皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
変わらざる事 変わらざるを得ない者
病院から本部に戻ったロワーナ達は、すぐにギュールスの個室に向かった。
彼の部屋のテーブルの上には、近衛兵のために誂えた防具と武器一式がきれいに並べられていた。
その手前に身分証とメモが一枚。
「いつ……こんなふうに……」
「あの村で倒れてからはそのまま病院に搬送されましたよね?」
「無理を言って退院して、一目につかずにここにきて……ってこと?」
「まさかのすれ違いにニアミス?!」
「落ち着け、メイファ。誰も病院を抜け出すなんて予想もつかないことだ。誰が悪いわけじゃない。強いて言えば……彼の強すぎる思い込みのせいだろう」
ロワーナは全員にそう言い聞かせながら、一枚のメモ書きを手にする。
「お世話になりました。約束は必ず果たします……か」
「私、探してきます。まだそんなに遠くに行ってないはずです!」
ケイナが部屋を飛び出した。
「包帯が捨てられてるってことは、新しい包帯撒く必要があるよね? 傷は完治してないはずだから。……防具の下はいつものボロそうな服装。それにその間から見える青い肌……」
メイファは考え込んだ後、彼を探しに行くことをロワーナに伝え、ケイナに続いて部屋から駆け出した。
そこまであの約束を気にかけてくれるギュールスの心の内を思い、ロワーナはまた切ない思いが一つ募った。
…… …… ……
ギュールスは病院を抜け出していた。
近衛兵という肩書があればこそ、傷の治療を受けることが出来た。
本部の施設の利用を許されていた。
親衛隊に入ることはまず考えられない。
他の部隊に編入するとなると、近衛兵の第四から第七部隊のように足並みを乱す原因になることも考えられる。
近衛兵に所属していた期間は、短いようで意外と長かった。
振り返ると、約半年。月給は六回受け取っていたことになる。
お金はなくても構うことはなかったが、あればあったで何かに使える。
本部内の金融機関で全額降ろす。
ここでも仲間達の探す行く手の先を越すことが出来た。
「……大分傷も癒えたから体もいくらか無理も利く。降ろしたお金で包帯たくさん買ったから、そこからみんなが追跡調査してくれるならさらに動きやすくなるかな?」
本部内の衣料品店と防具屋で新たな衣類とサポーター、そして体に着ける手袋や靴などを購入。
なるべく青い肌を目立たせない工夫をする。
そして本部の個室に、幸い誰の目にも留められずに入ることができた。
支給された道具全てを見やすいように並べ、私物だけを持ち、もう二度と来るつもりはないその部屋を後にした。
問題はその後である。
お金がなくても生活できる術はあるものの、所持金ゼロのままでは生活はままならない。
収入源の確保については、傭兵業、冒険者稼業が一番得やすいのだが、魔族討伐の参加登録をしようものならすぐに目撃証言が得られる。
いや、その前に命を落としかねない。
それならそれで構わない。
一瞬そうは思ったものの、ロワーナとの約束は果たしたい。果たさなければならない。
近衛兵と共に行動しているところを傭兵達に目撃されている。
その話は広まっているだろう。
魔族討伐参加の登録をしに行くだけで袋叩きに遭うのは目に見える。
それは別に構わない。因果応報ということだ。
だが、討伐に参加出来なくなってしまう。
そうなると手当を受け取る資格も失する。
収入の手段を得るどころではなくなってしまう。
他に行くことが出来た場所は、ウォルト=ウァレッツ道具店。
しかしここも店からの出入り禁止と自ら縁を切ったことで、そこに行くことも有り得ない。
オワサワール皇国内で生活することはほとんど難しい。
しかしこの国で生活することが目的ではない。
母親の仇討ち。この国の民を守る。
そして皇帝や皇族を守り、ロワーナを守る。
これらのすべてを達成するには、やはり鍵は魔族にある。
しかしこの国の討伐本部で宛がわれる討伐は魔族のほんの一部。しかもかなり弱くランク付けされないほど低い部類。
それらの約束をそれだけではとても果たせられない。
