ATM~それが私の生きる意味~
オーディション当日 一次審査
ついにこの日がやってきた。クロナにとって、人生のターニングポイントになるであろうオーディションの当日だ。
指定された会場に足を踏み入れたクロナの心中は、驚くほど普通だった。
「今日でアイドルになれるかどうかが決まるんだ……」
クロナは受け付けでエントリーをし、応募書類を渡した後控室へと案内された。
控室の扉を開けると、そこには大勢の少女で溢れていた。
皆アイドル志望の少女たちだ。同世代のアイドル志望と関わったことのなかったクロナには、控室にいるアイドル志望全員が自分より歌やダンスが上手そうに見えた。
(この中から選ばれるのは最終的に一人だけ……残れるように頑張るぞ!)
クロナは心の中で気合を入れ直した。そのとき、
「皆さん、お集まりのようですね。では、これからオーディションの説明に入りたいと思います」
と、審査員らしき人物が控室に入ってきた。
見るからに大物そうな人物が何人もいる。その中には、ホームページに顔が出ていた今回のオーディションの主催である事務所の社長の姿もあった。
「まず、皆さんには二つのグループに分かれてもらいます。それぞれAグループ、Bグループに分かれ、別会場で審査致します。各グループの合格者一名ずつで最終選考を行い、審査の基準を満たせばどちらかが合格となります。もし両者とも審査の基準を満たせなかった場合は、合格者は出ませんのでご注意ください。それではグループ分けを発表します。名前を呼ばれた方は返事をして担当の者についてきてください。名前を呼ばれなかった方はこのまま控室でお待ちください」
審査員は一人ずつ名前を呼び出した。名前を呼ばれた少女たちは緊張した面構えで控室を後にしていった。クロナは名前が呼ばれるかと身構えていたが、呼ばれることはなかった。
「では、残った皆さんはAグループとしてこれから審査を行っていきます。では会場に向かいましょう。私についてきてください」
クロナは一列に並び、審査員の後についていった。
「これが、今回オーディションを受ける少女たちか……」
会場へ向かう少女たちを見守っているのは、今回のオーディションを主催した事務所であるGMプロダクションの社長である吉岡和久とその友人で中小事務所の社長である飯田隆だ。
「幸香のような逸材が発掘できるといいのだがな」
「いや、彼女クラスの逸材はそうはいないだろう。最も、私は既に他で見つけてしまったがね」
吉岡の言葉を否定した飯田が、自慢げに言った。
「……前に言っていた、福岡でスカウトしたという少女のことか?」
「ああ。彼女は類まれなる身体能力の持ち主だった。今はまだ大した実力ではないが、磨き上げれば相当なものになるだろう」
将来が楽しみだ、と飯田は想像にふけていた。
「ふん。まあせいぜい飼い殺さないように注意するんだな。……ん?」
吉岡の目に、ある少女の姿が映った。
黒髪のショートボブで、派手さがない少女。一見どこにでもいるような見た目だが、彼の目には全く別の姿が映っていた。
「な、あれはまさか……」
「どうした?」
驚いた表情を浮かべている吉岡を、飯田は怪訝な目で見た。
「あの少女を見てみろ。あの顔は……」
「!! ……まさか、他人の空似だろう。アレのはずがない」
「だが非常に似ている。とにかく、応募書類を確認してみるか。他人の空似ならそれで構わない。だが、もし、もしもアレだったら、どう扱うべきか」
「……」
二人はそれきり黙ってしまった。
会場へとついたクロナたちアイドル志望は、用意されているパイプ椅子に座り、一次審査の説明を聞き始めた。
「まず歌から審査しますが、歌については予め指定していた歌を歌ってもらいます。歌で審査するのは、大きくわけて発声、音程、リズム感の三つです。これらを厳密に審査し、一定の基準に達することができた方のみ二次審査へと進むことが出来ます。皆さん是非合格目指して頑張ってください。では、早速審査に入りたいと思います。番号を呼ばれた方は前に出てきてください」
審査員からも説明が終わった後、すぐにオーディションが開始された。クロナの出番は番号から察するにまだ先だ。周りの様子を見ていると、皆緊張しているのか、顔が強張っている。
クロナは不思議と緊張していなかった。それどころか、早く審査員に今の自分を見せたくて仕方がなかった。
