皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

一人の王女 三日目の絶望と目覚め始めた決意


 レンドレス共和国に滞在する期間の予定は三日目を迎える。
 その日程の内容は、首都オリノーアの案内。
 とはいっても、観光名所を見て回るということではないようだ。
 そして案内されたのは、ロワーナと親衛隊のエノーラとメイファの三人。
 案内するのはギュールスとレンドレス共和国の魔術兵二人。やはり流石に彼個人への質問はできないまま。
 ニューロスは公務。ヘミナリアとミラノスは、王宮に残っている親衛隊の接待をしている。

 街中を案内するために六人を乗せた馬車は王宮専用。
 その馬車を見かける街の者達は、前回同様馬車に向かって笑顔で手を振ったり、無邪気な子供達は走って馬車を追いかけようとする。

「……馬車の警備はないのですね」

「王家の身の安全を考えるならそれも必要でしょう。ですが警備をつけると、国民との距離が縮まりません」

 作物の旬の物を贈るために駆け寄ってきたり、こんな風に子供達がついていこうとするのは、時々危なっかしくてそっちの警護が必要かもしれませんが、とギュールスは苦笑いする。
 オワサワールの国民と国、皇帝や私への気遣いはそこまでしてくれなかったのに、なぜこの国にはそんなことまで考えている。私との約束はどうなったのだ。
 気持ちが緩むとそんなことを叫びそうになる。
 ロワーナはその思いを堪えるため、伏し目がちにしてギュールスの顔から視線を外す。
 そんな心中は察しないまでも、エノーラとメイファはまだ気分はすぐれないのとかロワーナを労わる。

「……乗り心地が悪いのでしょうか。移動に適した物がこれしかなくて申し訳ありません」

 今のギュールスに自分の思いを言い当てられるわけがない。
 そう感じたロワーナは力なくかぶりを振る。

「いいえ、お構いなく。それよりどこへ行くのです?」

「目的地は街外れですがもうじき着きますよ。……よそから我が王家に加わるということは、それなりの役割を果たしてもらわなければ意味がありません。そのためにはこの国のことを知っていただかなくてはあとで困ります。もっとも知る必要のないものは教える気はありませんし、一度にいろんな情報が入るのも大変でしょうし」

 それから間もなくして馬車は止まる。

 風通しの良い草原。
 そばには小川が流れており、水車が付いた小屋がある。

「……ここが目的地なのですか? どこの国にもある、ありきたりな風景ではないですか」

「この場所は誰でもくることはできますが、活用できるものはごくわずか。その効力を持つ土地は全世界を見てもここしかありません」

 またもギュールスはニヤリと笑う。
 そして魔術師二人に合図をすると、彼らは同時に何かの呪文を唱え始める。それはロワーナは初めて耳にするもの。
 エノーラとメイファも聞き覚えのないものだった。

 ギュールスとロワーナの足元の周りに、金色の光が円形になって現れた。

 瞬時にして周りの景色が変わる。ロワーナはギュールスと共に、見たこともない森の中に佇んでいた。

「こ……ここは……」

「心配ありません。ここは私にとっては重要な場所ですが、あなたはここがどこかを知る必要はありません。それよりここから移動する先の方が重要です」

 ギュールスはそう言うと呪文を唱える。
 ロワーナは何度か聞き覚えのあるそれは、自身も何度かかけたことがある転移の術。
 オリノーアからどこか分からないこの場所に転移するまでには奇妙な現象が現れたが、今度は一瞬のうちに景色が変わる。

「い、一体何を……」

「ここ、どこだか分かります?」

 目隠しをされてから移動してその目隠しを解くと、見慣れた場所であってもそこはどこかすぐには分からないことがある。
 来たことはあっても覚えていなかったり見慣れていなかったりすれば、ここはどこかと問われても分かるはずがない。
 彼女の今の心境はそれと似たようなものだった。

 しかしロワーナの答えはそうではなかった。

「さっきと同じように小川が流れているが、あの場所じゃない。水車小屋はなかったしさっきよりも平地が狭い。いや、その前に何と言うか、感じ慣れた空気がある……。……まさかここは!」

「流石ロワーナ王女。その通り。オワサワールの首都、ライザラールの街外れ。都市中から注目されたらかないませんからね。……今私かけた術は、高位の魔術師には一般的な転移魔法。地面が金色に光ったのは、門降臨の魔法です」

「門降臨?」

 転移魔法は、魔術をかける者とその対象者に効果が現れる。そして転移する質量は術者の力に左右される。
 門の降臨は、転移する入り口を出現させる魔法である。
 出現させる魔法はさほど難易度は高くない。
 だが転移の門を据え付けるための魔法はかなり高難度。
 ロワーナですら聞いたことのない種類の魔法である。

「次期レンドレス国の大統領……国王候補の第二夫人となるあなたの国と国交を持つためには、他の国に立ち入らず、直接往復するルートがあるのが自然でしょう? 義父でもあり国王でもあるニューロスにそのことを相談したら快諾してもらえましたよ。我がレンドレスとここ、オワサワール皇国の首都、ライザラールとを自由に行き来できる道を作ることをね」

