皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
魔族五百体、ギュールス無双 ロワーナサイド
第一部隊を中心に、第二部隊と第三部隊をその両側に配置。横一列に隊列を組んだ。
彼女たちが得意な風の魔術で高原に向かって強風を発動。乱気流にして魔族の一団の侵攻を狂わせ高原に追い返す。そうして体力を失った魔物から各個撃破するという作戦である。
ギュールスが見えなくなってからその態勢を整えた彼女達。あとは北方の森林で戦闘を展開していた自軍の部隊がここまで退くのを待つだけだった。
もはやギュールスのことを気にする者は誰もいない。
彼女らの周囲は、自然の中で生まれる音ばかり。
兵達や魔物の気配を察知する感覚を研ぐために心を集中していく。
「接近します。飛空兵五部隊……欠員なし。魔族からは逃げ切れるようです」
シルフの誰かから全員に聞こえる声で報告する。
横一列の長い範囲でも届くその声は、なぜか縦方向にはその声は流れない。
無駄な音声を発生させないようにする術を有しているのも彼女らの特徴である。
「負傷者はいるようですが要救助者はいないようです」
「よし、タイミングを揃えて予定通り作戦実行するぞ」
単純な作戦で、しかも敵の裏をかくこともない。
だが向かい風に向かって進むのは意外と体力は削られる。
風圧もある。
そして魔物とは言え、霊体や魔法生物ではなく、鳴き声もあげるし命あるものを食らって命を長らえる存在である。
つまり肉体を持っていて、空気もなければその肉体の特徴を生かすことは出来ない。
魔物に呼吸は必要だろうか。必要であるならば呼吸困難に陥ることもある。
シルフ達はその空気の流れを操る能力に長けている。敵の数は多すぎるが、作戦が嵌れば一網打尽も可能である。
しかし無理はしない。後詰の部隊も控えている。
油断もしない。たとえ一対一では圧倒的に有利であったとしても。
「森林の中に逃避成功した者がいるようです」
深い森、そして樹木の幹は太い。
当然視界は遮られる。
非難する味方の部隊との接触もまだない。
自軍、魔物共にその動きは気配で知るよりほかに手はない。
しかしそれでも視覚で感じられる発光現象が起こる。
「何だ! 今の発光……閃光は!」
「飛行兵部隊のものと思われます! 目的は不明!」
その光の後、高原の方から轟音が近衛兵部隊の位置まで響き渡る。
「熱風?! 何か起きた!」
「詳細不明! ですが……煙か……」
「火災……ではないな。気温上昇は感じられない。何かの爆発か?」
「団長! 魔族の軍勢の気配消失しました!」
彼女たちにとって予想外の出来事が次々に起こり、正確な情報がなかなか入手できない。
それでも近衛兵の三部隊は取り乱すことなく陣形を維持し続ける。
「何名かが飛行部隊と接触! これまでの現象について未だ詳細不明!」
報告は入る。しかし魔族の気配が消えた以上様子見は必要になる。
五百の大軍に加勢に来る軍勢が加わったら、こちらの後詰の部隊もただでは済まない。
作戦自体を中止にして体勢を取り直すのが最善の策となる。
だがいつまでも状況に振り回される部隊ではなかった。
飛行部隊の団長がロワーナの前に現れる。
「近衛兵師団長とお見受けする。この先の高原で貴殿の部下と思われる、混族の男から指示を受けて、わが攻撃部隊全員が森林に避難と同時に報せの光を放った。その後あの爆音だ。我々は当初の計画通り避難行動を続行する。後は頼む」
一方的に捲し立てられ、近衛兵部隊の後方へ走り去った。
「閃光はあの者が発した。攻撃能力はなし。そしてそれをギュールスが指示した? どういうことだ」
混族の言葉が出てくるまで、ギュールスのことは頭の中から消していたロワーナ。
部下の言う通り魔族の気配が消えた。そしてギュールスの気配はまだ感じられない。
「最悪道連れか? いや、魔族が爆音を避けるために身を潜めている可能性はある」
近衛兵部隊のみの作戦であるならば、延々と森林の中で待機するのも手ではある。
しかし後詰と出番を交代する予定がある以上、状況を確認しないわけにはいかない。
「やむを得ん。防衛線を維持しながら前進! 高原に移動する!」
ロワーナの意を決した号令に全員が従い、少しずつブラウガ高原に近づく。
移動すればするほど煙が濃くなり、焦げ臭いばかりではなく、何かが焼ける嫌な臭いが鼻をつく。
シルフ族とは相性のいい森林という地形ではあるが、視界が遮られ、気配のみで状況を判断するには、流石にそこから得る情報の正確性が欠けてしまう。
当然その足取りも自然にゆっくりとなる。
魔族が罠を仕掛けていることはあり得ないが、森の深い所では、普段も何が潜んでいるか分からないこともある。
ようやく森林を抜け、視界が広がる。
しかし黒煙が地面から立ち込めている。
だが間近しか見えない視界の狭さでも、異常事態であることは誰の目からも明らかだった。
草野みどりがほとんど見られない。
何かが焼け焦げた物が地面の至る所に落ちている。
「まさか……魔族?」
誰かがそんな声を上げる。
ロワーナもこの状況を理解できない。
緩やかな斜面を慎重に登っていく。
さらに広がる台地に出る頃には立ち上る煙も落ち着き、何とか遠くまで見通すことが出来た。
が、そこでロワーナたちが目にしたのは、その黒い色で覆われた台地に、たった一人前傾姿勢で立っている何者かの姿。それはまさしく、誰かがいたずらに付けた、付けられた本人が嫌うもう一つの別名のイメージそのままであった。
「……『死神』、か……」
煙もほとんど消え、辺り一帯、緑のはずの台地が黒く覆われているその理由を、調べるまでもな九ロワーナたちは突き止める。
そしてただ一人立っている人物の正体を理解したロワーナは呟いた。
「団長……」
いつの間にか隊列が崩れ、全員がロワーナのそばに近寄っている。
一番近くにいたメイファがロワーナに話しかけた。
「……ん? どうした?」
「何、笑ってるんです? 団長」
ロワーナはその姿を見て、無意識に感情を顔に表していた。
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