ATM~それが私の生きる意味~

本屋綴@バーチャル小説家&Vtuber

二人の出会い

 平野信二の人生は、最近何もかもがうまくいっていない。
 この前受けたオーディションでは最終選考まで残ったにも関わらず落とされてしまったり、友人たちと組んでいたバンドは今日のライブで解散してしまったり、さらにはバイトをしていないので生活費も危うくなってしまった。
 大学に行っても講義の内容にはついていけていない。バンド活動で大学を休みすぎてしまい、成績もCとDばかりだ。信二の脳裏に、オーディションの審査員長である事務所の社長の言葉が浮かび上がった。


「君の歌はうまいし、曲も良い。だけどね、心に響かないんだよね。人を魅了する歌ではないよ」


 その言葉を聞いたとき、信二は自分の音楽人生を否定された気がした。


「心に響かないってなんだよ!? 俺より下手なやつが合格だと? ふざけるんじゃねえぞ!」


 そう言ってやりたかったが、あの場では何も言えなかった。


「このままじゃやべえよ……」


 信二はもう大学三年生だ。
 来年にはもう就職活動をしなければならない。音楽で生きていくことを小さいころから夢見ており、オーディションにも積極的に参加してきた。しかし、結果はすべて落選。この前受けたオーディションが最終選考まで残ったのでついにデビューできるかと思ったが、この結果だった。


「はあ…。このままじゃフリーターか最悪ニートだ」


 フリーターはともかく、ニートだけは避けなければならない。両親にこれ以上負担をかけたくないという気持ちもあるからだ。だが実際どうしようもない状況なのには変わりない。成績も出席状況も悪く、就職活動の準備すらしていないのだから。


「もう今日はいろいろ考えるのはやめよう。疲れちまったよ」


 信二はあてもなく歩いていたが、ふと小さな公園まで辿り着いた。ギターを担ぎながら歩いていたので、心だけでなく体も疲れていた。


 しばらく公園のベンチで休もうと思い座った。公園を見渡してみると、小さい子供たちが遊具などで遊んでいる。信二も十年ほど前まではあんなふうに将来のことなど何も考えずにただ遊ぶだけでよかった。あの頃に戻りたいと思いつつ、もうどうしようもないということもわかっていた。
 夕暮れのチャイムが鳴り、子供たちも帰って行った。信二は誰もいない公園に一人佇んでいた。
 ふとこの寂しさをまぎらわしたくなり、解散ライブで歌った曲を弾き、歌いだした。


「~~~♪」


 誰もいない公園に、信二の歌声が響く。観客は一人もいないが、信二の心はだんだんと穏やかになっていった。
 改めて、自分は音楽が好きなのだということを自覚した。歌手になるのは無理だったとしても、せめて音楽に関わって生きていきたい。
 そう思っていた信二の目の前に、一人の少女が現れた。


「いい曲ですね」


 突然話しかけられ、信二は演奏をやめた。
 声のした方へと顔を向けてみると、そこには一人の少女が立っていた。


「いつの間に……」
「驚かせてしまいましたか。ごめんなさい。でも、結構前から居ましたよ? お兄さんは演奏と歌に夢中で気がついていなかったみたいですけど」
「そうだったんだ」


 信二は少女を観察してみた。
 身長は低く、140cmくらいだろう。顔も幼いが、制服を着ていることから中学生だろうか。しかし、気になるのは服が酷く汚れていることだ。おまけにかなりボロボロで、見ただけで何日も同じ服を着ているのだということがわかった。
 髪は黒色のショートボブで、髪先が少し赤みがかっている。


「もしかして、この曲はお兄さんがつくったんですか」
「そうだよ。一応プロ目指してたからね」
「目指してた?」


 少女は過去形であることに疑問をもったようだ。


「うん。何回もオーディションを受けてるんだけど、いっこうに受からなくてさ。もうそろそろ就活もしなきゃだし、あきらめようかなって考えてたんだ」


 こんな話をたった今出会ったばかりの少女に話してどうするんだと思いつつも、誰かに話したくて仕方がなかった。


「そうなんですか。私はお兄さんの歌はうまいと思うけどな。やっぱりプロの人が聞くと違うんですね」
「俺の歌はうまいが、心に響かない、人を魅了する歌ではないって言われたよ」
「心に響かない……?」
「ああ。君はどういうことだと思う?」


