皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

王女二人 


 昼食の時間が終わる。
 第二夫人になる決意をしたロワーナ。
 だが多くの謎が彼女の心の中に深く刻み込まれる。

 なぜギュールスがここにいるのか。
 なぜギュールスはこの国の、実質王女であるミラノスと婚姻関係を結ぶことになったのか。
 なぜギュールスは、憎んでいる魔族の力の研究に加担しているのか。

 問い詰めたいところだが、この国の中心であるブレア家の者が傍にいる以上、その問いを一つも出せずにいる。
 これまで、エンプロア家の者、王女としていろんな重圧に耐えてきたロワーナだったが、そんな疑問が生じてからは二日も持たず体調を崩してしまった。

 帰国を勧めたのは意外にもギュールス。
 しかしロワーナはそれを拒否。
 オワサワールに戻ったら、彼にその疑問を投げかける機会がまた遠のいてしまう。
 そしてそれに強く同意したのはミラノス。
 第二夫人になる決意をしたのなら、この王宮は彼女の家も同然。
 自分の部屋にいるのと同じくらいリラックスして体を休めてほしいという願いからだった。

「……第二夫人になると決めたとしても、事実上はまだ他人同士。女性が休んでいる部屋に、関係を持たない異性が入り浸るわけにもいかないな」

 ギュールスは困り顔。
 そこにミラノスが助け舟に入る。

「私が看病して差し上げましょう。それとお付きの方々もそばにいられると、ロワーナ王女もいくらか気持ちは落ち着くのではないでしょうか」

 ロワーナはその逆を希望したかった。
 ギュールスにすべての疑問をぶつける絶好のチャンスを逃すかもしれないからだ。
 しかし自分が休んでいる間まで付き添うことは出来ないという彼の主張も一理ある。
 それに体調が落ち着いたらギュールスを呼び出せばいい。

 ロワーナはミラノスの好意を受け、親衛隊とともに割り当てられた部屋に案内をしてもらった。

 部屋に入り、ミラノスと親衛隊の助けを借りながらベッドに横たわる。
 ベッドから離れたテーブルの周りに親衛隊が控え、ミラノスはベッドのそばの椅子に座り、静かに看病している。
 婚姻関係を結ぶ前だからか、親切に、丁重にもてなされている。
 第二夫人となったらば、そのミラノスの親切心がどう変わるか分からない。

 聞かなければならないこと、話さなければならないことはあるはずなのに、気持ちが落ち着き、頭の中が整理される気配がない。

「これじゃ、何のためにここに来たのか分からないわね……」

 ロワーナは静かに目を閉じながら、大きなため息をついた。
 だがそれをきっかけに、ミラノスは静かに口を開く。

「……そんなことはありません。こうして、あの人がいない場所でロワーナ王女とお話しできる機会を得ることが出来たのですから」

 ギュールスを見た時から、彼と直接、すぐにでも話を聞きたいと切に思っていた。
 だが自分もまた、そのように思われていた。ましてやこの国の、実質上王女から。

 ハッと目を見開き、ミラノスを見る。
 ミラノスは相変わらず優しいまなざしでロワーナを見つめていた。

「聞きたいことがあるのですが」

「私に、ですか? こんな状態の私が答えられることであるなら、どうぞ」

 親衛隊も、ロワーナに何を聞き出そうとしているのか、警戒心を強めながらミラノスの方を見る。

「有り難うございます。あの人、自分のことあまり話したがらないんですよね。なので、あの人の昔のことをお聞きしたいのですが」

 ロワーナは確かにギュールスのことを知っている。
 勿論ミラノス以上に。

 だがギュールスはロワーナに「初めまして」と挨拶をし、彼女もその言葉に合わせた挨拶を返した。
 つまり初対面の者同士の挨拶を交わしたということになる。
 その初対面と思われているはずの者に、なぜその過去の話を聞きたがるのか。