 そんな高難度の、転移の門設置の魔法をギュールスはその地にかけた。
 金色の円が地面に浮かび上がる。
 その魔法の成功を見て、またも歪んだ笑い顔を見せるギュールス。
 ロワーナは激しく後悔した。
 ギュールスは何を考えているのか。なぜレンドレス共和国の一員になっているのか。
 そのことを如何にして問い詰めるか。その事しか考えていなかったことに。
 ロワーナはそんなことを悩んでいる間、レンドレス共和国はオワサワール皇国に、どれだけ有利に事を運び、どのようにして優位に立つかを企んでいたのだ。
 そしてオワサワール皇国には、ロワーナに第二夫人という肩書をもって人質とし、ロワーナには、オワサワール皇国は侵攻の標的に晒される脅しを常にかけられてしまったのである。

「さぁ、戻りましょうか。向こうで待っている者達がくたびれるでしょうから」

 金色の円の上の二人の姿はその場から消える。
 そして初めてオワサワール皇国に現れた金色の円も、静かに地面から消えた。

「今度は……ニューロス……王の部屋?」

 二人の移動先はレンドレスの首都、オリノーアの王宮の中。
 今度は見覚えがある部屋は、この王宮に来て最初に入った部屋である。

「……他の者達は? エノーラとメイファは?!」

「さっきの場所で待っててくれてますよ。これから迎えに行きますから安心してください。そちらの国に設置したあの門の行き先をこの部屋にしました。こことそちらの国への往復は、今後はこの門を使うといいでしょう。余計な手間が省けて便利になりますよ」

 ロワーナはギュールスの言葉を聞いて目の前が暗くなった気がした。
 次第にギュールスの、いや、レンドレスの好きなように扱われる気がしてならない思いが強くなる。
 そんな思いに駆られるロワーナのことを特に気にすることもなく、ギュールスは彼女と一緒に、魔導士二人と親衛隊二人が待っている場所に転移した。

 …… …… ……

 その日の昼食後の休み時間に、ロワーナは親衛隊に相談をする。
 このままでは、反レンドレス同盟の中心国であるオワサワール皇国が完全に孤立し、同盟が分裂してしまう事態にまで陥る可能性がある。
 このまま日程通りに事が進みそのままロワーナ達が帰国したらば、世界が破滅に向かいかねない。

「私達だけで何とかしなきゃいけないってことですか?」

「そうだ。国軍を率いるには、陸路、海路ともに他国を経由しなければならない。そこへどう話をつけるか。その前に本国にこの事実を伝えるにはどうすればいいか。元帥にはともかく、父上である皇帝には、近衛兵の部隊に混族がいたという話は伝わってはいまい。寝耳に水の話を信じてもらえるのは難しかろう」

 ギュールス自らが、自分の立てた功績を他者のものとする提言をした。
 出撃した報告の中に近衛兵団はいたことは記載されていたが、ギュールス個人の行動は書かれておらず、出撃名簿に名前は連ねられるがその種族名も報告にはない。
 つまり、元帥にはロワーナが口頭でギュールスの存在については報告されたが公式には詳細なところまでは、皇帝には報告は受けていないはずである。

 信じてくれるかもしれないが、そこまで説明するためにどれほど時間を要するか。

 それよりは、ロワーナと親衛隊だけで行動を起こすよりほかはない。
 そのチャンスはこの日の夜と翌日の夜。
 日中に行動を起こすと、この国の軍を相手にしなければならないかもしれない。
 ロワーナは一人だけ案内を受けた研究室での内情を親衛隊達に伝える。
 そして目的は三人の研究員の魔術師とニューロス王、ギュールスの五人の拘束、あるいは成敗。
 最悪でもギュールス以外の四人を何とかすれば、この国に来て間もないギュールスは反レンドレスに任せればいい。
 たとえ皇帝にギュールスのことを知られていなくても、冒険者達や傭兵達からは素顔が割れている。
 逆に他の四人すべては、その存在と素性を知っているのはここいる者達だけなのだ。

「となると、あとはヘミナリアとミラノスがどう動くか、ですね」

「魔族の研究にはほとんどと言っていいほど関係していない。この国は世界の中でどうあってほしいか、その思いを聞いてみる必要はある」

 ロワーナの意見は、親衛隊から反対される。
 反撃の旗印が消えてしまうことにもなるからだ。

「ふっ。そこまで間抜けではない。雑談めいた話にすればいいのだ。夕食後ゆっくりと話をしたいとでも言えば、一対一で応じてくれるなら良し。そうでなければ彼女らが気付かない合間に電光石火で地下の研究室に攻め落とす」

 戦争などの戦場ではあまり力になれないかもしれない親衛隊だが、このような修羅場では国軍の精鋭達にも引けは取らない実力を持つ。
 だが先走るのは禁物。何せ自分達の命は敵中にある。
 まずは夕食後の時間。気持ちを落ち着けてミラノスと対話をする。
 すべてはそれからである。

 今の自分がしなければならないことは、周りから怪しまれずに午後の予定をこなすこと。
 ロワーナは深呼吸して、頭と気持ちの整理をした。

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