 信二は意地悪な質問だなと思った。
 自分でも答えがわかっていないのに、この少女にわかるはずがない。


「歌っているときに、何を思って歌っているかってことじゃないですか?」
「え……?」


 答えが返ってくるとは思っていなかった。


「さっきの曲ってどんな感じの曲なんですか?」
「今日はバンドの解散ライブがあってね。そのためにつくった曲なんだ。これで最後ではなくてまた次があるから寂しくない、悲しくないっていうテーマを組み込んだんだ」
「やっぱりそうだったんですね」


 信二は少女の思考が理解できなかった。


「何がそうなの?」
「だってこの歌を歌っていたときのお兄さんはどこか苦しそうな表情をしていたんだもん。それって悲しみを堪えながら歌っていたんですよね?」
「俺そんな表情してたのか」


 あの歌を歌っていたときは、心が穏やかになっていた。


「お兄さんの話を聞くに、多分お兄さんは心のどこかで焦っていたんじゃないですか? もう来年には就活をしなくちゃいけない。夢を追いつづけられるのは今のうちだ。そういう考えが歌にも出てきちゃんたんじゃないでしょうか」
「……」


 少女は異様な雰囲気を醸し出している。まるで何かが乗り移ったみたいだ。


「そのせいで歌に中身がなくなり、技術面だけが浮かび出てしまった。歌は技術も大事だけど心も必要なんです。心のこもった歌はまさに芸術と呼ぶにふさわしいものだと思います。その二つがあって初めて歌の上手い歌手、つまりアーティストと呼ばれる人になるんじゃないでしょうか」


 語る少女の目は信二の心を見据えているようだった。


「って、私何いってるんでしょうね。素人の意見なんて何の参考にもならないですよね」
「君は一体、何者なんだ?」
「……ごく普通の女子ですよ」


 少女はにこりと笑って答えた。
 少女の言葉を、信二はいまいち信じられなかった。


「……なあ君、何か歌ってみてくれないか」


 そこで信二は試してみた。
 歌を聞けば、この少女が何者かがわかる気がした。


「えー、何でですか?」
「君は俺の歌を聞いたんだ。だったら俺も君の歌を聞いてもいいだろう?」
「プロ目指してたのなら人に聞かせて当たり前じゃないですか?」
「うっ……ま、まあ細かいことは気にせずに。ね?」
「……」


 少女はこちらをじっと見ている。
 いくらなんでも理由が苦しすぎた。


「まあ、いいですよ。でも私、あんまりうまくないですよ」
「別に構わないよ」
「じゃあいきますよ」


 少女は歌い始めた。


「~~~♪」


この曲は聞き覚えがあった。今大人気のアイドル、紺野幸香の曲だ。
信二は少女の歌を評価してみた。


(……声質は並、音程はところどころはずれてるけどまあ安定してる。リズム感は悪くない。声量がちょっと小さいかな。音域は結構広いかもしれない。女性の平均音域がF3~E5と言われてる中、この曲はD3~F5まで使う曲だ。それをブレイクせずに歌えている。訓練すれば相当上手くなるかもしれない)


 少女は歌い終わった。


「ど、どうでした?」
「細かく言ってもわからないだろうからざっと言うけど、まず君は音域が結構広いね」
「そうなんですか?」
「うん。紺野幸香の曲は音域広いからね。それをややフラットぎみだったけど歌えてたから」
「はい。私、えっと……幸香ちゃん? の歌大好きなんです。彼女のようなアイドルを目指しているんですけど無理ですよねえ」
「……?」


