


「どうだったってのは、動画のことか?」


 太陽が聞き返すと信也は正解と頷く。
 太陽は小さく息を吐き。


「どうしたもこうしたも、お粗末な演奏だったよ。初心者なら、もう少し上達してからアップした方がいいんじゃねえか?」


「……いや、面白かった、つまらなかったならいざ知らず、動画のUp云々に関して俺に言われても知らないけどさ……。言うなら、後ろのご本人に言った方がいいんじゃねえか?」


 クイと信也が顎で指す。
 後ろには太陽が辛辣な評価をする動画に登場する一人、光がこちらを見ていた。
 だが、太陽が目を向けると、直ぐに顔を逸らす。
 太陽は露骨に嫌な表情を浮かばせ小さく舌打ちをする。


「なんで俺があいつに言わねえといけねえんだよ。渡口・ ・にはお前から言ってやれ」


 太陽が言うと信也は渋面となる。
 信也が反応したのは、前までは『光』と呼んでいたのが、いつの間にか『渡口』に変わっていたのだ。


「お前……まだ渡口と仲違いをしているのか……。もう1年以上経つんだしさ、そろそろ仲直りした方がいいんじゃねえか? このままだと完全に疎遠になるぞ」


 信也はお節介で昔の2人に戻って欲しいという心遣いなのだろうが、その何気ない言葉が太陽の神経に触れ。


「……年数なんて関係ねえよ。俺とあいつはもう取返しのない所まで来ているんだ。このまま疎遠になったところで知ったことかよ。それに、信也。お前のそのお節介は嫌いじゃないし、友達として嬉しいよ。だがな、恋愛でのお節介はただ相手をイラつかせるだけだから、あまり関与しない方がいいぞ?」


「あ、あぁ……悪かった、ごめん」


 別に信也が謝る事ではないことは太陽は分かっている。
 信也も光のことを中学から知っている。
 太陽と光が幼馴染でどんな仲だったのか近くで見て来たからこそ、今の二人の関係に対して見て見ぬフリが出来ないのだ。
 その事に関しては太陽も感謝している。
 だが、気休めなお節介は更に相手を傷つけるだけだからと、太陽からしてあまりその事には触れないでくれという気持ちの方が大きかった。


 空気が重くなり沈黙した状態で男二人並んで校舎に続く道を歩いていると、横から慌ただしい足音が近づく。


「おーい! 太陽っち、おはよう! この前のカラオケ楽しかったね! また一緒に行こう!」


 元気な声で近づくのは半袖半ズボンの陸上着姿の茶髪で短髪の女性。
 太陽のクラスメイトで陸上部に所属をしている池田優菜いけだ ゆうなだった。
 朝に響く大声に、太陽は一瞬、ぎょっと驚くも、コホンと咳を入れて――――いつもの・ ・ ・ ・の態度にチェンジする。


「おっす、ゆーちゃん、おはようさん! もちろんいいぜ! この前のゆーちゃんの歌、凄く上手かったしさ、惚れ惚れしたぜ。また聞きたいし、部活の休みの日にまた皆でカラオケに行こうぜ」


「本当に!? 太陽っちに言われると照れますな~。けど、ウチとしては太陽っちと二人キリで行きたいな~」


「その誘いは嬉しいけど。ゆーちゃんみたいな可愛い子を独占すると、沢山の男子から恨まれるから遠慮するよ。何人か誘って、カラオケ&プチ合コンするのも楽しそうでいいと思うぜ?」


「うーん。たしかに一理あるね。けど、ウチ的には二人キリで行きたかったけど残念だな~。それに、可愛いとかダンナは女子を煽てるのがうまいこと」


 グリグリと太陽の腹に肘を突く優菜。
 二人のやり取りをただ傍観していた信也は引き気味に唖然としており、それに優菜が気づき。


「どうしたのかな、新田君。もしかして新田君もカラオケに行きたかったりするかな? なら遠慮せずに来てもいいよ。新田君カッコいいし、私の友達は来てくれたら喜ぶから」


「い、いや……俺は別にいいよ……」


 遠慮とかではなく、本気で誘いを断る信也に、太陽は信也の肩に腕を回し。


「おいおい信也よ。女子からの誘いを断るなんて野暮なことはしちゃいけねえぜ? 大丈夫だよ、ゆーちゃん。こいつは是が非でも来させるから。今度部活休みがあったら連絡ちょうだい」