「では、番号54番の方、前へお願いします」
「はい!」
ついにクロナの出番が来た。クロナは落ち着いた様子で席から立ち上がり、審査員たちの前へと向かった。
「54番、クロナです。よろしくお願いします!」
元気よく挨拶し、一礼するクロナ。
「はい、よろしくお願いします。ではまず自己PRからお願いします」
「はい。私の長所は、どんなときでも笑顔でかつ元気でいることです。私は小さいころから、アイドルになるために練習してきました。小さいときに、『アイドルはどんなときでも常に笑顔でなくてはならない。だから笑顔を絶やさないようにしろ』と教えられてきました。それ以来、私は笑顔を絶やさずに元気に過ごしてきました。なので、長所ひいては特技は笑顔と元気です。いつも明るくニコニコしています。よろしくお願いします!」
「その教えは、一体誰に教えられたものなのかな?」
審査員の一人である初老の男性が、クロナに質問をした。
「それは、審査には関係あるんでしょうか?」
クロナはにこやかに、しかし強い口調で質問し返した。
「……いや、関係はない。しかし、私は以前似たような言葉を聞いたことがあるのでな」
クロナの強い口調に、審査員は怯んでしまった。
「そうですか。それなら、答える必要はありませんね。それに、こんな言葉はありふれていると思いますけど」
審査員に喧嘩を売るような口調でクロナは返答する。
「確かに、ありふれた言葉ではあるな。しかし、その言葉通りに貫き通せる意思を持つ少女など、果たして存在するのだろうか」
「ここにいるじゃないですか」
大胆な言葉を、さも当然のように発する。
「もし私の言葉が信じられないというのであれば、私を合格させれば、その疑問は解決すると思いますよ」
「これは、大胆なことを言う少女だ。その言葉は相手に失礼とは思わないのかな?」
「……ふふ。おかしなことを言いますね」
突然、クロナの様子が変わった。以前信二の前でも見せた、まるで何かにとり憑かれたような彼女だ。
「アイドル、いや芸能人なんて、自己顕示欲の塊みたいな人ばかりじゃないですか。そもそも、自分を売り込みたいと思わなければ、アイドルになろうとなんて思いませんよ。ここで媚を売ったところで、そんなものを見飽きているあなたたちからしたら、くだらない、卑しい人間にしか映りません。だからこそ私は、こんな場所でも自分を売り出すんです。相手に失礼かもなんて思ってたら、何にもできませんよ。どんなチャンスだろうと見逃したりはしない。私はアイドルになるためにオーディションを受けにきたんですから」
そのクロナの言葉を聞いた会場の人々はざわつき始めた。
「……なるほど。そこまでして、君はアイドルになりたいというのだね。ではお聞きするが、何故君はアイドルになりたいと思うのかな?」
「それが、私の生きる意味だからです」
クロナは真剣な目つきで審査員を見据えた。その奥にある、審査員の思惑を透視するかのように。
「……ふふふ、なるほど。生きる意味か……。わかった、質問はこれくらいにしておこう。少々話が脱線してしまったからな。では次は歌を披露してもらいましょうか。準備をお願いします」
「はい」
課題曲が流れ始め、クロナはメロディにそって歌い始めた。
特に音を外すこともなく、声も比較的安定していた。
その後も特に山などはなく、クロナは歌を歌い終えた。
「はい、ありがとうございます。それでは席についてください」
「はい」
歌い終えたクロナは、速やかに自分の席へと戻っていった。
クロナの一連のやりとりを見ていた他のアイドル志望たちは、彼女の堂々とした姿を見てより一層気合を入れるものもいれば、あんなことは自分にはできないだろうと意気消沈してしまうものもいた。
いずれにせよ、クロナの出番以降会場の空気が変わったことは間違いなかった。
指定された会場に足を踏み入れたクロナの心中は、驚くほど普通だった。
「今日でアイドルになれるかどうかが決まるんだ……」
クロナは受け付けでエントリーをし、応募書類を渡した後控室へと案内された。
控室の扉を開けると、そこには大勢の少女で溢れていた。
皆アイドル志望の少女たちだ。同世代のアイドル志望と関わったことのなかったクロナには、控室にいるアイドル志望全員が自分より歌やダンスが上手そうに見えた。
(この中から選ばれるのは最終的に一人だけ……残れるように頑張るぞ!)
