皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

命名:青の一族


 駐留本部では、近衛兵第一部隊全員が動揺していた。
 しかし起きた問題の一番の被害者であるギュールスは、逆に全員を慰める。

「お前がはっきり断らないからだろう!」

「え? あ、えーと……。すいません……」

 つい声を荒げるエノーラに、一層体を小さくするギュールス。

「ぐ……。いや、そういうつもりで……。えぇいっ! 何なのだお前は!」

「エノーラ、彼はそういう人物だと受け止める方がいい。我々と同じ振る舞いをしなければならないと思うとストレスが溜まるぞ」

 エリンが馬車の中での体験から得た教訓をエノーラに伝える。
 同乗していたアイミとティルもそれに同意。
 そういうものなのかと、エノーラばかりではなくほかのメンバーも不思議に感じるも納得する。

「しかし出陣前の式でこの装備をつけるとなると……」

 防具のパーツに異常はないが、蝶番に当たる部分が微妙に歪んでいる。
 ギュールスから防具と衣類一式を無理やり奪った冒険者が、強引にその装備を身に付けたためいびつになってしまった。

「式よりも戦場での使用を心配すべきだろう。耐久力が格段に落ちる。……今から修繕しても間に合わんぞ」

「久々に見た団長の剣幕……。強奪犯を捉まえてなかったら我々がどうなっていたか分からなかった……」

 ケイナの一言で全員の顔が青くなる。
 最悪の状況を回避できた安心感と同時に、万一のことを想像させる言葉だった。

「それにしても、肘と膝のガードはともかく……。ブーツも台無しだな」

「靴ならいつものを使うので」

「みっともない……とは思うが、防具さえ何とかしっかりできりゃ足元はそんなに目立たないだろう」

 防具はゆがんでも、色や輝きが落ちたわけではない。それに目が奪われるなら、ギュールスの足元の見かけを気にする者はいないだろう。

「全身の青い色の方が目立ちますもんね」

「そうじゃなくてだな……」

 全員が頭を抱える。
 自虐にもほどがあるだろう。
 そう感じるが、本人はいたっていつもと変わらない様子。

「まぁ……見栄えさえよくすればいいのなら、手はなくはないですが」

「修繕できるのか?」

「いえ、逆です。分解ですよ」

「分解?」

 七人が同時に聞き返す。

「防具屋で初めて身に付けた体の部分に防具が当たって、皆さんと並んだ時にお揃いのように見えればいいんですよね。問題ありません、うん」

 細身の体のどこにそんな力があるのかと全員が思う。
 防具のパーツの継ぎ目をつまんで、工具もなしにパーツごとに分解を始める。
 まずは両肩、左右の胸部、背中の上部、そしてその中央の下の腹部に分けられ、テーブルの上に置かれる。
 パーツの数はそれだけだが、指先だけで防具をバラバラにしていく理屈が、見ている全員には理解が出来ない。

「お前達、何をしている?」

 突然ドアが開いて入ってくるなり話しかけてきた者は、皇居へ報告に向かったロワーナ。
 用件を全て済ませ、戻ってきたのは日が傾きかけた頃。
 誰もが時間が経つのを忘れるほど憔悴していた彼女たちにとって突然現れた団長の姿。
 全員がさらに慌てふためき、テーブルの上にある物を見たロワーナの顔は赤くなったり青くなったりと忙しい。

「えーと、お帰りなさい。えー……」

「それは一体、どういうつもりだ? 取り返した防具を装備したときには、確かにそのままでは実用に耐えないことはすぐに分かったが」

 兄との会話で心の穏やかさを取り戻したロワーナ。しかしその物が視界に入り、彼女の心中は再び荒れ始める。

「ひょっとしたら修繕に出さなくても使えるかもしれないということで。それと明日の出撃前の式で、せめて見栄えを、と」

「ほう、薄汚れたシャツでも良しと言っていたお前がそこまで気にして、挙句貴重な素材で作られた防具をそこまでバラバラにして、それで取り返した時よりも使い物になるように工夫すると言うのか? ならば責任者として、これがどう見栄えが良くなるのか確認せんといかんな。今すぐやって見せろ」

