皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
気が休まらない休養日 招かれざる乱入者
「あ、あの……」
「後で説明する。いや、彼女らにしてもらおう。今は何も言うな!」
赤系統のスーツ姿の眼鏡をかけた、いかにも事務職員という姿。
しかしギュールスには彼女の姿をまともに見ることは出来ない。
目の前にロワーナがいる。ギュールスには、彼女の姿を見せまいとしているように感じたが、ロワーナがしていることはその逆。彼女にギュールスの姿をなるべく見せないようにしていた。
訓練場にはふさわしくないその格好。着替えらしい物も持ってはいない突然の乱入者の目的は、この施設の利用ではなく、近衛兵の部隊と会うことらしい。
「……私はこれから他の部隊の様子を見に行かなければならん。ホワール=ワイター女史、でしたか? 私への取材は勘弁願いたい」
「ホワール=ワイター?」
「ライザラールのニヨールって区域があるでしょ? 冒険者用の宿とか商店街とかがあるとこ。そこを中心に配られている新聞を作ってるとこの記者よ」
「ニヨールって……」
「流石に知ってるか。首都一番の宿場だからな」
「……すいません、どこですか? それ」
「はあっ?!」
一同、ギュールスに注目する。
冒険者達がライザラールに滞在するために必要な生活区域。首都最大と言われるだけあって、一般住民達が生活する区域の繁華街に引けを取らない賑やかさ。首都の経済の一端を担うほど活気に溢れている場所でもある。
そして魔族討伐対策本部がある区域でもある。
「いや、街中の地名は知らなくても生活は出来ましたから……」
彼の待遇を考えるとなるほどと納得できるが、納得できないのはその女性。
「ちょっと! 近衛兵の一人がライザラールの地名を知らないってのは大問題じゃないですか?!」
新聞記者と説明されたその女性はいきなりギュールスにいきり立つ。
ロワーナの脇を通りギュールスの前に仁王立ち。
「……えーと……なんかすいません」
「謝るな……。とは言っても、確かに地区名とかも知らないと警備のための巡回もままならんだろう。ここまでの生い立ちとかもう関係ないぞ」
「そうですよ、団長さん! 住民や冒険者達は皆さん方に命を預けてるんですから!」
ここぞとばかりに意気、声高く主張するホワール。
しかし好き放題に言われっぱなしのままでいいわけがない。
「国軍に対する傭兵達からの評価が下がりっぱなしだ。根拠のない取材の結果が理由と思われる推測だけで記事を書くのはやめてもらおうか」
「何をおっしゃいますやら! 私達勤勉な記者達が寝る暇も惜しんで自分の足で現場に駆けつけて日夜勤務に励んだ結晶ですよ?!」
「真実に基づかず事実ばかりを追いかけたら、そりゃ物事を正しく掴めないままの中身の薄い記事になるだろうな。そんな物、言い回しを覚えたばかりの子供でも書ける」
「言いましたねっ! 大体」
「あのっ! 団長!」
ホワールとロワーナの言い争いの間にギュールスは割って入る。
「む……、なんだ、ギュールス!」
「次の予定の時間が迫ってるのでは……と」
ヒートアップしたロワーナは、ギュールスの一言で冷静さを取り戻す。
「あ、あぁ。よく申し出てくれた。みんな、頃合いを見計らって次の予定に入るようにな」
そう言うとロワーナは足早に訓練場から立ち去って行った。
「さて、我々も次の用事へ」
「おーっとすいません。取材させてくださいな。第一部隊の一人が短時間で魔族の群れを追い払ったとか何とかって話を聞きまして」
「すまんな。話せば長くなる。短時間で済ませられる話題なら喜んで受けられるのだが、体調を整えるのも仕事のうちだ。日を改めてくれ」
ホワールを横へ腕で押しのけて、全員をこの場から連れて出ようとする。
「ちょっと! その情報も読者にとっては必要な話ですよ?! 秘匿情報ってことでいいんですね?!」
「えー……」
「ギュールス! 余計なことを言う必要はないぞ!」
「え? いや、だって……」
エノーラとホワールの二人に視線を往復させるギュールス。ホワールへは申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、いいんですよ。どんなお話でも伺いますからっ」
「ギュールス、私もエノーラと同意。取材拒否するわけじゃないし、休む時間を削った結果任務に支障が出ても新聞社が責任取ってくれるわけじゃないの。自己管理はしっかりしないと」
「あ、えーと、ケイナさん、そういうんじゃなくて……この記者さん、分かってないようですから……」
「分かってない?」
ケイナはギュールスに聞き返す。
ホワールは不思議そうにギュールスを見る。
分からないことがあるから取材に来るんだろうに、こいつは何を言っているのだ、と心の中では遠慮なく文句をつける。
「だってさっき、地域の名前も知らないでって憤ってましたよ? そのくせ取材に応じてくださいって。そして体を休めるのも仕事なら、俺はいつ地域の名前覚えたらいいのかと聞きたかったんですが」
「す、少しの時間があれば覚えられるでしょ?!」
「いえ、多分無理です」
「どうして!」
「簡単にできるなら、地名覚えてないだけであんなに怒りはしないでしょう。ということで、この後の時間は地図を見て、あとは道具の点検と補充をしたいんですが」
エノーラはニヤリと笑う。
ただこの場で立ち去るよりも、ぐうの音を言わせない根拠を出した上で去る方がこちらに悪い印象を持ちづらい。
その理由の言い出しっぺは向こうなのだ。
「そういうことらしい。済まないな、ホワール。ま、質問内容はどうであれ、事前に連絡を取った方が確実に記事を見つけられると思うぞ。ギュールス、道具関係は先に済ませるように。いつ援軍の依頼が来るか分からんからな。メイファ、それとティル、彼に付き添ってやれ」
「あ、ちょっと! ぅぐぅ……。形式ばった答え聞いたって、読者はみんな言葉通り受け止めてくれるとは限らないのよ!」
第一部隊が立ち去った訓練場で、ホワールは八つ当たりするように、地面に足を力を込めて踏みつけた。
その足跡は、ギュールスが地面に打ち付けた鞭状の跡の上。
ホワールは見ていない、ギュールスの腕の形状を変えた鞭。それを踏みちぎらんばかりの力だったせいか、細長い鞭の跡はその途中で足跡によって途切れていた。
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