皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

出撃の後処理

 夕刻の出撃で、ギュールスは生まれて初めて重傷と判定されるほどの傷を受けた。
 魔族の体質で状態変化を繰り返しても、傷は治るが痛みは止まらず。
 それでも、完治するという太鼓判を医者から押されたのは不幸中の幸いだった。

 結果的に見れば、出撃の成果はおおむね好評だったが、ギュールスへの評価が微妙なものになっていた。

 まず、ギュールスの行動を目の当たりにした第五部隊は、ギュールスの行動を批判した。

 彼女らの視点からの主張は、現場の総指揮官であるロワーナへの救援要請をした。
 そして誰も救援を望まない者が勝手に現れた。
 第一部隊所属の者が勝手に第一部隊の担当の現場から離脱したとしか思えない。
 かといって、こちらの指示通りに動かず、スケルトン三体しか倒せなかった。
 その後体に損傷を起こし倒れた。
 唐突に、何の脈絡もなくスケルトンの軍勢は自然消滅。
 第五部隊は互いの現状を確認。その後総指揮官のロワーナに報告に向かった。今回の魔族の襲撃の黒幕と思われる魔術師を切り捨てていたロワーナと遭遇。
 先に帰還を命じられ、元帥の下に報告に参上というものである。

 第一部隊からは、林の中で林間部隊と共に林の中で待機していたと思われていたギュールス。
 団長からの連絡で部隊から離脱し、救援要請が入ったロワーナの指示に従いギュールスの離脱を了承。
 スケルトンの集団が分裂し、林の中に侵攻するがそれを止める手立てもなく、飛行部隊と共に、残留しているスケルトンの集団に応戦。
 しばらくすると突然それらが壊滅。
 その後林間部隊に応援に駆け付けるも、彼らも魔族の壊滅に戸惑っている。
 その後ロワーナと合流に至る。

 林間部隊からは、さらに打ち漏らしを許してしまい、草原の方に侵攻を許してしまう。
 少しでも多く、林の中で足止めをするが、そのうちいきなり魔族が壊滅。
 後は第一部隊の報告通り。

 ロワーナからの報告は、各グループからは膠着状態と判断。
 しかし第五部隊からの援軍要請で、第一部隊から了承を得てギュールスを第五部隊に行かせる。
 しばらくしてからは海岸方面と野原方面の二方向からスケルトンの集団が自分の居場所目指してやってくる気配を感じる。
 単独で一番戦力があると思われるギュールスへ連絡するも応答に不審を感じる。
 スケルトンの二つの集団と応戦している最中にギュールスから指示が出る。
 その通りに動くと所属不明で挙動不審の魔術師がおり、スケルトンを操っている者と判明。これを討ち取り襲撃事件は収束。

 これらの報告を受けたエリアード元帥。誰の報告が信頼に足る者なのか判断がつかない。

 そこに巡回部隊と歩兵部隊からの報告がくる。
 とにかく傭兵部隊を魔族から遠ざけようと防戦するが、スケルトンの本来の動きではありえない行動の速さに愕然とするが、そうも言っていられない。
 巡回部隊は歩兵部隊の加勢に心強く感じる。
 しかし侵攻の勢いは強く、何体か後ろに逸らしてしまう。
 それを全て討ち取った青い体の人物を目撃。彼を一目で、忌まわしい存在である『混族』であると判断するが、我々の味方になってくれるのなら誰でもいいと妥協する。
 しかしその直後、守られるべき対象の傭兵部隊一人が彼に背後から切りかかる。
 詳しくは分からないが、何かを罵り、続けて第五部隊からも罵りを受けているような言動が見受けられた。
 彼は立ち上がりかかるが膝から崩れ落ちるような様子で地面に横たわる。
 体の一部が崩れ、『混族』の不気味さを感じ取るが、それどころではない事態が訪れる。スケルトンの集団の壊滅である。
 いつの間にか傭兵部隊の姿はなく、第五部隊は崩れた体のギュールスを置き去りにして、おそらくロワーナ団長の下に移動したと解釈。
『混族』は魔物の血が流れているという。しかしこちらの応援に駆け付けたわけだから、放置するのも気分が悪い。
 恐る恐る近づくと、崩れたはずの彼の体は元に戻っているのが分かる。
 持ち合わせの回復手段を全て彼に使うつもりで介抱していると、林の方からロワーナの一団が現れ、介抱を交代。

 巡回部隊と歩兵部隊の全員からの証言をまとめられた内容が以上であった。

「ロワーナ……団長」

「はい……何でしょうか、エリアード元帥」

 二人はそれぞれの立場の者として、エリアードの部屋で対面していた。
 エリアードは全ての報告を受け、内輪での揉め事が深刻さを増していることを理解した。
 つくづく他の部隊と一緒に派兵させたのは正解であったと自画自賛するが、喜んでいる場合ではない。

「彼の立ち位置を少し変える必要があるんじゃないか?」

「しかし、第一から第三部隊まではまだしも、他の部隊の実力強化のためには彼の存在は一つのバロメータにもなり、近衛兵師団の実力の向上にも一役買っています」

 しかし同じ兵科の中で、これほど対応や評価が正反対の者はいない。
 彼がいなければその兵科での調和は取れる。しかし戦力としては逸材である。
 エリアードは渋い顔をしている。
 しかしロワーナは、彼の苦悩の元はそればかりではないことを悟った。

