ATM~それが私の生きる意味~

本屋綴@バーチャル小説家&Vtuber

錠本時雨②

 時雨に連れられてやってきたのは、広い庭を持った一軒家だった。時雨の立ち振る舞いから、ある程度は裕福な家庭に生まれたのだろうな、とは思っていたが、信二たちの想像を超えていた。


「ただいま戻りました、お母様」


 時雨は上品にドアを開け、程よい声量で母親に呼びかけた。


「あら、おかえり時雨。あら、その二人は……」
「ええ。私のお客様です」
「そう。ところで、いつまでそうしているのかしら? 時雨」
「え?」


 信二とクロナは何のことなのかわからなかったが、すぐにその言葉の意味を理解した。


「……ふっふーん、どうよ、お母さん! お客さんを連れてくることに成功したよ! いや~、今日もいい調子だったなー。私の演技力もだんだんと上がってきてるんじゃない?」
「そうだといいわね。というか、お客さんは困惑している様子だけど」
「あ、そうだった。ごめんね、信二さん、クロナ。こっちが普段の私でーす。お外ではお嬢様を演じているけど、その中身はハイテンションな残念系美少女の時雨ちゃんでした~!! てへ☆」


 突然の時雨の変貌に、クロナと信二は呆然としていた。


「あ、あれ、もしかしてドン引いちゃった? ごーめんね、プリティ時雨ちゃんスマイルでゆ・る・し・て・ね☆」
「ほ、本当に時雨さんなんですか?」
「というかクロナ、私のことは呼び捨てでいいよ。クロナの方が年上なんだし。だって私はまだぴちぴちの十三歳だもん!」
「え、私より年下なんですか~!?」


 あまりの衝撃の連続で、クロナは気絶しそうになっていた。


「と、とりあえず、座らせてもらいたいんですけど、いいですか? ちょっと疲れてるんで……」
「あ、そうだったね。じゃあ私の部屋へレッツゴー!!」


 時雨は強引に手を引き、クロナと信二を自分の部屋へと案内した。






「……それで、どうして外ではお嬢様を演じているんだ?」
「うーん、ただの趣味? かな」


 どうやら特に意味はないらしい。
 クロナとは別の意味で不思議な少女だな、と信二は思った。


「それで、時雨ちゃんの話って何なの?」


 クロナは話を切り出した。


「二人にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「私を……、アイドルにしてください!」


 時雨は必死に頭を下げた。
 その姿を見た信二は一瞬戸惑ったが、


「どうして、アイドルになりたいんだ?」


 と聞いた。


「……話が長くなるけど、いい?」
「ああ」
「……私ってさ、髪の毛も肌も真っ白でしょ? 聞いたことあると思うけど、これはアルビノのせいなんだ。ほら、目も赤いでしょ」


 時雨は前髪をかき分けて信二たちに瞳を見せた。


「小さい頃は特に酷くてさ、日の当たる場所に一時間でもいると肌が真っ赤になるんだ。だから親が心配して小学校に通うのをやめたりもした。今も学校には通わずに通信で勉強しているんだよ」
「そうなんだ……」
「今は幼少期に比べればある程度は落ち着いているから、日焼け止めを塗ったり、長袖を着ていれば特に問題は無くなったかな。それでも油断はできないけどね。日差しの強い日なんかは日傘を差さなきゃ少し危ないかも」
「時雨は苦労してきたんだな」


 話からすると、時雨は彩希とは違った意味で苦労してきたようだ。


「自分で言うのもなんだけど、私は容姿だけは優れていると思うんだ。だから、アイドルに向いているんじゃないかって思った」


 容姿の良さは確かにアイドルには必要不可欠だ。しかし、容姿だけですべてが決まるわけではない。


「だが、容姿がいいだけでアイドルになれるわけではないぞ。それは頑張っているアイドルたちに少し失礼じゃないかな」
「本当にそうかな?」
「え?」


 時雨は真顔で語った。


「人がどんなに努力しても、天然の美貌ってのは手に入らないんだよ。整形やメイクで整えた顔は、意外と見ただけでわかるもんだよ。どこか他で見たことがあるような感じがするしね。それに、整形はいつか劣化しちゃうでしょ」
「それを言ったら、時雨の今の容姿だっていつかは劣化するかもしれないじゃないか」
「その通り。私のこの容姿もいつかは劣化してしまうかもしれない。だったら、今のうちにアイドルデビューさせて私を使って一儲けした方がいいんじゃない?」
「な……」


 自信満々に言う時雨を見て、すごいことを言うなと信二は心の中で思った。
 まるで自分自身を利用しても構わないと言っているようだ。


「見た目がいいからって、売れるとは限らないぞ」
「でも、人の目は惹くでしょ? 可愛い子ならたくさんいるけど、私のような容姿をしている人はなかなかいない。グループに入れて客寄せパンダみたいな形で使用しても構わないよ、私は」
「……」
「アイドルとして売れるためには、まずは大勢の人に見てもらわなければならない。でも、実力があるとか、曲がいいとか、そんな単純な理由じゃ人を惹きつけることなんてできない。実力がある人がいいなら他にもいるし、曲の良し悪しなんて人それぞれでしょ。そんなんじゃ結局埋もれちゃうよ。だから、まずはどんなことでもいいから人の興味を寄せなければならない。私の容姿は、それにはうってつけじゃないかな」


 時雨は、単純な興味だけでアイドルになりたいと言っているわけではなかった。
 彼女なりに考えて、自分はアイドルに向いているのではないか、と考えていたのだ。


「確かに、君の言っていることは一理ある。けど、俺の一存で簡単に決めるわけには」
「ダメ……ですかぁ? 信二さぁん……」


 時雨は瞳を潤わせ、甘ったるい声で訴えかけた。


「……とりあえず、社長に確認してみるか」
「あ、ありがとうございます!」
「……信二さん、籠絡されてませんか」


 クロナは呆れた目で信二を見る。


「いや、俺も自分なりにいろいろ考えたんだ。彼女の演技力や度胸、思考力はなかなかのものだ。歌やダンスは練習すればある程度は身に着くし、彼女をスカウトするのも悪くないんじゃないかな」
「まあ、それはそうですけど……」
「やったー! じゃあ早速事務所に行きましょうよ、二人とも」


 時雨はベッドの上でぴょんぴょんと跳ねている。


「まあ社長ならアイドルの素質を見抜くことくらい容易いだろうし、時雨がアイドルに向いているかどうかがわかるんじゃないか」
「そうですね。実は私も、時雨ちゃんとアイドルやってみたいと思っていましたし」
「じゃあちょっと待っててね。お母さんに出掛けるって言ってくるから。あ、先に行っちゃダメだぞ☆」


 時雨はしっかりと釘をさした。


「……あの個性の強さはクロナも見習ってみたらどうだ?」
「……私には無理そうです……」

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