 少女は一瞬言葉を詰まらせていた。何故なのかはわからない。


「でも。歌の才能はあると思うよ。トレーニングを積めば、きっと幸香のようなアイドルになれるかもしれない」
「そうなんですか」
「可能性はあると思う」


 信二は何の根拠もなしに言った。随分無責任だな、と心の中で思った。


「才能があるなんて初めて言われました。とっても嬉しいです」


 少女は目に涙を浮かべていた。


「え、そんなに嬉しかったの」


 泣くほど嬉しがられるとは思っていなかった信二は、少し戸惑っていた。


「ええ、とっても」


少女は涙を拭った。


「でも、目標が紺野幸香か。ずいぶんと高い目標だな」
「そうなんですか?」
「そりゃあね、ほら、あれ見てみ」


信二と少女は街頭テレビに映る紺野幸香を見た。来月発売するシングルのPVか何かだろう。


「歌とダンスの上手さはトップクラス。インディーズ出身だからかコアなファンもいるし、ビジュアルも申し分ない。音楽氷河期が終わったとはいえ、まだまだ回復している最中の現代で、デビューシングルが初動10万枚を超えるなんていう記録を出してからは人気もうなぎ登り。あれでまだ13歳っていうんだから驚きだよ。正にアイドルになるために生まれてきた、という言葉がぴったりだな」
「アイドルになるために生まれてきた……」
「ああ。彼女の登場から、他の事務所もアイドル部門に力を入れ始めたって聞くし、音楽業界はこれからさらに盛り上がっていくのかもな。音楽を愛する身としては、百年前のような邦楽全盛期の日本をもう一度見たいっていう気持ちもあるから、彼女には頑張ってほしいな」
「……」


 紺野幸香のPVを見た少女は何かを考え込み、


「あの、お願いがあるんです。私に歌を教えてくれませんか」


 と信二に言った。


「え?」


 信二は、彼女の突然の言葉に硬直した。


「ど、どうして俺に歌を教わりたいんだ?」
「さっき歌を聞いたとき、上手いなって思ったからです」
「いや、そうじゃなくて、君はなんで歌が上手くなりたいんだ?」
「それは、……さっきも言いましたが、私は幸香ちゃんみたいなアイドルを目指しているんです。だから歌が上手くなる必要があるんですよ」
「えー……」


 言っていることは理解できるが、何も俺から教わる必要はないだろう、と信二は思った。


「よかったらでいいんです。時間が空いているときだけでもいいので、教えてください」
「そうは言ってもなあ……」
「さっき、お兄さんは私は才能があるって言ったじゃないですか。その言葉の責任をとってください!」


 少女は急に脅迫じみた言葉を発した。


「……じゃあ、暇なときだけなら、いいよ」


 少女の熱意に、信二は負けた。


「ありがとうございます! では、これからよろしくお願いしますね」


 少女は手を差し出した。信二は少し戸惑いながらも、その手を握った。


「あ、そういえばまだ名前を聞いてませんでしたね」
「そういえばそうだったな。俺は平野信二って言うんだ。年は21歳、大学三年生だ」
「私は、……クロナって言います。年は14歳です」
「クロナか。よろしくな」


 少し変わった名前だな、と信二は感想を心の中で述べた。
 クロナという少女は、名前を言うときに一瞬何かを考え込んでいた。先ほどから所々変なところがある。何か秘密でもあるのだろうか。


「でも本当によかったのか? 今日出会ったばかりの男を簡単に信用するなんて」
「はい。悪い人じゃなさそうですし。それに……」
「それに?」
「いえ、なんでもありません。ところで、練習って、どこでやればいいんでしょうか」
「まあ、適当でいいんじゃないか。カラオケとか、ここみたいな公園とかで」
「公園で練習していいんですか」
「多分な」


 信二はまたしても無責任な言葉を言った。


「わかりました。じゃあ暇なとき連絡しますから連絡先教えてください」
「ああ」
「……これでよし。ではお兄さん……いえ、信二さん、さようなら」
「またな」


 軽く挨拶をして、二人は別れた。
 何だか変なことになったな、と信二は今日の出会いを振り返った。
 この出会いは、クロナと信二のアイドルを目指す第一歩だった。

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