「レンドレス、か。この国の外にまで目を向ける余裕は今までなかったからな……。そしてスケルトンの大軍を操っていた魔術師に、その国の飛び地があると思われるガーランド……」
ロワーナが名付けてくれた『青の一族』は定着することはなく、『混族』の呼称が行き渡っている以上どこへ行っても迫害に遭うだろう。
近衛兵という肩書があっても、それを払しょくすることは出来なかった。
ギュールスの頭の中には、既にオワサワール皇国に滞在する選択肢は消えていた。
ギュールスの病院脱走の騒ぎ、とは言っても騒動になったのは第一部隊内限定だが、その昼過ぎには一旦第一部隊は団長室に集合させられた。
全員の荷物をまとめ駐留本部から皇居に引っ越しし、その中の一室を親衛隊詰め所と、各員のために用意された個室に荷物を運び込む通達を受けた。
「あの……ギュールスは……」
おずおずと心配する声を真っ先にあげたのは意外にもエノーラである。
「彼は、親衛隊のメンバーから外された」
他のメンバーよりもギュールスに多く目をかけていたロワーナの、その問いに対する答えが淡々としていることに全員がざわつく。
「落ち着け。あの辞表を受け取る前に行われた人事だ。どのみち彼は脱走兵として扱われることはないから心配するな」
「心配なのはそこじゃないですよ!」
「……この辞表は受理されることになる。退職手当は出るだろうが」
「そこも心配するところじゃないです」
ロワーナは深いため息をつく。
彼女は逆に、短期間でよくぞ彼女達に受け入れられたものだと感心するばかり。
「……言いたくはないが、一対一で約束させた。詳しい内容は、相手がお前達だからこそ言えん。まぁ陛下にも元帥にも伝えられな……くはないな。この国を守るという約束も入っていたからな」
「言ってるじゃないですか……」
ロワーナは軽く咳払い。
全員から「ごまかしたな?」という感想を持たれるがそれはさておき。
「彼の捜索については、私からも上申している。ただし彼には彼の思惑もあるようだ。発見しても場合によっては彼の動向を秘密裏にして見守るのみということもある。皆も了解してくれ」
ロワーナはもとより皇族にも彼の存在は知られることになると分かったみんなは一様に安心する。
少なくとも無関心ではない。そして内緒にされるのも仕方のないこととも思う。
そうして改めて彼女達は、気持ちを新たにして新しい時の流れに目を向けた。
…… …… ……
ギュールスは『混族』である。
この種族は人から蔑まれることが多い。
そして貴重な価値があるなどと思われることもない。
せいぜい、何度も体験している捨て石扱いがいいところ。
しかしその捨て石というのもなかなか侮れない。
粗末に扱っても後腐れがない人材もなかなか見ることがない分貴重ではある。
しかしそれは戦場でのみ。
日常では目障りこの上ないとも思われている。
ところがそれは意外な効果を生み出す。
元々身元不明の存在である。
身寄りもなければ、出身地もすでに壊滅。
そんな人物ならばどこの国に滞在していたとしても、国外追放しようにも追放先がない。
国境を超えるところを警備兵などに発見されれば拘束もしくは追放の目に遭うが、見られなければどうということはない身分なのである。
ギュールスはガーランド王国にいた。
森林と山をいくつも越え、野生の魔獣や魔族を倒しながら突き進む。
普通の者なら、いや、手練れの冒険者も足を踏み入れることが出来ない危険な場所にも平気で踏破できるのは、やはり魔族の体質を持つ影響だろう。
しかしそれでも日数はかかる。そして整備された道を歩くのとも訳が違う。
ガーランド王国に誰にもとがめられずに入国は出来た。
しかしこの国の皇太子とロワーナが婚約したということは、彼女の身内に発見される可能性はある。
ガーランドの権力者ですら把握できない飛び地を見つけ、出入国が難しいレンドレスに探りを入れるには、そうならないように飛び地の捜索活動を制限しなければならない。
どこにあるかも分からない。
分からないままさ迷い歩く。
しかしそれはいつものこと。
近衛兵としての生活は意外と長く、野宿の生活からは遠ざかったもののその要領を取り戻すのに時間はかからなかった。
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