皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

出撃の後処理 幕間 その4


 ギュールスが退院してから数日が立ち、彼がようやく落ち着いたところでロワーナは、対スケルトンの襲撃に関する話の聞き取りを改めて行った。

 まずは彼の主張なしに、体験したままの報告を受ける。
 それでも彼なりの第五部隊への配慮を組み込んだ話をちょくちょく入れようとするギュールスだが、その度ごとにロワーナは彼の発言を制する。

「お前の考えていることは分かっている。分かってはいるが、正直私には理解は出来ない。ただ、お前の取り巻く環境は把握している」

 彼女のしなければならないことは、事実を捻じ曲げずに何があったかを確認し認識することである。
 そして他からの報告を照らし合わせながら、ギュールスの希望をその報告に加えていく。

 改ざんと言えばそうではあるが、軍や他の部隊の損失が引き起こされたり、彼の功績の水増しになるものではない。

 彼のダメージはすべて、スケルトンとの戦闘によるもの。
 黒幕の討伐のきっかけはギュールスの思い付き。
 ロワーナの懸命な捜索によって黒幕は発見され討伐に至ったこととした。

 ギュールスの背中の傷跡は、どんなに体を変化させて本来の姿に戻しても残ってしまっている。
 傷を負わせた傭兵達からは、彼らには細かい事柄として扱われたのかそんな報告はなく、巡回部隊からの報告でもその現場までの距離は遠い。
 体を斬られた様子は目に入ったが、背中の傷はそれによるものかどうかまでは判定不能。
 むしろスケルトンとの戦闘で受けた傷の方が信頼性は高い。

 ギュールスが黒幕の魔術師を見つけ捕獲した事実については、体を変化させるという力を発揮しているところは、ロワーナ以外目撃者がいない。
 ギュールスの体が崩れたという証言はあるが、それはギュールスのダメージによるものと判断されればそれまで。
 むしろ検証するほうが難しいし、オワサワール国内で不可解なことが起きた時に、ギュールスにあらぬ疑いの目が向けられることを恐れたロワーナは、彼の事情と主張を受け入れ、そのような報告内容に変えた。

「……お前の功績は本当に大きいものなのだがな。このティアラにもなる髪飾りも、うっかりして外すのを忘れていた。まさか通信機能があるとは思わなかったぞ」

 その連絡のやり取りも記録に残る物ではない。記録に残らない物によって窮地を脱出したとなると、それを信じてもらえるかどうかも問題になる。
 第一部隊のシルフ達との連絡ならば受け入れられやすかろうが、第四から第七部隊までのシルフ達からは毛嫌いされている『混族』が作った物による通信など、彼女達の誰が信じてくれようか。
 第一部隊ですらまだその通信機能は未体験なのである。

「頭につける物ですから、ひょっとしたら出来るかなと。思い付きです」

 彼の活躍は戦場だけではなかった。
 誤解している者達を何とか説得したいが、あまりに世間の『混族』に対する概念が強すぎる。
 ロワーナは自ら記入した報告書に心苦しく感じる。
 だがギュールスはその報告の内容を見せられても涼しげな顔を見せるのみ。

 しかし打つ手もなす術もなく、しかもギュールスも納得した上でそのままエリアード元帥の元に届けられた。

「ふむ……。だがこのように報告書に上がり、しかも他の報告とは矛盾も食い違いもない。そのような事情を抱えていることは前にもお前からは話に聞いていたし、文書でも報告を受けている。とは言ってもこちらは余計な創造などせず、そのまま淡々と受け入れるしかない。何とかしたいというのなら、まずお前が何とかしないといけない問題ではないかと思う」

 上司の立場、そして兄の立場で助言するエリアード。
 分かってはいるものの、多くの者達の声に影響された部下からの意見を覆すことは至難の業にも思えるロワーナは、顔を上げることが出来ずに彼の部屋を出る。

 エリアードにも、ロワーナにも、そしてギュールスにも気づかれることのないささやかな爆弾がまた一つ積み重ねられてしまった。

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