皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

夕刻の出撃 窮地での苦悶

 ギュールスは自分の足を、かぎ爪のような形状を持たせるように変化させた。
 最短距離を進むには、邪魔になる樹木が多すぎる。
 そこで樹木の一番上に上り、樹木の先端を飛びわたって最短距離を進み、傭兵達がいる野原を目指す。

 第五部隊が守る傭兵達の所に辿り着くのに、ほとんど時間はかからなかった。
 しかし到着していきなりネーウルに全力で頬を叩かれる。

「何で貴様がここに来た! 『混族』の力を借りねばならんほど落ちぶれてはおらん!」

 ギュールスは困惑している。
 ロワーナは話をつけてくれてたんじゃなかったのかと。
 しかしロワーナの言ったことは間違いではなかった。
 ロワーナが言った彼女とは、第一部隊のメンバーのことだった。
 それに気付いた時にはもう遅かった。
 防衛線を敷いていた部隊にもその乾いた音は響いたが、彼らはすでにそれどころではない。
 彼らは既にスケルトンと戦闘態勢に入っている。
 そして傭兵達は彼女の行動に驚くが、その中の数人はさらに驚く。

「お前……『混族』じゃねぇか! テメェ何してやがった! 何今まで怠けてたんだテメェ!」

 救援を求める者からの罵声は、ギュールスが傭兵時代、同じ部隊になったことがあった者らしい。
 ほかにもギュールスのことを見覚えがある者がいた。

「とっととあの骨共に突っ込んで足止めしてこいや! この役立たずの『捨て石』がぁ!」

 傭兵の何人かはギュールスに向かって怒鳴り散らす。
 傭兵部隊も、そして第五部隊もギュールスを罵倒している場合ではない
 だが傭兵達の中で彼を罵る者達は、彼の鎧をはぎ取ろうとする。
『混族』ごときがそんなご立派な装備をするのは、傭兵や兵士に対して無礼千万という理論を振りかざす。
 しかし装備は彼の体の中に取り込むように体にめり込ませているため、びくともしない。
 それに腹を立てる傭兵達は全力で顔を殴りつける。

 流れるようなそんな展開に、第五部隊はただ眺めているしか出来なかったが、曲がりなりにも近衛兵部隊が一方的に傭兵、すなわち冒険者達から殴られている姿を見て軽蔑の目を向けるだけ。

「あんた……何なの? 何のために何の仕事してるのよ……」

 現状が見えていない彼らに、巡回部隊達が打ち漏らしたスケルトンが襲い掛かる。
 真っ先に気付いたのはギュールス。
 それでも執拗に殴り掛かろうとする傭兵達を突き飛ばし、専門の魔術兵には遠く及ばないまでも、瞬時に氷結する魔法をかけ、力業で破壊する。
 彼らが打ち漏らした魔族は三体。ギュールスは続けざまにそれらを打ち倒す。

 巡回部隊達は流石プロである。打ち漏らした魔族はこちらに任せ、防衛体勢を維持している。
 だが突き飛ばされて激昂した傭兵は背中からギュールスに刃物で斬り付けた。

「がっ!」

 不意打ちされたら誰でも予想外の痛みを感じる。
 魔族の特性を持つギュールスでも、思わず苦悶の悲鳴を上げる。そのまま屈みこんで痛みを堪える。しかし。

「がっ、じゃねぇ! この野郎!」

 防具で守られた箇所以外の体の部分に傷を負っている背中に向けて、そのまま傭兵は前方へ蹴り飛ばす。

「ちょっとあなた! 待ちなさい! 怪我してるんだから! まずは避難が先よ! ギュールス! あんたいつまでへばってるの! さっさと避難させなさいっ!」

「いかん! お前ら逃げろ! 急げ!」

 巡回部隊達の防衛線は崩れていた。
 スケルトンが二手に分かれて挟み撃ちにしようとしたところで、自分達の防戦に切り替える。しかし別れた集団は皿に二手に別れ、一つは傭兵達へ、もう一つは林の中へと移動する。

 林の中には林間兵が控えている。こっちに来る集団と巡回部隊達に当たる集団を全滅させればここでの戦闘は終わる。
 しかし思ったようにギュールスは動けない。
 ダメージはそうでもないが、痛みの感覚が思いのほか強すぎる。

 ギュールスを蹴り飛ばした傭兵は忌々しそうに魔族を見たあと八つ当たりするように、ギュールスに向かって唾を吐き、反対の野道を走り出す。
 他の傭兵達も傷の痛みに耐えながら逃げ出した。
 ギュールスは魔族を全滅させることが出来るなど露にも思っていない彼ら。
 ギュールスを犠牲にすればいくらかでも距離を稼げるという算段である。

 痛みを堪えて何とか立ち上がる。
 スケルトン達は傭兵の思惑の通りに動いている。
 目標は完全にギュールスに向けられている。
 しかしさらに戦況を混乱させるようなことをネーウルは叫ぶ。

「そこの『混族』! さっさとこっちに戻って私達を守りなさいよ!」

 何も言わなければネーウルのその望み通りになるはずであった。しかし痛みによって志向が鈍ったギュールスは、その指示に従おうとする。
 当然スケルトンもそれに合わせて移動してくる。すると第五部隊との距離が縮むことになる。
 ところがまだギュールスは素早く動けない。

 しかし予想外の通信がギュールスに入ってくる。

「ギュールス! 至急こっちに来てくれない?! スケルトンが二方向から来てるの! 第一部隊達は現状維持が精一杯! 場合によってはそっちにも救援に回ってもらえる?! ……聞こえてる? ギュールス!」

 ロワーナからの援軍要請がギュールスに届いた。
 巡回と歩兵の合同部隊はもちろん、ギュールスに向かうスケルトンが第五部隊と戦闘になればおそらく劣勢。しかし彼女達はギュールスを使役することしか頭にないようで、それなりに戦闘態勢は保っているが、闘志や覇気が全く感じられない。
 ロワーナも武力魔力はあるものの、救援要請を求めてくるほど状況は良くはない。
 第一部隊と飛行部隊と林間部隊もどうなっているのか不明。

 そして思うように動けないギュールス。

 傭兵部隊の避難という目的は何とか果たせたものの、状況は悪い方に傾いている。
 しかもほぼ全体の状況を把握しているのはギュールス一人だけ。

 戦況に好材料がどこにもない。
 ギュールスの孤軍奮闘である。

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