 ギュールスのことをそれなりに気遣った結果、その思いを裏切るようなことをされたら、誰でも気分を害するものである。
 ましてや裏切られた経験の数やその度合いなら誰にも負けないと思われるギュールスの行為である。
 ギュールスは右肩のパーツを掴み、右肩の上に乗せる。
 そして一瞬だけためらう素振り。しかし誰もがそれに気付かない。
 自分が忌み嫌う力を、この部隊の立場を守るために使う。
 そんな使い道でこの能力を用いるのはギュールスにとっては初めての事。

 静かに目を閉じ右肩に防具を押し付ける。
 そしてゆっくりと防具から手を離す。
 続けて左肩のパーツに手を伸ばす。
 左肩に乗せ、押し付ける。
 続けて右胸、左胸、背中のパーツを同じように自分の体に押し付ける。

「……まるで……元に戻ったようにしか見えん……。お前達から見て、彼の今の姿はどうだ?」

「今朝防具屋で身に付けたのを見たのですが、何の遜色もありません」

 一緒に防具屋に入ったメンバーも、エリンの感想に同意する。
 初めてその姿を見るロワーナも、違和感を感じることはなく、他のメンバーの鎧姿と比べてみても、いかにもお揃いの装備という第一印象。

「……流石にブーツは何ともなりませんでしたが」

「い、いや、問題ない。明日の出撃前の式にそのまま出てもらえるか?」

 ロワーナの殺気の怒りはどこへやら。彼女の心中は、そのギュールスの姿を見ると一変した。
 それどころか

「式だけでいいんですか? まぁそれでもよければ……」

「まさかそれで戦場にも出られるのか? どこかに落としたりして見つからないでは困るのだが」

 ロワーナばかりではなく全員が驚く。
 戦場では命の危険が常に付きまとう。
 そして傭兵部隊が配属される地域よりも戦闘が激しい区域に向かうことになる。余計なことに気を遣う余裕はまずないだろう。

「問題は……ありません」

「そんな答え方は、逆に我々が不安に思うぞ? 正直に、何でもいいから話してみろ」

「……役に立つ物であっても、嫌い、憎む対象でもあります。戦場のみそれを認識させられるなら我慢は出来ますが、随時その力を認識させられることなので……」

 ロワーナはそこで気付く。
 防具のパーツを体にくっつけているのではない。
 彼は自分が嫌う魔族としての特性を生かし、防具に見える体の位置で、防具を取り込みかけている状態であることを。

「割り切れなかったら無理しなくてもいい。出撃式の時だけで十分だ。だが前にも言ったな? 利用できる物に意思がなければ、それを何の目的で使われるかは利用者の意思次第。飛行できる範囲に限り、我々は自由に空を飛べる。だが魔族だってそうだろう? お前の場合は同族だから我々とは違うだろうが、我々からすれば同じ特徴を持っているとだけしか思えん」

 ロワーナは自分で都合のいい理論を振り回していることを自覚する。
 ロワーナは若干違うがシルフ族の特色が濃い。そして部下達はシルフ族である。
 ギュールスの場合は、その特徴を持つ種族は魔族であり、この国の脅威をもたらす種族と同じである。
 明らかに立場が違う。

「だが、お前のその風貌は元々の姿なのだろう? 我々と違うのは体の色だけではないか。魔族の中にもそのような色を持つ者はいるが、特にスライム族の色は多種多様だぞ? 逆に青い体の魔族は、全体から見たらほんの僅か。こだわりすぎているのはむしろ我々の方だと思う」

 魔族に拘わることは見ること聞くことはできれば避けたい。
 ロワーナから体ごと顔を逸らす、そんなギュールスの態度。
 頑なまでこだわるのは、ギルドや冒険者、国民ばかりではなかったことを知るロワーナ。

「たった一人を対象に一族と呼ぶには的外れかもしれん。だが『混族』と呼ぶのも同じだと思うぞ。だから敢えて、私はお前にこう名付けようか。『青の一族』とな」

 ギュールスは体の向きはそのままに、驚きの顔をロワーナに向ける。
 そのロワーナはギュールスに、真剣なまなざしを向けていた。

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