クロナは心の中で気合を入れ直した。そのとき、
「皆さん、お集まりのようですね。では、これからオーディションの説明に入りたいと思います」
と、審査員らしき人物が控室に入ってきた。
見るからに大物そうな人物が何人もいる。その中には、ホームページに顔が出ていた今回のオーディションの主催である事務所の社長の姿もあった。
「まず、皆さんには二つのグループに分かれてもらいます。それぞれAグループ、Bグループに分かれ、別会場で審査致します。各グループの合格者一名ずつで最終選考を行い、審査の基準を満たせばどちらかが合格となります。もし両者とも審査の基準を満たせなかった場合は、合格者は出ませんのでご注意ください。それではグループ分けを発表します。名前を呼ばれた方は返事をして担当の者についてきてください。名前を呼ばれなかった方はこのまま控室でお待ちください」
審査員は一人ずつ名前を呼び出した。名前を呼ばれた少女たちは緊張した面構えで控室を後にしていった。クロナは名前が呼ばれるかと身構えていたが、呼ばれることはなかった。
「では、残った皆さんはAグループとしてこれから審査を行っていきます。では会場に向かいましょう。私についてきてください」
クロナは一列に並び、審査員の後についていった。
「これが、今回オーディションを受ける少女たちか……」
会場へ向かう少女たちを見守っているのは、今回のオーディションを主催した事務所であるGMプロダクションの社長である吉岡和久とその友人で中小事務所の社長である飯田隆だ。
「幸香のような逸材が発掘できるといいのだがな」
「いや、彼女クラスの逸材はそうはいないだろう。最も、私は既に他で見つけてしまったがね」
吉岡の言葉を否定した飯田が、自慢げに言った。
「……前に言っていた、福岡でスカウトしたという少女のことか?」
「ああ。彼女は類まれなる身体能力の持ち主だった。今はまだ大した実力ではないが、磨き上げれば相当なものになるだろう」
将来が楽しみだ、と飯田は想像にふけていた。
「ふん。まあせいぜい飼い殺さないように注意するんだな。……ん?」
吉岡の目に、ある少女の姿が映った。
黒髪のショートボブで、派手さがない少女。一見どこにでもいるような見た目だが、彼の目には全く別の姿が映っていた。
「な、あれはまさか……」
「どうした?」
驚いた表情を浮かべている吉岡を、飯田は怪訝な目で見た。
「あの少女を見てみろ。あの顔は……」
「!! ……まさか、他人の空似だろう。アレのはずがない」
「だが非常に似ている。とにかく、応募書類を確認してみるか。他人の空似ならそれで構わない。だが、もし、もしもアレだったら、どう扱うべきか」
「……」
二人はそれきり黙ってしまった。
会場へとついたクロナたちアイドル志望は、用意されているパイプ椅子に座り、一次審査の説明を聞き始めた。
「まず歌から審査しますが、歌については予め指定していた歌を歌ってもらいます。歌で審査するのは、大きくわけて発声、音程、リズム感の三つです。これらを厳密に審査し、一定の基準に達することができた方のみ二次審査へと進むことが出来ます。皆さん是非合格目指して頑張ってください。では、早速審査に入りたいと思います。番号を呼ばれた方は前に出てきてください」
審査員からも説明が終わった後、すぐにオーディションが開始された。クロナの出番は番号から察するにまだ先だ。周りの様子を見ていると、皆緊張しているのか、顔が強張っている。
クロナは不思議と緊張していなかった。それどころか、早く審査員に今の自分を見せたくて仕方がなかった。
「では、番号54番の方、前へお願いします」
「はい!」
ついにクロナの出番が来た。クロナは落ち着いた様子で席から立ち上がり、審査員たちの前へと向かった。
