皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
先が見えない分かれ道 その先の交差点
ロワーナは、交渉決裂という最悪の事態だけは避けた。
レンドレス側の姿勢からは、まずは互いのことをよく知り、健全な関係を築いていきたいような姿勢を感じ取る。
両国間の間での問題が、単なる国交断絶だけしかないのなら問題はない。
だが、周辺国を一方的に占拠と解放を繰り返す。しかもオワサワール皇国の周辺国に限定されている。
そして武力ばかりではなく、世界中から非常に強い危機感をもたらす魔族の力による侵略行為。
他国へも同じ行為を繰り返しているなら、その国へ相談を持ち掛けるべき案件だろうが、落ち着いて考えるとオワサワール皇国に狙いを定め、反同盟を揺るがすという目的を持った外交のように見えてくる。
問題点にいきなり深く切り込んだ話をするのは難しい。
それを見越したのか、レンドレスからの事前の通信では一泊二日の予定でこの場を設けているという日程も伝えられていた。
これはロワーナにも有り難かった。
下手に長居をさせられて相手に言いくるめられたら、それだけで世界情勢は大きく変わる。
細かいことでも逐一本国に戻り報告し、今後の対策を練る。
ロワーナに出来ることは今の所それくらいしかない。
翌日の昼前にはこの国に来た時に乗船した客船に乗ったロワーナ一行は、ミアニムに近い海域にいた。
「次回の来訪予定は一週間後、ですか」
「いいように振り回されっぱなしだな。ひょっとしたら周辺国の占拠は領土拡大が目的ではなく、我々を都合のいいように誘導するのが目的だったのかもしれん」
ロワーナは、皇帝や元帥への報告の後に、そんな自分の感想を伝えることにした。
オワサワールの国土は世界で一番広い。
しかし二番目三番目とはそれほど差が開いていない。資源の産出量もそれなりである。
それでも決して国土が広くないレンドレスに弄ばれているような気がしないでもない。
そんな相手に優位に立つには、世界に危機を曝すようなこと以外の要望に過剰に応じ、それを足掛かりにするしかない。
レンドレスからの要望はまだないが、その話し合いの中で出てきた次回の会合予定の希望は一週間後。
ロワーナはそれを快諾する。
相手の具体的な出方が見えないと、こちらも動きようがない。
一週間の間は決して長くはないが、間が空いている期間中の状況は打破できないまま。
慌ただしいスケジュールだが、そういう意味では利点はないわけではない。
ロワーナ達は皇居に無事に戻り報告。
その内容から、ただの顔合わせ程度のレベルと皇帝は判断。
次回の期日の予定をそのまま受け入れた。
自ずと忙しくなるロワーナは、リューゴとの連絡を取る暇もないままレンドレスへの来訪の日を迎える。
一度目と同じルート、そして同じような出迎えを受けるロワーナ達。
話し合いの場では主導権、そして優位に立つことが重要だが、今はまずレンドレスの出方を伺うしかロワーナ達に出来ることはない。
ところがその出だしから、待つしか手がないロワーナ達の出鼻をくじかれる。
招かれた部屋は、前回とは別の、やや狭い部屋。
そこにいたのはミラノスのみ。
大統領夫人ヘミナリアはいないのはわかるが、護衛兵がどこにもいない。
「そちらの護衛の方々がおられないようだが……」
「何も問題ありません。何の害意もお持ちではないのでしょう? そちらはわが国に入ってこられたのですから警戒心はあるのは当然でしょうが、私共はあくまで友好関係を築くつもりでいますからな。どうぞお座りください。さて……」
ニューロスもテーブルに着くと、早速本題を切り出した。
「友好関係を結ぶ。そのためにはやはりその距離を縮めるのが一番でしょう。より親しくなるためには、そのための理由がなければ周りへの説得力に欠けてしまいます」
「周りの目を気にされるようならば、他国との国交断絶を」
「そこなのですよ。いきなり国交を再開します、と言い出しても信用していただけるかどうか。観客がいない場所で芸術品を公開し、論評をもらおうとするようなものです」
好きにしろ。
