皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

割れた地面に雨が降る


「働きに期待していた人材が、有り得ないことを口にして、期待以上の働きぶりを見せつけられたということか。しかもそいつに言わせれば、予定通りときたもんだ。まぁ報告から推察したそいつの性格を考えれば、大きな顔をすることはないだろうが、先輩たちにしたら立つ瀬がないんじゃないか?」

 戦場から戻ってきた部隊は、次期皇帝でもある国軍元帥のエリアード=エンブロアの元へ報告のため謁見する。
 その後エリアードは講堂に向かう。次に出撃する部隊へ激励するためである。
 これは短いながらも正式な式典であり、時間は厳守。つまり戦場から帰還した部隊が元帥に謁見する時間はそれに合わせる必要があるため、非常に短い場合もある。
 今回もその時間が短いため、近衛兵師団長のロワーナのみがエリアードの部屋で報告をするのみとなった。

「今回はいろいろと勉強させられました。いわれなき迫害を受けた者が誰へも恨み言を言わず、国のために働き、しかも特別な力を有し、それを積極的に使わず、通常よりも効果が劣るような道具だけを使って、我々でも苦戦する相手を圧倒したのですから」

 いい経験になったろう? とエリアードは声をかけるが、その本人でさえ長らくこの役職に就いてはいるが、今回のようなことは経験にない。
 妹であり部下でもあるロワーナにその身を案じながらも、気を引き締める様に忠告するが、自らへも今回のことは戒めとした。
 どこにどんな人材かいるか分からない。忠誠度の違い、能力の違い、立場の違い。人は誰でも、すべてその度合いが低いとは限らないし高いとも言えない。
 そして上に立つ者は、その下にいる者同士の関係にも注意を向ける必要もある。

「で、あとは気になるのが第一部隊のメンバー同士の関係だが……。私の推測ではそういうことだが、実際はどうなんだ? 功績を鼻にかけるような性格ではないと思うが」

「それが……論功行賞は大事だとは思うのですが……」

「何かあったのか?」

…… …… ……

「えーと……どうしましょう?」

「どうしましょうとは?」

 ロワーナがエリアードの部屋に行く前に、ギュールスは一人だけロワーナに呼び出され、褒賞が出るかもしれないという話をされた。

「何か、自分に褒美が出るとか何とか」

「今回は一人で奮闘したわけだからな。そして結果は誰も予想できない最高の結果を残した。満場一致で決まるだろうよ。我々だって異論はない。胸を張って受け取ればいいさ」

「いや、でも……」

 誰もが羨む、上官の更に上の立場である上層部からの褒賞である。
 誰の目から見ても、それを出来れば受け取りたくないというギュールスの言動。それは明らかに遠慮や謙遜という物とは違う次元である。
 第一部隊のメンバーは、彼の元々の性格はそういうものだと理解してはいるものの、出撃前の彼への態度を執拗に非難されているか皮肉や嫌味を言われているような錯覚を覚える。

「煮え切らん奴だな! 我々の、お前への態度は悪かったと反省している! それで今後改善していこうと思っていたところだ! いつぞやのお前のあの決意に満ちた目はどこに行った?!」

 エノーラからの怒鳴り声に似た声を聞き、力を落として俯くギュールス。

「エノーラ、その言い方じゃ、まるで逆ギレを起こしてるように見える。何を言っても自分の話を聞いてくれないと思い込んでしまうぞ? ……ギュールス、受け取れない理由があるのか?」

 ケイナの助け舟に反応して顔を上げるギュールスは、やはり力を失っている表情をしている。

「……実は、あの作戦は不安はありました」

「不安だって? ……まぁ道具の効果が行き渡るかどうかの不安は」

「いえ、そうではなく、実は……」

 ギュールスはケイナの言葉を否定する。
 肉体を持つ体でその体格の大きさを事前に知ることが出来たのは彼にとっては幸運であった。
 だが初めて見る種類の魔族、しかも大群。
 傭兵時代には見たことのない種族。そして近衛兵達は驚きもしない。
 彼女達、いや、国軍兵士にはおそらく見慣れている存在であり、傭兵達は誰も見たことがない存在と思われる。

 つまり、今後ギュールスにとっては、まだ見たことのない種族を相手にすることになるのは自明の理である。

「だから今回相手にした魔族が持っている能力は飛行しか知りません。もし自分の想像の斜め上を超えた力を持ってたとしたら……」

「なんだ。そんなことか」

 エノーラがため息をつく。

「いや、そんなことって……」

「確かにお前には今後期待したくなる気持ちは我々にもあるが……」

 今回の褒賞は、あくまでも今回の戦闘でとてつもない功労を上げたという褒美である。
 もちろんその報告を受けただけでも、今回以上の活躍をこれ以降も期待したくはなる。
 が、期待値と功績は別物である。
 期待するばかりでは無責任。期待する以上は褒賞を与える相手に対し、それなりに力を蓄えてほしいという配慮もある。

「おそらく金銭が中心になるだろうな。それで次回に向けて、鍛錬するなり装備をさらに整えるなり、道具を揃えるなり工夫しろってことさ」

 はぁ、と生返事するギュールス。エノーラの話を理解しているのかいないのか、その意思が読み取れない。

「傭兵には参加登録手当があると言ってたな。功労手当は毎回必ず横取りされてたとか? まぁ不慣れだとは思うが、素直に受け取っておけ。我々には給与にそのような項目もついてくる」

「あ、あの……」

「おっと、出撃前に我々の気分を害したそのお詫びなどと、無理やり受け取らない口実などをかんがえるんじゃないそ? あの時は確かに有り得ないことを言うものだと憤慨した。だがこうして落ち着いて考えると、我々も思い上がっていた。自惚れていた。お前はそれを咎めてくれた。礼を言うのはこちらの」

「あ、あのっ!」

「ん? 別のことを言いたかったのか? でなければ互いに謝りあう、無駄な時間を費やしてしまうぞ?」

「……改めて、その……。……もし褒賞を受け取ることが出来たら、改めてその……それで食事会、しませんか?」

 エノーラばかりではなく、全員が何を言っているのか一瞬理解できなかった。
 が、その後全員、憑き物が落ちたような柔らかい笑顔になる。

「そうだな。まだ気が早いが、うん、そのお誘い、受けようじゃないか」

「でも、今度は外に出て、ライザラールの飲食店でしましょうよ! で、市民達にアピールするんです! 『この者はみんながあざ笑う死神じゃない! この国の守護神なんだ!』って!」

 全員からどよめきの声が上がり、メイファに同調する。

「い、いや、わざわざそんなこと主張しなくても……」

「ふ。周りに言いふらすことじゃない。が、それくらい堂々としろということさ。後は団長の許可を取るだけだな。それとギュールス」

「は、はい」

「褒賞が出たから我々に奢る。だからもてなす側になるから料理に手を付けないなどと言うなよ? なんせ食事会だからなぁ」

 思いもしなかったが、言われてみればその場ではおそらくしたかもしれない。
 そんなことをギュールスは思ったが、既に釘を刺されてしまった。
 流石のギュールスも、ここは観念するしかなかった。
 が、全員が楽しく盛り上がっているこの場を見て、そんな場に混ざることにずっと以前から憧れていたその思いを遂げる楽しみも感じていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品