皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

レンドレス、魔族との終焉


 翌日の未明、ニューロス王は、国を囲うとてつもなく高く険しい山脈が途切れている、ガーランド王国との国境の門を開けるように命じた。
 山脈と同じくらい、そこを越えてレンドレス共和国に入っていくのは難しい壁と門。
 そこでレンドレス共和国軍が対面したのは、山脈ごと包囲していたオワサワール皇国軍だけではなく、反レンドレス同盟の国々が集まった連合国軍。
 レンドレス側は、そこに軍隊が並んでいるとは思っておらず、連合国側は、まさか門が開けられるとも思ってはいなかった。
 しかも両者とも戦闘態勢はとってはいない。
 互いに警戒はするものの、出されている指令は現状維持。
 レンドレス側には、国内から別の軍がその場に加わり、連合軍側は警戒を強める。
 しかしその軍勢は、連合国各国の責任者の部隊を招き入れる指令を伝えるためにやってきた部隊。国内で彼らが何かの問題に巻き込まれないための警護も役目も兼ねていた。

 護衛の案内で連合軍から選ばれた部隊は国内に入る。
 いくつかの都市を抜け、まだ昼まで時間があるうちに首都のオリノーアに到着。そして王宮の中に入っていく。
 国民達は、自分達にとって初めて物々しい様子に不安な顔を彼らに向ける。
 しかし特に連合軍に敵意を向ける者はいない。

 そして王の部屋に入っていくと、オワサワールの国軍部隊を除いた昨夜と同じ面々が既に揃っていた。

「なっ! ロワーナ王女! なぜここに?!」

 国の代表である王ニューロスへの挨拶の言葉より先に出たのは、ガーランド国の皇太子リューゴの驚いた声。
 軍の責任者ではないが、ロワーナと面識がある者がいたら彼女も説明をしやすいのではないかという国王からの計らいだった。

「え、えぇ、いろいろとありまして……。それよりも紹介します。あえてこの国の実質上での紹介です。この国の王、ニューロス=ブレア。そしてその王妃のヘミナリア、こちらが王女のミラノスです」

 昨夜、ミラノスが離婚することを口にしたこともあり、話をややこしくしないため、ギュールスの紹介はここではしないことにした。
 かなり昔に王政を廃止したと思われていた国が、まだその体制を続けていることに同盟国側の全員が驚くが、それよりも重要な話がこの後に控えていることもあり、ひとまずその話題は後回しにする。
 が、そのあとで研究員三名と親衛隊の紹介をしたため、ただでさえ青い色が目立つギュールスに誰もが注目する。

「彼は……先にこの国に私が潜入させました。彼にはこの後協力してもらうので同席させました。まずは緊急でお呼び立てして申し訳ありません」

「いやいや。我々はまず魔族を討ち払うことを第一としますからな。前々からレンドレスは魔族と何らかの関わりがあると睨んでましたから。それを突き止めたとあっては、同盟国ならいつでも即動くでしょう。で、その拠点は当然見つけられたのですな?」

 ロワーナは頷いてニューロスを全員の前に立たせる。
 ニューロスは穏やかな表情のまま先代から引き継いできた魔族に関する研究を赤裸々に語り始めた。

 その内容はロワーナも初めて聞く話もあった。
 当然ヘミナリアもミラノスもそんな彼の話を聞くのは初めてである。
 魔族を率いて他国の村や集落を全滅させた話や、魔族を操る力を持つ者が国内に現れないため他国から素質のある子供を、魔族を使って連れ去った話まで語られた。
 初めて知らされたヘミナリアとミラノスは、ニューロスの悪行に涙を流さずにいられなかった。

 連合軍の中には、ニューロスの自白のような証言を疑う者もいた。
 その表情にほとんど変化が見られず、喜怒哀楽の心の動きが感じ取れなかったせいもある。
 そして彼の口から語られた中で、地下の研究室での研究の結果の一切の資料はすべてその部屋の中にあり、外には漏れていないことも判明した。

「我々がニューロスの無抵抗化を図るためにかけた術の影響で、裏表のない思いのまますべてを語ってもらった。その術の効果が切れることはない。信じたくもない話もあったが、彼の証言に嘘偽りはない」

 ロワーナは高らかな声で断言。
 連合軍からはロワーナにいろいろ聞きたいことはあったようだが、まずは魔族の件を優先とした。

 頃合いを見計らい、ロワーナはギュールスに目配せをする。
 ギュールスはそれに頷き、小部屋へ案内。研究室に案内役で先導した。

「ニューロス王と王妃、王女は?」

「……王の無抵抗化に成功しましたが、やや無気力になったようで長時間の移動は無理と判断しました。王妃と王女はこの件には全く触れられていないので、研究室に連れて行くのは逆効果かと」

 藪蛇のようなことはしたくはない。
 究極の目的はあくまで魔族と世界との絶縁。
 触れるべきものではないし、知らない者は知らないままの方がいい。
 連合軍の者達も、直接それはどんな物かは知らない。
 この世界の者達がそれに触れて、さらに探求するために魔族と接触する目的で悲劇を増やすわけにはいかない。
 そのためにこの世界に二度と姿を現さないようにするための、その証言者となってもらうために彼らはその研究室に案内された。

 部屋の前に辿り着き、二つ目のドアを開ける。
 ガラスの壁の向こうに見える、上から吊るされた巨体は二体の魔族。
 部屋の中の機械をそこから見渡して、こうも研究を進めていたのかと驚くばかりの連合軍。

「この部屋の中に、研究のすべてがあると言っていた。今からこの部屋をすべて焼却する」

 焼却という案なら全員が賛同していただろうが、いきなり連れてこられていきなりその処分方法を伝えられても、ロワーナの独断専行としか思えない。

「真偽を問う魔法でも何でも私にかければ済む話だろう! 審判にかけるなると時間がかかる。その時間の間に誰がこの研究を引き継ぐことを考え出すか分かったものではない! この研究を根絶やしにするのは今しかない! 今決断しなければ、それこそ世界中が疑心暗鬼に包まれてしまうぞ! だからこそ貴殿らをこの部屋に立ち入らせないようにしているのだ!」

 王女とは言え、たった一人の女性、ロワーナからの鬼気迫る力説に押される彼ら。
 現場の判断ということもあり、彼女の提案に乗ることになった。

「獄炎の術、ですか……。初めて見ますな……」

 ギュールスがかけたその術を見て、案内された連合軍の中の魔術師の一人が呟く。
 たとえ地面がさらに下まで掘り起こされても、燃えさかる火はその空間での位置が変わらないまま永遠に燃え続ける魔術。
 その空間に踏み込んだ者も燃やし尽くし、灰も残らない。
 しかしその火の範囲は縮まることもなければ拡がることもない。

 他国の者の目に晒されたレンドレス共和国の極秘の研究室は、機械、魔族、研究資料と共に永遠の炎に包まれ、そのまま入り口の前で立つだけの多くの証人の目にその光景が焼き付けられた。

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