そう言われたら、その宣言も意味のないことである。
日頃の行いが悪いせいだろうと言いたくもなる。
どれだけ周りに大きな被害を及ぼしたのか、それを棚に上げて不満を述べているのだから。
「そこで互いに安心できる関係を持ちたいということですな。これは前回の話にも出しましたがね。そこで提案があるのですが……」
ロワーナが望む相手の出方がここでようやく見え始める。
ニューロスの言葉を一つも聞き漏らさず、彼の要求を聞いたら即座にいろんな対策を一度に頭に浮かべられるように、ロワーナは神経を研ぎ澄ませ集中させた。
「我が国にロワーナ王女を迎え入れようと思うのですよ。婚姻関係を結ぶ、ということですな」
ロワーナの予想の斜め上どころではない。次元の彼方まで突進するような、想像もしなかった言葉がニューロスから出てきた。
ガーランド王国のリューゴ殿下と婚約している身である。
そう伝えようとしたが、すべての国と国交を断絶しているこの国の者達にそんな話をしても通じるかどうか。
ましてや政略的な、しかも婚約止まりの話である。
そして自分と結婚する相手が果たしてどこにいるのか。
まさか一般国民ではあるまい。
混乱する頭を懸命に整理、かろうじて出てきた言葉が
「……大統領。他にもご家族がいるとは思いませんでした。その候補者はどこにいるのです? まさかこの国の何かの大臣とかでしょうか?」
まるで相手が出す条件をすべて受け入れる前提の質問にしか聞こえない。
「……言っておきますがあくまでも提案ですからな。親密な間柄になる方法で、そんなに手間を取らない手段というと、真っ先に思い付いたのがこれでしたから。もしこの縁談を喜んで受け入れてくださるのでしたらば、我が娘、ミラノスの婿の第二夫人として丁重にお迎えするつもりでおります」
「なっ!? む、婿の……第二夫人だと?! お嬢さんはこの間結婚したばかりと言われていたのではないか?!」
取り乱すロワーナ。
親衛隊もその言葉には驚くが、ロワーナと共に怒りの表情を露わにする。
友好関係を築くために結婚話を持ち掛ける。
これはまだ理屈は分かる。
そして、たとえばどこかから養子を迎え入れ、その妻として迎え入れる。
これも納得はいく。
だが、第二夫人として迎え入れる。
しかも大統領の息子ではなく、娘婿の第二夫人である。
ニューロスの神経を疑うなどというレベルではない。
あざ笑うかのように周辺国の占領と解放を繰り返し、一戦を交える機会すら与えられず、友好関係を結ぶ条件にどちらが格上でどちらが格下かを思い知らされるような屈辱的な話である。
「紹介しましょう……入ってきなさい」
ニューロスが呼びかけたドアが開く。
怒りに満ちた顔で、ロワーナは開いたドアに注目する。親衛隊全員もドアに目を向ける。
その部屋に入ってきた人物は、これまで何度も見てきた姿。
おどおどとした様子を何度も見た。
涙を流さない泣き顔も見てきた。
感情を押し殺した顔も見てきた。
そして、今髪の毛に付けている装飾品を、初めて見せて説明するときのうれしそうな顔もまだ記憶に残っている。
親衛隊も同様だった。
怒りと驚き、そしてわずかな喜びと悲しみが心の中で混ざり合う。
そして彼女達の感情は、ニューロスと、それに続くミラノスからの言葉で絶望の一色に染まる
「我が愛娘の婿、ギュールスです。この縁談の提案主がいては断ろうにも断りづらいでしょう。……ミラノス、後のことはいいね?」
「はい、お父様。ギュールス、ここへ座って?」
ミラノスは隣の椅子に座らせた。
同名の別人物かもしれないと淡い期待を持つが、わずかな時間だがはっきりと見えた背中の傷が同一人物であることを示している。
ニューロスが退室し、ギュールスと呼ばれた青い人物はミラノスの、ロワーナに近い隣の席に座る。
「……初めまして。ギュールスと申します。お会いできて光栄です、ロワーナ王女」
決して自意識を失ったような物の言い方ではなく、その人物は明らかに自分の意思で挨拶した。
「ギュールス=ボールド……」
ロワーナは思わず小声で呟いた。
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