「……青い体を持つ『混族』という種族があることは知っています。我が国ばかりではなく、世界中のほとんどの者達から嫌われる存在と」

「いえ、私は、彼の過去のことを聞きたいのです。お聞かせ願えますか?」

 笑顔のままロワーナに同じ質問を繰り返す。

「……恐れながら申し上げます。ロワーナ王女は、あの者とは」

「ご存じのはずです」

 後ろから声をかけたエノーラ。
 しかしそのままミラノスは即座に否定した。

「父上は私のことを、新婚と言いました。そして婿を迎えたとも言いました。そしてあの人の名前を皆さんに伝えました」

「……それが? 普通に紹介され、彼は『初めまして』と」

「その前です」

 ギュールスを初めて見た時の会話で、最初に言葉を発したのは彼だった。
 その前に誰が何を言ってたのか、ロワーナは瞬間的に思い出せない。

「父も、あの人も、彼の名前を言いました。でも口にしたのは名前だけ。ブレアという家名は、その前から何度か申し上げていたはずです。ですから彼の名前は『ギュールス=ブレア』なのです。それなのに、初めて会うあなたがなぜ彼の旧姓を知っていたのかと」

 ロワーナは心臓が凍りそうな感触を覚えた。
 思わずつぶやいた言葉は大きくはなかった。
 しかしそれでも、ミラノスの耳には届いていた。

「そ、それは……」

 ミラノスの後ろでは親衛隊達が気配を消してゆっくりと椅子から立ち上がる。
 ミラノスが気付くはずもない。
 そんな後ろの様子など全く眼中にないまま話を続ける。

「……あの人、自分の過去の話をほとんどしてくれません。父は身辺調査をしたようですが詳細不明のことが多く、『混族』が周りからどう思われているかということしか報告にあがりませんでした」

 ロワーナは、ミラノスの笑顔の中にある種の寂しさを見つけたような気がした。
 そして彼女に気付かれないように、その後ろにいる親衛隊へ、自重するよう身振りで指示を出す。

「両親の顔はおろか、種族も知らない。気が付いた時には森の中。そんなことを言ってました。記憶にないのは仕方がないでしょう。ですが、ご両親はどうだったのか、ということです」

「どうだったのか、とは?」

「……魔族がどんな者かは知っています。私達の命を蝕み、戯れ、踏みつぶすことしかしない者達。ですが、そんな魔族達と私達の間に生まれる子供は稀にいます」

『混族』の定義なら、世界共通の認識である。
 しかしそれに対してどのような感情を持つか。

「……この王国……敢えて王国と呼ばせていただきます。この王国では、魔族の力と性質を有する者として、神のような存在として尊ばれています。その象徴である青い体。私の目の前にやってきた時は、まるで子供の様に胸がときめきました。だって神様が私の前にやってきたんですよ?」

 そんな扱いを受けたことはなかっただろう。どう振舞っていいのか困り果てていたに違いない。
 ロワーナは、そんなギュールスの姿を容易に想像することができた。

「……しかし彼は神様ではありませんでした。私達と同じ、この世界の住人の一人。そうはっきりと感じるようになりました。それと同時に、魔族と私達の関係も」

 ミラノスの表情は暗くなる。

「彼がいると言うことは、生まれるまでは彼の母親は健在だったのでしょう。でもまともではいられなくなったのではないでしょうか。亡くなられたか、隔離されたか。母親が魔族なら、その記憶はあるでしょう。いずれにせよ、その後の彼の生涯は、普通ではないことくらい想像はつきます」

 ロワーナとて、その種族への評判や風当たり、噂話ならば普通に耳に入ってきていたが、その実態は自分の想像を越えていた。
 そのことをミラノスに聞かせれば、おそらくは彼女もそう感じるだろう。
 地下の研究所でのギュールスの様子からすれば、過去にオワサワールと繋がりがあったことを隠した程度で罰則を受けるようなこともあるまい。
 そう考えたロワーナは、確たる証拠のないこと以外の、彼女が実際に目にしたことや体験した彼についてのことをミラノスに聞かせることにした。


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