皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

彼を迎え入れるために その4


 部下二人から腕を抱えられて宙ぶらりんになっているギュールス。
 そのまま大人しくしていたため、その状態で身体測定。
 反抗や抵抗はしないが、情けない表情は隠す気はない。

「自ら望むことに喜びの感情を伴わせたことはないだろうから難しいとは思うが、愛想くらいはあってもいいんじゃないかと思うのだがな」

 ロワーナがポツリと思ったことを言うが、彼女はすっかりギュールスを呼び出した口実を忘れている。
 逆にギュールスは心に止めおいている。
 オワサワール皇国への背信行為が認められたため、処罰を下すという名目である。
 その心づもりでいるギュールスからは「はぁ」の一言しか出てこない。

「お前が嫌う二つ名の風貌の欠片もないな」

 測定が終わってようやく床の上に降ろされるギュールス。
 非公式とされているが調査の上でその戦果の功績をロワーナは把握している。
 その報告を受けた時に二つ名の「死神」のイメージを浮かべたことがあったが、すでに本人の迫害を受けている姿を目にしているため、その雄姿を思い浮かべることが出来ない。
 そして今この一見して情けない姿。見かけだけでも雄々しい姿になってもらいたいものとも思う。

「さて……何かほかに必要な物はあるかな?」

「あ、あのー……次の出撃に備えて道具を用意したいんですが……」

 ギュールスは即座に手を挙げる。
 ギュールスは常に、戦場に向かうための道具は補充している。
 食よりも道具の充実を心掛けてはいるものの、今回参戦希望しなかったため手当は入らず無収入。

「武器庫に案内してもらったのではなかったのか?」

「いつも使っている道具の効果に違いがあるとまずいかと思って……」

「よく気付いたな。確かに一般に出回っている物と我々が使っている物に違いがあることもあるだろうな。道具屋はそこだ。ここの三軒隣だったか」

「あ、えーっと……」

 ギュールスはなかなか態度をはっきりさせない。
 その理由はロワーナにもあるのだが、すっかり棚に上げている。
 罰を与える気などないのだから、呼び出した口実自体忘れても仕方がないだろうが。

「全財産がもうなくなりそうで……あ、そうだ。夜間の出撃もあったはずですよね。行ってこよ……」

「待て待て待て! もうお前は我々の一員だぞ? 今までのように傭兵として活動できるわけがないだろう!」

 流石にロワーナの部下も呆れ顔。しかし手持ちがもうないとなれば、それはそれで深刻である。

「金の貸し借りは大問題を引き起こすことになる。だが今日の実入りを得る機会は我々が奪ったということなら……買い物に付き添うか」

「ですがここの店で扱う品も、いつも自分が買い物に行く店の品物と品質が違うかもしれないので……」

 ロワーナたちにとっては次々と面倒なことを言い出すギュールス。
 住む世界が違っていたのだから価値観が食い違うところは多い。
 その差が大きければ大きいほど折り合いをつけることが大変な作業になる。
 しかしロワーナたちにとってのギュールスは、その苦労以上の利益をもたらす存在であることには違いない。

「町の店で買う、ということか? ……まぁ良かろう。だが私はいろいろと用事がある。本部内の店なら差し障りはないが外へ出るとなるとな……。その三人に任せるか。頼むぞ」

 三人にとっては上司からの指示された任務ということになる。
 ロワーナは四人を引き連れる形で先を行き、討伐の経理部署に顔を出す。
 この日の手当分をギュールスは受け取ることになるが、そこでまた些細な問題を起こす。

「……いつもより多いんですけど、これじゃ何の罰にもなりません……」

「いつも? 登録手当と功績手当の最低額の合計だがそれでも多いというのか?」

「功績は貰ったことはありません。登録手当だけですから」

「……そう言えばそうだったな。まぁいいから受け取れ。今までのお前とは違うんだ。その現実を受け止めろ。それでお前の今後の生きる指針が変わるわけでもあるまい?」

 ロワーナの話を聞いて、部下の三人はその報告があったことを思い出す。
 つくづく不憫な扱いを受けているものだと、それぞれが思う。

「よくご存じですね。って、参加登録に名前があって帰還者の名簿になくて、その名前の人物が目の前にいればおかしいことは分かるか……。あ、じゃあこれ……お借りします」

(((借りることにするのか?!)))

 部下の三人は驚きを隠せない。かろうじてその思いを声に出すことを抑える。
 しかしギュールスからすれば、その手当を受け取る正当な理由がないままなのである。

「我々が、国の危機を遠ざけるための活動する予定のお前を拘束したも同然だ。それに対して詫びる必要はあるだろう」

「ですが団長に呼ばれたのは、自分の罪を咎めるためですよね? これじゃ国の貢献ばかりじゃなく償いの機会もなくなってしまう……」

 ロワーナは、ギュールスに卑屈さを感じる理由をようやく理解する。

「あぁ、あれは方便だ。気にするな」

 今度はギュールスが混乱する。
 手当を受け取ったまま体が固まり、顔も口を半開きにしたまま固まっている。

「お前をここに呼んだ目的は、お前を国軍の正式な戦力として迎え、加えたいからだ。ギュールス=ボールド。我々はお前という人材を求めている」

 ようやく口だけは動かせるようになったが、言葉が出ないので口をパクパク動かしてるだけのギュールス。
 声が出るまでしばらく時間がかかり、ようやく声が出たかと思ったら

「……肉屋さんに出してもキロ銅貨二十も価値があるかどうかわかりませんよ? 毒も含んでるかもわかりませんし」

「食材じゃない!」

 ロワーナからとうとう普段の冷静さが消え、イライラが爆発した。

「すると、煮ても焼いても食えない奴ということで」

「誰がうまいことを言えと!」

「いや、食えないのに旨いかどうかまでは」

 部下を始め、周りでロワーナとギュールスのやり取りを聞いていた者達は、堪え切れず笑い声が出た。

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