「OK! 飛び切り可愛い女の子たちを用意するから、その時は太陽君っちも男友達に声をかけてよ。あっ、太陽っちはウチが予約ね」


「お客様。俺は予約不可の当日早い者勝ちですのであしからず。まぁ、俺の場合はいつも売れ残ったりするけどな!」


 自虐を入れて笑いを取る太陽に優菜は否定する。


「えぇー。太陽っちいつも人気じゃないか! 中学の頃はそうでもなかったって聞くのが嘘だーって思うぐらいにさ。まぁ、ウチはそういったことは気にしないから、当日は直ぐに太陽っちを捕まえてやるんだから」


 狙い撃ちと表現したいのか、手を銃の形にしてバキュンと撃つ。
 しかし、言葉の弾丸が痛い所を撃ち抜かれて言葉を詰まらす太陽。
 優菜の発言通りに中学の太陽はこんな風に陽気に女子と話せるような性格ではなかった。
 だが失恋での経験から、昔の陰キャラだった自分を変えたくて、高校の頃からこんな性格をしているのだ。


 そして太陽が言葉を詰まらしていると、幸運なのか不運なのか、優菜は別の対象に目が向く。


「おっ、光さん! おはよう!」


「え、あっ、おはよう」


 立ち止まった太陽たちの横を通り過ぎようとした光を優菜が見つけ大声で声をかける。
 思いもよらぬ挨拶だったのか、光は少し戸惑うも笑顔で挨拶を返す。


「ねぇねぇ、今ね、もし今度ウチの部活が休みがあったら、この太陽っちを含めて何人かでカラオケに行こうと思ってるんだけど、光さんも行かない?」


 その無邪気な誘いに優菜を除く全員の空気が固まる。
 優菜は高校から太陽たちと知り合ってるから、高校入学前の事は知らないのだ。
 表情が険悪になる太陽、ハラハラと冷や汗を流す信也、たじたじとなって目を逸らす光。
 チラッと光は太陽に目を向けるが、太陽は嫌な表情を浮かばしているのを確認すると、必死に悲しみの感情を押し殺した様な無理した笑顔を浮かばせ。


「ごめん。私、今の部活が忙しいから、多分休みが被らないと思うんだ。だから、皆で楽しんで来て」


「えぇー。光さん可愛いし、人気者だから、来てくれれば皆のテンションぎゅんぎゅん上昇するとおもったんだけどなー。まぁ、部活なら仕方ないよね」


 歯を見せ笑う優菜。
 勿論、優菜は一切馬鹿にはしていない。


「それじゃあ、私は日直だから。もう行くね。誘ってくれてありがとう」


 笑顔で手を振って去っていく光を優菜はじゃーねーと手を振る。


 校舎の中に消えていく光を見送った3人。
 そして優菜は小さく溜息を吐き。


「それにしても、今思っても本当に残念だな……。光さん、陸上の才能があったのに、まさか怪我をするなんて……」


 現在の光は軽音部に所属をしているが、去年までは陸上部に所属をしていた。
 光は長距離走の選手で、その実力は全国レベル。
 中学の頃に高校からの特待生や推薦が沢山来る程の選手だったのだが、去年の夏の大会前に選手生命が断たれる大怪我を負ってしまった。
 何者かに憑りつかれたかのようなオーバーワークをして彼女の体がもたなかったのだ。
 今では日常生活に支障はなく、軽め程度なら走れるように回復はしたが、陸上選手としての復帰は見込めず、光に期待していた者全員が落胆をした。


 一時期落ち込んでいた時期もあったのを去年同じクラスであり元部活仲間の優菜は知っている。
 だから、今打ち込める物を見つけてくれたのを、友達として嬉しくも思っている。


「光さんの分までウチが頑張らないとね。それじゃあ、ウチはこれから朝練に行くから、今度の休みは連絡するから待っててね」


 光の分も頑張ると意気込み、部活に精を出す熱血部活生。
 優菜は短距離の選手だが、同じ陸上なのでいいのだろう。
 颯爽と走り去る優菜を見送った太陽と信也。


 そんな嵐のような5分も満たない時間に信也は苦笑いを浮かばせポツリと零す。


「……今度、胃薬でも買おっかな……」



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