「そこまで悩むほどの話ではないでしょう? 何か別の問題でも起きたのですか?」

 エリアードの口は重い。
 しかし他に話を打ち明ける相手がいないようで、その口をゆっくりと開いた。

「……お前が討ち取った魔術師のことだ」

 魔術師の遺体は林間兵によって運ばれ、ロワーナ達と共に帰還。
 しかるべき施設へ検死と調査のために運び込まれた。

「……我々が受けた救援では、スケルトン五十体。そしてお前達からの報告で、さらにスケルトン六十体。計百十体。まぁそれはいい」

 腕組みをして、話を打ち明けながらも憶測を続けている。

「だがお前が魔術師一人を討ち取ったことで、スケルトンすべてが撃破あるいは消滅……ほとんどが消滅されたわけだが……」

「それが何か問題でも?」

 エリアードはロワーナを真正面に見据える。
 そして我ながら馬鹿馬鹿しいと思いつつも、敢えて真面目にロワーナにそんな質問をする。

「お前は本当は、十人くらい討ち取ってのではないか?」

 ロワーナはエリアードの質問の意味が理解できない。しかし問われた質問には簡単に答えられる。たった一人きりだと。
 だがその答えは、エリアードの表情をさらに暗くする。

「つまり、一人で百十体ものスケルトンを操っていた、ということになる」

 ロワーナは事の重大さに気付く。
 ただ召喚するばかりではなく、統率の取れた行動をさせ、有り得ない動きを取らせることが出来る魔術師ということになる。

「それは……ただの魔術師には無理です。魔導士並みの……」

「検死の結果、レンドレス共和国の魔導士と判明した」

 ロワーナはエリアードからの報告の息をのむ。
 戦争が近い。
 そんな予想は誰にでも簡単にできる。

 得体のしれない魔族も現れている。
 その魔族と共闘して、反レンドレス同盟の国々に宣戦布告をするのだろうか。
 たった一国が、結束を強めた七つほどの国の同盟に立ち向かおうとするのか。
 勝算があるとするなら、一緒に組む魔族のレベルが相当高いと思われる。
 果たして未知の魔族の集団に太刀打ちできるのだろうか。
 そんな懸念を抱いてしまう。

「レンドレスは……我々の同盟国を崩し切れると踏んだのでしょうか?」

「読みが甘いぞ、ロワーナ」

 エリアードの言葉に驚きの色を隠せない。
 まだほかに何か別の事実があるというのか。

「それほどの魔力や魔術を有する者が、レンドレスにいるなど聞いたことがない。そして彼のことを『捨て石』などと言うが、彼よりも『捨て石』と呼ぶにふさわしい役割ではないか?」

 彼とはまぎれもなくギュールスのことである。
 彼は近衛兵として三度出撃して、すべて帰還している。
 捨て石という形容は当てはまらない。

 エリアードの言うとおりであるならば、むしろその魔術師が捨て石という呼称が当てはまる。
 だがそこまで考えたロワーナも、それに気付く。

「魔導士と呼ばれるほどの力の持ち主を『捨て石』にする……? それほどの人材ならば、我々の国では優秀な部類ではないですか! ……向こうにとってはそれほどでもない、ということ?」

「と、俺も考えた。となると、そんな者達によって何等かの組織が編成出来なくもない。が、そんな話どころか根も葉もない噂話すら聞こえてこない。捨て石にするつもりがなく、向こうが油断して命を落としたというのなら、それならそれでいい。しかし……」

 なぜレンドレス国側に潜ませず、より遠いミアニム辺境国内部に潜ませたのか。
 レンドレス共和国の魔術師であることは間違いない。
 ミアニム国にひそかに侵入したということになる。そしてスパイになって紛れ込もうということもありえない。レンドレスの者と分からないようにすることが前提だからである。

「……私には理解不能です。やはり捨て石にすることを前提に……いや、それも国の事情を考えれば……」

「考えたくもない条件が一つある。それで今回の事情は成立するはずだ」

 ロワーナには辿り着けない結論に、エリアードは既に辿り着いている。
 ロワーナは生唾を飲み、エリアードの言葉を待つ。

「ガーランド王国だが、その戦力のバランスが最もいい国だ。国レベルではレンドレスと国交断絶しているが、レンドレスの飛び地があるという噂もある」

「そんな……まさか我々を裏切っていると?」

「飛び地の存在はガーランドも調査をしているという。だがレンドレスからの一方的な地域の確保と隠蔽工作をしていたらガーランド王だって分かりはすまい」

「そんな状態でよくも同盟を組めたものです!」

「魔族との共存を利用して世界侵略を図るレンドレスだぞ? その技術を独り占めにするためだろうな。ガーランドとの国交断絶はレンドレスから一方的に宣告されたんだ」

 つまりその噂話が本当なら、ガーランドはレンドレスの好きに振り回されているということである。

「その魔術に長けた人材をレンドレスに連れてきて、そこで魔族召喚と操縦のノウハウを身に付けさせて……」

「ある意味賢いやり方だよ。ガーランドに侵攻して支配する。そうして国力を蓄えるより、反体制の足並みを乱し続けたまま国力を蓄える。半同盟を一気に崩壊させることが出来るまでな」

「ならそうなる前にこちらから打って出るべきでは?! このままではレンドレスの都合のいい世界が出来上がってしまう! 魔族によっていたずらに命を奪われる地獄が出来上がってしまいます!」

「……ところがレンドレスの大統領は、魔族と共同もしくは単独での世界支配を否定している。こちらが先制するなら、向こうに大義名分が生まれる。その際に魔族との共闘が見られても、やむを得ない手段として公的に認められるだろうな」

 泥沼の戦乱の時代に突入してしまう。
 そして、恨みに恨みを重ねる歴史が出来上がり、和解成立が不可能な世界になってしまう恐れもある。

 ロワーナが考えもしない事態が既に生じていた。

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