「54番、クロナです。よろしくお願いします!」
元気よく挨拶し、一礼するクロナ。
「はい、よろしくお願いします。ではまず自己PRからお願いします」
「はい。私の長所は、どんなときでも笑顔でかつ元気でいることです。私は小さいころから、アイドルになるために練習してきました。小さいときに、『アイドルはどんなときでも常に笑顔でなくてはならない。だから笑顔を絶やさないようにしろ』と教えられてきました。それ以来、私は笑顔を絶やさずに元気に過ごしてきました。なので、長所ひいては特技は笑顔と元気です。いつも明るくニコニコしています。よろしくお願いします!」
「その教えは、一体誰に教えられたものなのかな?」
審査員の一人である初老の男性が、クロナに質問をした。
「それは、審査には関係あるんでしょうか?」
クロナはにこやかに、しかし強い口調で質問し返した。
「……いや、関係はない。しかし、私は以前似たような言葉を聞いたことがあるのでな」
クロナの強い口調に、審査員は怯んでしまった。
「そうですか。それなら、答える必要はありませんね。それに、こんな言葉はありふれていると思いますけど」
審査員に喧嘩を売るような口調でクロナは返答する。
「確かに、ありふれた言葉ではあるな。しかし、その言葉通りに貫き通せる意思を持つ少女など、果たして存在するのだろうか」
「ここにいるじゃないですか」
大胆な言葉を、さも当然のように発する。
「もし私の言葉が信じられないというのであれば、私を合格させれば、その疑問は解決すると思いますよ」
「これは、大胆なことを言う少女だ。その言葉は相手に失礼とは思わないのかな?」
「……ふふ。おかしなことを言いますね」
突然、クロナの様子が変わった。以前信二の前でも見せた、まるで何かにとり憑かれたような彼女だ。
「アイドル、いや芸能人なんて、自己顕示欲の塊みたいな人ばかりじゃないですか。そもそも、自分を売り込みたいと思わなければ、アイドルになろうとなんて思いませんよ。ここで媚を売ったところで、そんなものを見飽きているあなたたちからしたら、くだらない、卑しい人間にしか映りません。だからこそ私は、こんな場所でも自分を売り出すんです。相手に失礼かもなんて思ってたら、何にもできませんよ。どんなチャンスだろうと見逃したりはしない。私はアイドルになるためにオーディションを受けにきたんですから」
そのクロナの言葉を聞いた会場の人々はざわつき始めた。
「……なるほど。そこまでして、君はアイドルになりたいというのだね。ではお聞きするが、何故君はアイドルになりたいと思うのかな?」
「それが、私の生きる意味だからです」
クロナは真剣な目つきで審査員を見据えた。その奥にある、審査員の思惑を透視するかのように。
「……ふふふ、なるほど。生きる意味か……。わかった、質問はこれくらいにしておこう。少々話が脱線してしまったからな。では次は歌を披露してもらいましょうか。準備をお願いします」
「はい」
課題曲が流れ始め、クロナはメロディにそって歌い始めた。
特に音を外すこともなく、声も比較的安定していた。
その後も特に山などはなく、クロナは歌を歌い終えた。
「はい、ありがとうございます。それでは席についてください」
「はい」
歌い終えたクロナは、速やかに自分の席へと戻っていった。
クロナの一連のやりとりを見ていた他のアイドル志望たちは、彼女の堂々とした姿を見てより一層気合を入れるものもいれば、あんなことは自分にはできないだろうと意気消沈してしまうものもいた。
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