皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

ギュールス、初めての防衛戦 エルフ幼女との逃避行 その2


 ギュールスは幼いエルフを連れて納屋の外に出る。
 そこには巨大な魔族が二体、相変わらず地面にあるあらゆるものを押しつぶし、破壊している。
 そんな様子を見ても、エルフの幼女はあまり怖がらない。
 自分がこれくらいの年齢はどうだったか? と過去を思い返す。

 強く心の中に刻まれているのは、ウォルトの道具屋に遊びに行ったことくらいか。
 後は大人しくノームの村で、ノームの子供らと一緒に何かで遊んでいたこと。
 走り回ったり、森の中を探索するような遊びはしなかった。
 石を積み重ねたり、砂遊びをしたことくらいしか記憶にない。
 そして……。

 ハッと気づく。
 そして逃げ損ねた村民を見つけたことをまだ知らせてなかったことにも。

 攻めあぐねている第一部隊。
 ギュールスからも、国軍からも連絡が来ず、事態の進展もない。
 そんな中でようやくロワーナが受信したギュールスからの連絡。

「ギュールスか?! 首尾はどうだ?!」

 ティアラを変形させて髪飾りにしたアクセサリーによる受信。
 それはギュールスからの思念によるもの。

(エルフの幼児一人発見! 避難しているところです! それと思い出しました!)

「避難所はこの村の我々が到着した地点の反対側! 村の中心の点対称だ! そっちに目掛けて進め! それと何をだ?!」

(そいつの感触は粘土のようでした! 違う性質であの感触は再現できないと思います!)

 ロワーナの目に生気が宿る。
 魔術師が健在であったとしても、実害を及ぼす魔族の討伐さえできればこの場から去るだろうし、時間をかけて探索することもできる。
 どのみち切羽詰まったこの状況を打破することにはなる。

「でかした! 討伐はこっちに任せろ! ほかにも残ってる村民がいるかもしれん。だが倒す目安はついた。至近距離に誰かいるなら要救助! そうでなければまずその子を避難させろ!」

 ギュールスへの連絡を終える。
 全員が同じものを装備しているため、そのやりとりの情報は全員が共有している。

「吸水の性質を持つはず。大量に水を吸い込ませ……」

「氷結をかけてぶつかり合わせれば」

「しくじっても空中で凍らせたら地面と激突したら砕け散るはず!」

 第一部隊がそれぞれ考え付いた魔族を倒すための段取りは一致した。
 その飾りよりも前に作ってもらった魔法道具も携えている。
 普段よりも強い効果を持つ魔術を発揮できるなら、巨体の魔族二体でも十分なはずである。
 彼女らはさっそく実行に移る。

 それより少し前のこと。

 避難場所では村民が、家族、身内、知り合いなど互いに安否を確認していた。
 避難場所は一箇所だが、いくつかの建物に分かれて避難していた。
 村民の多くが、その建物の間を行ったり来たりしていた。
 その人数は次第に少なくなる。
 しかしずっと探し続けている者もいる。

 その避難場所を守る国軍の兵士達も心配して声をかける。

「どなたか見つかりませんか?」

 声をかけられた女性は不安どころの話ではない。
 誰でもいいから早く見つけてくれと、縋る思いをその兵士にぶつける。

「む、娘が、シャームが見つからないの! まだ三才になったばかりだというのに!」

「失礼ですが、エルフ族、ですね?」

 震えながら頷くエルフの女性。
 その兵士は近くにいる仲間達の何人かに呼びかけ、彼女と一緒に娘を探して回る。
 その付近は、魔族が破壊行動を起こしている地点から大分離れている。
 油断はならないが、しらみつぶしに探す時間的余裕はあった。

 大体の特徴を掴んだ兵士達は、それぞれ別の所を探しても問題ないと見るや、手分けして手際よく周囲から探し始める。
 少し離れた位置、しかも魔族からも離れた場所から探す母親。
 しかしどこからも何の反応も感じられない。
 距離が離れていても、魔族が暴れる音と振動でその声は遠くにまで届かない。
 兵士達は互いに姿が見られる距離関係で探すが、母親は探すことに夢中になり、兵士達から離れてしまう。

 そこで見かけた青い体をした種族。
 昔話で聞いていた『混族』が実在していたことにショックを覚えるが、その人物が抱えているそれをはっきりと見て取れた時にはその三倍以上の衝撃を受けた。

 魔族の血を引く者が、我が愛娘を抱えてどこかへと走り去ろうとしている。

 落ち着いてみれば、その方向は避難場所。
 しかしそんなことは考える暇もない。
 その人物目掛けて、目標物以外に攻撃性能がない火の弓矢《ファイアーマジックアロー》を条件反射的に飛ばす。

 ギュールスはとにかく、抱えているエルフの幼女を無事に避難場所に早く連れていくことだけしか考えていなかった。
 そして魔族の暴れようの音と振動。それ以外に気を取られる余裕もない。

 突然の背中への激痛と熱さ。
 防具で覆われていない箇所に突然その感覚はやってきた。
 それは、まだ疼く刀傷の跡に命中した。
 前のめりに転倒。幼女に傷つけまいと衝撃を和らげる。その代わりに、さらに自分の体に痛みが重なる。

 誰かが傍に駆け寄ってくる。
 その足音が近くなったその瞬間、その痛みがさらに強まる。
 ギュールスの体に追加で魔術による火の矢が刺さる。

「シャーム! もう安心よ! さ、急いでここから逃げるからね!」

 はっきりと目には見えなかったが、女性が幼女を抱きかかえて走り去るのは分かった。
 幼女の家族であるという確信はなく、魔術師の可能性も頭にあったが、そこまでもう頭が回らない。

 魔族が起こす音と振動が最後まで意識に残り、そしてやがて暗闇の中に落ちていった。

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